外伝 変革の予感
「式典の裏方をやるって、正気か、フレデリック」
「ああ。炎の声を聞けるかどうか、試してみたい」
「何て、無謀な」
メンケントが呆れたような顔をした。
「かの紅蓮の魔術師どのでも、おそらく無理だろう。聖なる炎の声が聞けるのであれば、彼女はとうに殺されているはずなのだから」
「まあ、いいじゃないか。大地の魔術師に恩も売れるし」
フレデリックはにやりと笑う。
ここ数年の式典は、紅蓮の魔術師による炎の龍が大評判で、おそらく観客はそれを期待している。だが、今年の演出を任された魔術師たちは頭を抱えた。
この国屈指の炎の使い手であるデニスは幽閉され、紅蓮の魔術師とその妹は貴賓席にいる。
よりにもよって、反乱軍の首領であるフレデリックに、大地の魔術師ことヴィズルが、帝国建国の記念式典の演出を打診してきたのは、クレイジーとしかいいようがない。
ヴィズルは、盟友であるデニスを救うため水面下で反乱軍に協力していて、信用はできる。フレデリックとて、真に帝政を覆すには、ある程度貴族たちとつながっていくことが必要だ。
「まったく。銀龍が、銀の龍を演出するなんて、何の冗談だか」
「大丈夫。うまくやるさ。見物席でみていてくれ」
まだ何か言いたそうなメンケントをいなして、フレデリックは、礼服に袖を通した。
フレデリックは、円形劇場の通路を歩いてくる一人の女性に目を止めた。
金の美しい髪。青い瞳。誰もが目を向けずにはいられない、端整な顔立ちだ。
採掘場でみせる、動きやすい男物の服装とは違う、薄物の外套をまとっている。
紅蓮の魔術師だ。
ーーまずい。
フレデリックは、思わず立ち止まった。
死闘を繰り広げた彼女は、当然、フレデリックを知っている。
紅蓮の魔術師であるジャネットのほうも、フレデリックに気が付いたようで、足を止めた。
絶対的な危機にもかかわらず、不思議と逃走するという気にはなれなかった。
「ごきげんよう。こんなところで、お会いするとは思いませんでしたわ」
にこやかに、ジャネットが口を開く。まるで、古い友人に会ったような笑みだ。
「お会いできて光栄です。相変わらず、お美しい」
フレデリックも挨拶を返した。彼女から敵意は感じない。むしろ、自分への気遣いさえ感じて、フレデリックの心をざわめかせた。
「……心にもないことを」
「まさか」
フレデリックは首を振った。
「あなたになら、殺されても構わない、と思う男は多いですよ」
命のやりとりをしても、憎しみがあるわけではない。むしろ本当は、彼女と戦いたくはないのだ。ジャネットは、帝王ザネスの礎を支える象徴ではあるけれど、それは本心からではない。
ジャネットの父、デニスさえ開放すれば、共闘することはできるはずなのだ。
「……嫌味じゃなければいいのですけど」
「けっこう、本気ですけどね」
フレデリックはジャネットの瞳に孤独の色が浮かんでいるのに気が付いた。もともと、孤高の魔術師という雰囲気はあったが、ここまで覇気がないイメージはない。
そもそも、皇子の婚約者が、ひとりでふらふらと通路を歩いているなんて、どういうことなのだろう。
フレデリックは、ジャネットの手を取った。
「紳士でいらっしゃるのね」
「誰にでも、というわけではありませんよ」
フレデリックは半ば本気で答えた。
それにしても、彼女はずいぶんと無防備だ。命をやり取りした相手に、ここまで信用されると、少しこそばゆい想いがする。計算でやっているとしたら、そうとうな悪女であるが、たぶん、彼女はそうではない。
ひょっとしたら、ここから彼女は逃げ出したいのではないだろうか。
思わず抱きしめたい衝動にかられた。が、フレデリックは、鋭い視線に気が付き、足を止める。
貴賓席の入り口に、長身の男が立っていた。殺気すら感じさせる気をまとって、こちらを見ている。
「皇子?」
ジャネットが驚いてその名を呼ぶ。
ーーなるほど。ハリス皇子か。
フレデリックは、皇子の目に浮かぶのが嫉妬の光だと悟った。
噂では、紅蓮の魔術師との婚約は、あくまで、ジャネットがデニスを助けるために無理やり結んだ関係と聞いていたが、どうやら違うらしい。
「お迎えのようですね。美しい姫君」
フレデリックは一礼して、ジャネットから離れる。
彼女に通報される、という危険は全く感じていなかった。
「あなたのような美しいひとが、ひとりでお歩きになるのは、危険です。これからはご注意を」
「ありがとう。助かったわ」
ジャネットがにこやかに微笑む。
「いずれ、また」
フィレデリックは、二人に背を向けた。
ーー帝政の根源は既に揺らぎ始めている。
炎の変革の予感を感じて、フレデリックの胸は熱くなり始めていた。
そして、私は炎に焼かれる 秋月忍 @kotatumuri-akituki
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