第3話 階段下の首脳会談ー3

一方、垣内君は何としても、国語の穴埋めをしなければいけません。数学と、理科で埋めるしかありません。この科目は一応の水準にあるのですが、まだ上乗せし、80点は切れないのです。鞭打つような勉強が始まりました。あまり厳しかったのでしょう。垣内君が塾の登校拒否症になったのです。家には塾に行ったといい、コンビニで油を売って来ない日が2日続きました。家に尋ねるとお母さんは出たと言われ、本人はやって来ません。


お母さん「すいません。私から注意しましょうか」と言われましたが。此処が勝負!追い詰めてもいけません。迷っているのです。自分で決めるしかありません。暫く、お母さんには「出ました」の連絡だけ入れてもらい、様子を見ることにしました。


1週間もした頃でしょうか、内田君と一緒にやって来ました。どうやらコンビニで待ち受けて、内田君が話してくれたようです。受験が終わってから2人にその辺のいきさつを訊いてみました。


コンビニで待ち受けていた内田君がこう言ったのだそうです。「垣内、しんどいやろ。おれかてしんどいねん。お前がこんようになってから、余計しんどいわ。でも今やめたら、ここまでやって来た事が全部無駄になってしまうでぇー。受かる、受からないは時の運。俺と一緒に受験しょうや!」この言葉が決定打になったようです。毎日二人がした、『階段下の首脳会談』は、だてではなかったのです。


 それから垣内君も休むことなく来ました。垣内君は問題の相性から関大の付属を受けることになりました。関大一校は私の卒業した学校です。受験の発表の日「だれか、ご両親とでも行くの」と聞くと、「僕、一人や」と答えるではありませんか。『やばい』と一瞬思いました。落ちる可能性も5割あったのです。何十年かぶりに、わが母校に足を踏み入れました。「ここで待っているから、見ておいでよ」と言って、図書館前で待ちました。卒業するときにまさかこうして、塾の先生になって生徒の発表に付き合うとは思いもしませんでした。


 やって来た彼の顔は『不合格』と書いてありました。付いて来て良かったと思いました。公立の学校の方は受かっていましたので、一応の心配は無かったのですが、頑張ったのに報われないのは残念なことです。私の力が足りなかった事を謝るしかありませんでした。不登校後の彼は本当に良く頑張ったのです。後、私に出来ること。高校の数学は急に難しくなります。出だしが肝心。私の経験なのです。大阪の進学高校に入って中退したのも、この数学の出だしに失敗したことも一因だったのです。それで、「無料でいいから、春休みに、高校の数学を教える」ことを申し出ました。


 垣内君は3日考えさしてくれと言って、返事は、「先生、厚意は嬉しいのですが、今回の受験、僕は先生を頼ったのです。僕の受験だったのに、自分でがんばって見ます」と、いつの間にか子供は成長して大人になるのだなーと思いました。1年のときはまだ『小便臭さ』が残っています。2年生ではそれも抜け、3年になるといっちょう前に理屈も捏ね、急に青年に近づきます。僕は短期間のうちに急な変化をする中学生が大好きでした。

 3年後、垣内君から推薦入学で関大の工学部に入れたこと、水理を勉強したい旨を記した葉書が届きました。付け足して、高校入学して1学期にすぐ数学、理科が5で進行しました。(これに付いては先生に絞られたお蔭です。)2年生からは英語も5になりその内、気が付くと国語も苦手でなく4ぐらいになっていましたと記されていました。


 国語は捨てろといいましたが、まったく捨ててはいけません。夏休みに英語の授業は、太宰治の『走れメロス』を取り上げて読ませました。英語で国語です。英語では高校1年生の程度でしょうか、最初、知らない単語が多く、辞書を引くのに「ふうふう」言っていましたが、そのうち、物語の魅力に惹きつけられたのか、熱心に訳してくるようになりました。それが終わると、宮沢賢治を読みました。夏休みの終わり頃には辞書を引くのが私より早くなっていました。それも、夏休みの良い思い出です。




内田君からは内部入学で法学部に入った旨の知らせがありました。「内田、ああ言えば、こう言う。お前の口には勝てないから、国語力を生かして弁護士にでもなれ!」と言ったのが効いたのかどうか、卒業して法曹界を目指したのかどうか、その後の事は定かではありません。

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