第16話 見栄っ張りと生意気

『待てい若いの』

高く跳躍した霊魔が、私の行く手に着地した。

豪奢ごうしゃな薙刀を振り回し、止めた姿はさながら歌舞伎の見得。

雪が紙吹雪のようにも見えた。


『我と同じ舞台に上がることをゆるす。おぬしと斬り合う方がたのしそうじゃ』

黒一色の巨体が爆ぜ、黒と金の入り混じった霧となったそれが収束。再び人の形を構築する。

それは歌舞伎の荒事あらごとの様な派手ないでたち。衣装の柄は黒と金で統一されていた。灰色の肌と、黄金の隈取くまどり


『ハッハッハ』

霊魔が豪快に笑うと、それに合わせて降りしきる雪が金色に瞬いた。


「手負いを痛めつけるのがお前の愉しみなのか」

師範が再び私の前に立ち、鯉口を切った。


『そうではないわ』

霊魔が不満げに鼻を鳴らし。

『我は、盛り下がることをする奴が好かんのよ』

、と己の目を指差した。


『おぬしは薙刀が怖いのだろう。で赦してやるゆえ、舞台の袖で見ておれ』

「それを言うなら…、いや」

師範は言葉を切った。十年前の勝負に奇策を持ち込んだ私の事を言いかけて、それを飲み込んだのだろう。彼の自尊心が、恨み言を口にすることを許さないのだ。


「…今回ばかりは退かぬ」

弟子そこの若いのの前で恥を晒す事になるぞ』


霊魔から圧が発せられ、金の雪が乱れて飛散する。後方へされながらも、師範は構えを崩さず、霊魔を見据えたまま。


「俺は弟子この若造に教わったよ。に背を向けることこそが大恥だとな」

『我相手に大した見得を切りおる!良かろう、気に入った!』


師範は(いいから行け)とこちらに視線を向けた。

「それで格好が付いたおつもりですか。勝たれた後でなら、称賛の一言くらい差し上げられるのですが」

「…何て奴だ。もっと他に気の利いた発破の掛け方があるだろうに」

呆れと苛立ちと、僅かに愉快そうな声。

彼が握った刀に宿る刀霊が、注がれた霊力に応じて気配を濃くし始めていた。


「御武運を。送っていただきありがとうございました」

私は雪道を踏みしめ、短沢の洋館に向けて駆け出した。

「敢えてその言葉発破に乗ってやろう。死ぬわけにはいかなくなった、とな」

師範は深い溜息を突いた。

「東堂が歴代一優秀な弟子ならば、お前はさしずめーーー」

彼の声はすでに遠くにあり、聞き取ることが出来なかった。

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月時雨〈祓えや謡え、花守よ異聞〉 AG @CMGAG

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