第2話 猫を拾う

 仕事が終わると凄くテンションが上がるのは何故だろう。

 何かをやりきったときの達成感にも似ていて、欲しかった物を手にいれた時の嬉しさにも似ているこの不思議な感情を私は言葉に表せない。

 いや、表さなくてもいいのだ。この感情は言葉に表してはいけないのかもしれない。自分のためにも、今後のためにも、そして明日のためにも。


「早く家につかないかな……」


 ひとりでにそんな言葉を呟いたがそれも木々のすれる音と冷たい風に流され直ぐに消えていった。私の家は会社から自転車をこいで一時間半のところにある山の中である。何故こんなところに住んでいるのかと言うと、二年前祖母が祖父の後を追うように亡くなってしまい、山奥に残された広い土地と祖母たちが住んでいた家をどうするか相談が始まったところ、売るか誰かが住むかで口論になり結局遺書に『修一にこの土地を任せる』と書いてあり、私に押し付けられたわけである。

 まぁ、いくらなんでも山一個分の土地は広すぎるためその三割の祖母たちの家がある土地以外は他の親族に任せた。


(本当は祖母たちの願いを聞いてあげたかったけど仕方ないよな。)


 そう思った瞬間だった、自転車をこぎながら風切り音と共に小さい『ニャー?』と言う鳴き声が聞こえた。いつもなら決して気づかない声のはずなのだがその時だけはどうしようもなく頭に響き、自転車を漕ぐのをやめてしまった。

 自転車を止めて周りを見渡しても暗く街灯もないため自転車についているライトを外して先程通った道を三メートル程戻ると、そこには【リンゴ】と大きく書かれている少し開いている箱が置いてあった。近くにより慎重に箱を開けて中を見るとそこには一匹の子猫が金属の皿と一緒に入っていた。


「……ニャー?」


 小さい声でこちらを見て鳴いた。先程、聞いた鳴き声とは異なり、あまりにも弱々しく、目はほとんど開いておらず、ただただ、助けを求めて鳴いていた。


(さっきの大きな鳴き声は生きたいから、助けを求めて鳴いたんだな……)


 そう思った時にはもう、私はこの子猫を見捨てられなかった。……そもそもその声を聞いてしまった時点で、見つけてしまった時点で見捨てる選択肢はなくなっていたのだろう。

 けれど、ここで一つ問題がある。

 それは私が乗ってきた自転車だ。普通のママチャリやクロスバイクとは違い、スピードを出すために生まれたロードバイクのため、かご無し、荷台無し、おまけに靴もビンディングシューズのため専用のペダルとくっ付けて走るためもし猫が落っこちそうになっても助けられない。


(はてさて……どうしたものかな。)


 周りを見渡せど一面木々で覆われており、助けなど来るはずもなく、途方にくれる。

 ただ、考えている時間はなかった。天気予報だと後三十分程で雨が降ってきてしまうらしい。まず、間違いなくそうなってしまったら助けようがない。

 そのため、考えている時間がおしく迷ったものの中にある金属の皿を捨て、この子猫を信じてダンボールを抱え自転車を漕ぎ始めた。

 しかし、家まで後少しと言うところで雨は降りはじめてしまった。


(もう見えてるんだから降ってくんなよ!)


 嘆いても雨はやまないが、それでも嘆かずにはいられない。家につくと直ぐ様リビングへと走りダンボールの中の子猫を確認した。ただ、幸いなことに雨には濡れたがダンボールのなかは平気だった。


「良かったな、お前」


 無事を確認してリビングを出る。一旦お風呂場に行きバスタオルを二枚取り、適当なかごを用意してリビングに戻る。直ぐにかごの中にタオルをしき、子猫をダンボールから優しく持ち上げ先程の場所におく。

 改めて子猫の状況を確認すると、当初見たときとは違い、目は完全に開いていた。どうやらあの時は俺が持っていたライトの光のせいで目を細めていたようだ。

 それでも、まだ一匹で暮らせるような歳ではないし、餌だってミルク位しかあげられないような子猫だ。


(世の中、酷いやつもいるもんだな。)


 常日頃そう思うのだが……実際その考えはどうなのだろう。良く、動物愛護とは言うが、これは確かに必要なことだ。現代社会において都市建設のため多くの木々が伐採されており、ニュースで見たことがあるが、ある土地をめぐって建設会社と土地主が言い争うこともある。

 木々を伐採していれば緑が減る、山を無くせば自然が減る、そんなことを繰り返していれば動物の数だって激変する。

 当たり前の事だ。けれどそれに気づく人は少ない。例え気づいたとしてそれをどうにかしようとはしない。私もその一員だ。

 だってそうだろ?私たちのすむ土地や家だって元はその木々や山の自然を無くして住んでいるのだから。

 それに動物愛護の考えは一つ問題がある。それは動物を飼うことを前提にしているところだ。勿論、自然に帰す場合もあるだろ。しかし、猫や犬はどうだろう。よく見かける保健所の動物愛護センターのような場所では猫や犬が、言い方は悪いがかわれるためにそこにいる。そして最終的に飼われなければ人間の都合で殺されてしまうのだ。

