珈琲は砂糖をブチ込むに限る
さて、場面はチャイムと共に学校を出た一真たちへと移る。
三雲が学校のほうで城峰に振り回されている間に、三人の乗る電車は既に最寄り駅のホームに停車しようとしていた。
やがてプーッという音と共に電車の扉が開くと、
「じゃあ、俺バイトだからここで降りるわ」
「おうちに帰ってお仕事してきます、のぞみちゃんもがんばって!」
そう言いのこして電車を降りていく二人。
対して、のぞみは電車の扉が閉まるまで降車することはなく、その後もしばらくの間ゆらゆらゆらと電車に揺られ続けるのであった。
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時刻は午後5時。
現在のぞみが居るところは、およそ女子高生が利用することは少なそうな、オトナな雰囲気のカフェ。
のぞみはそのカフェの席の一つに座っており、その向かいでは凛とした雰囲気の漂う、20代半ばぐらいに見える女性が同じく席についていた。
彼女の名は
そう、今日はのぞみと香蓮の打ち合わせの日なのだ。
「では……いつものでいいですか?」
「あ、はい。お願いします」
「わかりました」
香蓮はそう言うと、「すみません」と言って店員を呼び出した。
「抹茶カプチーノを一つ、それとエスプレッソを」
「はい。以上でよろしいでしょうか?」
「それでお願いします」
かしこまりました、と言って定員が立ち去る。
「あの……」
「お金は要りません。毎度のことですが、ここの注文は私が支払います」
「あ、ありがとうございます」
おどおどとそう返すのぞみ。
……正直なところ、彼女はこの編集者が苦手であった。
いや、毎回打ち合わせのたびに飲み物を奢ってくれるし、話し合いではいつも的確なことを言い、その敏腕編集者ぶりを発揮してくれるしでとても素晴らしい人ではあるのだ。
漫画家と編集者は二人三脚。
編集者が無能だったせいで自分の作品が潰されてしまうこともあるこの業界、香蓮が担当についたのぞみは運がいいと断言できる。
だが____
「それでは早速内容に入りましょう。まず、今週送ってくださった原稿データですが、まず大筋としてはこれでいいと思います。ですが……」
その後も淡々と話を進める香蓮。
これだ。のぞみはこれが苦手なのだ。
どこかの漫画家と編集者の打ち合わせでは、いつも時間の半分以上を雑談に費やすと言う。
なんでも色んな話をしながら頭をほぐし、ネタをだしやすくするのだそうだ。
しかし目の前の編集者はそういったことはほとんどせず、本当に"仕事"といった感じ。
先ほども言ったように、のぞみはこれが苦手であった。
(もっとワイワイしたかんじが良いんだけどなー……)
プロの漫画家とはいえ、のぞみもやはり高校生だ。
香蓮としているような、ビジネスマンみたいなやりとりにはいまだ慣れていないのである。
(それと……)
苦手な理由はもうひとつあった。
それは……香蓮がオトナなこと。
これは単に香蓮が年上だからというわけではない。
スムーズに仕事を進める手際のよさ。落ち着いた口調、整った顔立ち、凛とした雰囲気。そして、これは本当におまけなのだが……巨乳。
まさに絵に描いたような『オトナのお姉さん』である。
『オトナのお姉さん』自体はのぞみが密かに憧れ、目指している存在ではあるものの、いざ自分の担当がそんな感じの人だったなら。
(なんというか、ふつうに接し方がわからないのよね)
知り合ってから半年は余裕で過ぎているのにも関わらずぎこちない、場に流れる微妙な空気感がそれを物語っていた。
まぁ、香蓮も編集部のなかではかなり若い方なので、一応は接しやすいように気遣いはされているのだろうが。
「……しつぐ先生、大丈夫ですか?」
「!! はい、大丈夫です!」
うっすらとそんなことを考えていたのぞみは、香蓮に声をかけられハッと我に返る。
ちなみに、しつぐと言うのはのぞみのペンネームだ。
由来はお分かりだろう。のぞみの名字である。
「では、今の提案はどうでしょうか」
「! ご、ごめんなさい、もう一度……」
聞いていなかったのだからわかるはずもない。
「……。ではもう一度言います。ツイッターを始めてはいかがでしょう」
「え、ちゅ……。ツイッターですか?」
予想外の単語に動揺するのぞみ。
のぞみはLINEやインスタグラムはやっているものの、ツイッターのアカウントは持っていなかった。
