裏切り

 親も他人。

 それは正解だ。

 私の両親はいつも家にいなかった。小さな私を箱に閉じ込めてどこかに行く。

 朝早く、「お仕事頑張って」と父親を見送る母親。私のために朝食、昼飯、夜飯をタッパーに入れて冷蔵庫に入れる。そして「ごはんは冷蔵庫のやつを好きな順番で食べてね」と、こったお化粧をして、おまけに露出の高い服を着て夜遅くまで帰ってこない。

 私は部屋で絵をかいたり、本を読んだり、退屈なテレビを見たりして時間を浪費している。窓の外で楽しそうに遊んでいる子供たちが、とても羨ましいといつも思う。

 夜遅く「ただいま」とべろんべろんに酔っぱらって、顔を赤くして、酒臭い父親。いつもわたしに「飲んくるなら電話して」と怒られる。

 父は、千鳥足で風呂も入らず、着替えもせずにソファーの上にダイブして、気絶したように眠るので、私はいつも布団をかけてあげる。

 そんな父親より遅く帰る母親は、なぜか元気で、毎回違った人の匂いをつけて帰ってくる。タバコ臭い人、香水臭い人、汗臭い、フレッシュな匂い。毎回別の人に会う職業なのだろうか?

 ある日、父親が休みの日に私を外に出してくれた。

 私は嬉しかった。飽き飽きしていた箱から出られたのだから。父親の大きな手を握って知らない道を歩いた。公園で遊んで、川で遊んでと寄り道を繰り返した。

 夕方、父親がしらない一軒家の前で立ち止まり私を見て「ここがお前の家だよ」と言って入った。

 後から気づいたのだが、父の両親の家だった。おじいちゃんと、おばあちゃんは私を迎え入れてくれた。

 でも、母親は一緒ではなかった。だから私は聞いた。

「ねぇ? ママは?」

「ママはね。パパを裏切ったの。だからもう忘れなさい」

 それ以上は聞いてはいけない気がした。

 それから、私の新しい箱はとても居心地のいいものだった。毎日おばあちゃんが美味しいご飯を作ってくれる。おじいちゃんが面白い遊びを教えてくれた。休みの日にはいろいろなところに連れて行ってくれた。デパート、水族館、遊園地、海、山、定食屋さん、綺麗な景色の場所。私の世界が広がった。

 父も、べろんべろんになって帰ることはなくなったが、そのかわり母と同じ感じになった。かっこいい服を着て、髪の毛を整えて、良い匂いの香水をつけて出て行った。そして、帰ってくるたびに別の人の匂いをつけていた。

 ある日、とても懐かしい匂いをつけて帰ってきた。

 父の顔色も良かった。

 ―――ああ、なるほど。

 その日、父は私を裏切った。

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