 何故そうするのか。テレビやネットなどでは『このまま野放しにしていては危険』だからと言う。しかし、ここで考えてほしい。危険とは誰に対して危険なのか。それは勿論その動物にとってと言う意味も含まれているのだろう。

 けれど、その意味の中に絶対【人間にとって】と言う意味も含まれているはずだ。

 もしこの言葉に反対をするのならこういう場合はどうするのか。例えば、狩猟がその一つだ。熊等は捕獲や保護などではなく、殺されてしまうではないか。何故狩猟してしまうのか、それはやはり人間にとっての危険があるからであろう。

 と、ここまで私が思っていても実際、動物愛護法は必要だ。今回のように無責任な放置は許せるものではない。飼う気がないのに、可愛いや周りが飼っているからと意味がわからない理由でこの小さく、はかない命が奪われるのは許せない。

 だから、そう言うために動物愛護法は必要だと思う。

 それでも、減らないとも思うが。

 今はそんなことより子猫の事だ。暖かい場所を用意した後はミルクを用意しようと冷蔵庫を開けて探したが見当たらず、先に濡れたダンボールを片付けようとした時、中に何かがまだ入っていた。


(あの時は暗くて見えなかったけど、何か入ってたんだな?)


 それを手に取り、見えるように光を当てると子猫ようのミルクが入っていた。


(……最初っから拾ってもらおうと思ってたわけか。なんて無責任なんだ。)


 怒りとため息が込み上げてきたが、それを押さえてミルクを皿に移し変えて子猫の元へと戻ろうとした時、あることに気づいた。

 それは子猫が先程までいた場所にいないことだ。

 何故?その疑問に対しての答えは直ぐに見当がついた。子猫はリビングの壁とそこの前に置いてあるソファーの後ろ数センチ程しかないところに隠れていたのだ。


(警戒してるのか?)


 と思ったが、逆に考えれば警戒心が出てくるほどには余裕が生まれたのかと安心してしまった。

 それと同時に困ったことも起きた。子猫がミルクを入れた皿をおいても隙間から出てこないため困っている。

 もしかしたら見られているためかと思って十分程リビングから出て見たが、一向にミルクが減らない。


(う~ん。腹は減ってると思うんだけどな?)


 いくら待ってもミルクを飲まないため私は一度自分の食事を取り、就寝するための準備を始めた。

 就寝する準備が整った頃にもう一度皿を確認したが減っていないため、その日は諦めてリビングを出てベットがある自分の部屋へと戻った。

 はずだったのだが、夜中の三時頃目が覚めてしまった。しかもいつになくパッチリと目がさめるものだから二度寝しようとしても出来ない。


(……あいつ、どうしてるかな?)


 目が覚めてしまったからには仕方がないと思い立ち上がりリビングの方にソッと足音をたてないように近づいた。

 扉を開けるとリビングは真っ暗でカーテンを閉めているため月明かりもあまり入ってこない。目がなれるまでの数秒間その場に立ち尽くして目がなれたところで周りを見渡した。

 すると子猫は最初に入れたカゴとタオルで作った寝床に丸くなりながら寝ていた。


(ミルクは……飲んでないのか。)


 やはりと思っていたが、それでも寝床には入っていたためある程度はなれてきたのかもしれないと思った。

 子猫の前にまで行きソッと腰をおろす。その時子猫はピクッと動き、さっきまでピンと立っていた筈の耳が若干畳まれた。

 起きてしまったかと思ったがその後、直ぐに先程までのように耳はピンと立ち小さく寝音をたてていた。


「なぁ、ちゃんとご飯を食べてくれよ?誰ももうお前を置いていったりしないし、見捨てたりしないから。」


 小さくそう呟いてみた。人間の言葉なんて伝わるはずもなく、ましてやこんな自己満足でしかない言葉なんて伝えていいはずもない。

 子猫は人間のご都合主義で命を、人生を危うく失うところだったのだから。

 けれど、それでも私は言わなければならなかった。

 自分のために拾ってしまった責任と義務を分からせるために、呟いて、言葉にすることで現実味をあたえるために。

 そう思いつつ、体を横にした途端、凄い眠気に誘われその場で寝こけてしまった。

 次に聞いた音は水滴が水溜まりに落ちたときのようなポチャっと言うような音が何度も何度も繰り返し耳に響いてきた。

 細く目を開けて音のする方を見ると寝る前までは簡易的な寝床にいたはずの子猫がミルクをなめていた。最初は弱々しく怖がりながら、慣れてくると怖がりながらではなく、安心したように何度も舌を出してミルクを掬い上げていた。

 しかし、段々とペースが遅くなり最後には足で口の周りを拭き、吹いた足を舌でなめてミルクを舐めとっていた。

 それが終わるとまた先程の寝床に戻り同じように丸くなりながら寝始めた。

 この時気づいたのだがいつの間にか私は寝床のすぐ横にいた。けれど子猫は怖がる様子もなく、普通に寝始めたのだ。


(あの言葉が通じたのか?)


 なんてバカな事を思いつつまた目を閉じると眠気に誘われて次に起きたのは朝日が差し込む六時頃だった。

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猫と私とそして君へ フクロウ @DSJk213

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