「はい。しつぐ先生のアカウントを作り、それを運営していただきたいのです。そうすれば、先生が連載しているWeb漫画の宣伝にも利用できますし」
「……と言うと?」
「つまり、ツイッター上に漫画の一話を全て載せるのです。そして、それがリツイートで多くの人に拡散されれば当然大きな宣伝効果を生みます。無料で手軽に出来る割りに、かなり有効な手段なのですが」
なるほど、とのぞみは納得する。
実際にこの戦略はよく使われており、一部では人気を誇るものの全体の知名度はあまり高くないというような漫画が、ツイッターに試し読みを載せたことで一躍有名になり、その内容の面白さから大幅に売り上げが伸びたという例も現実にいくつか存在しているのだ。
ならば私も、のぞみは一瞬そう思った。
だがふと、ある問題点に気づく。
「でも今からアカウントをつくるとしても、すぐには宣伝できませんよね? つくったばかりだとフォロワーもいないわけですし」
ツイッターでは、フォローしている人以外のツイートも『リツイート』機能を通じて自分のタイムラインに流れてくることがある。
だが裏を返せば、リツイートされなければフォロー外のツイートが閲覧されることは基本的に無いということでもあるのだ。
つまり、フォロワーがいない状態でツイートをしても無意味。
絶無の呟き……!
「それについては問題ないでしょう。まず、私たち編集部の公式アカウントでリツイートします。これで一定数の伸びは約束しましょう」
「あ、なるほどです」
頷くのぞみ。そういうことならば大丈夫だろう。
だが、香蓮の言葉はそこで止まらなかった。
「それに____いらっしゃるじゃないですか。あなたのまわりに、ツイッターで多数のフォロワーを抱える方たちが」
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「……という訳なのよ。ふたりとも、協力してくれない?」
あれから暫くしてのぞみが帰ったころには、すでに三雲と楓も家に戻ってきていた。
一真は絶賛バイト中である。
「なるほど。つまり俺たちがのぞみのことを宣伝してやればいいのだな」
「のぞみちゃんがそう言うなら喜んでやりますよ! あ、とりあえずフォローしますね!」
のぞみのその頼みに、二人は快く頷く。
「ありがとう! ……あ、フォローきた。『らぶりぃ☆ぱんてぃ』。たしかに楓のペンネームね」
そう言って、フォローバックするために『らぶりぃ☆ぱんてぃ』のアカウントを開くのぞみ。
「……え! フォロワー15万人!?」
「普段イラストを上げたりしてたら、いつの間にか。でも、三雲くんはもっと凄いんですよ!」
こともなげにそう言う楓。
「え、ほんとに……?」
「まぁフォロワー数ならそこそこあるな」
楓の言葉に三雲はそう応え、そして彼のアカウントで『しつぐ』にフォローを飛ばした。
「『明石三雲(元ムラクモP)』。ムラクモってボカロP時代の頃のネームよね?」
「そうだ。その頃からのフォロワーが困惑しないよう、明石三雲として活動している今でも隣にその名前をつけている」
「へー、ってうわ。23万人もフォロワーがいるんだけど!」
「まぁ楓よりもやっている期間が大分長いからな」
ちなみに三雲はツイッターを始めて約三年、楓は一年である。
楓はツイッターに上げたイラストが人気だったのをキッカケにプロデビューを果たしたぐらいなので、当然人気もあり、フォロワーもかなり多い。
対して三雲はボカロP時代からのファンを持ち、プロになってからもその数は増え続けているうえ、彼自身もツイッターでよくファンサービスをするのもあって、そのフォロワー数は楓よりもエグいことになっている。
「この二人に私の漫画が宣伝されるのね……!」
「とりあえず、ツイートの文を考えておけ。漫画の内容のあらすじとかが良いだろう」
「あ、それは大丈夫。すでに編集さんと内容は決めてあるから、あとはツイートするだけよ」
「なるほど~。じゃあ私たちも紹介文を考えなきゃですね!」
「ああ、腕がなるな」
のぞみのためなら、と張り切る三雲と楓。
幼なじみである彼らは、仲間に対しての協力を惜しむことはない。
のぞみはなんだかとても嬉しくて、
「二人とも、ありがと!」
そう笑った彼女に、三雲と楓もちょっと照れくささを感じるのであった。
クリエイティブが止まらない! 矢張 逸 @yaharihayari
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