明石三雲は苦労人

 昼休みは終わり、5・6限もつつがなく進行して、やがて放課後を知らせるチャイムが鳴り響く。


 "放課後"、それはたいていの生徒にとっては帰宅を表す言葉では無い。

 なぜなら部活や委員会など、多くの人は授業終了後にも各々の活動があり、むしろここからが一日の本番だと考える者も少なくないためである。

 これは多くの学生にとって、生活の中心が学校であることを表す良い例と言えるだろう。


 しかし一真ら四人は例外だ。創作活動や仕事がある四人にとって、生活の中心は学校ではない。

 むしろそれらの活動の阻害になりかねないという理由により、彼らはこの学校では珍しく部活や委員会などには所属していないのだ。  


 ……たった一人、三雲を除いて。


 一真・楓・のぞみの三人ともチャイムが鳴り次第さっさと学校を出ていったのとは裏腹に、三雲だけは依然として学校に残りつづけた。


 教室をでて、彼が向かう先は生徒会室。


「失礼します」


 コンコン、とノックをした後、三雲は『ガチャ』という音と共に生徒会室のドアを開けた。


 すると____


「っと、ちょっとまって凛花ちゃん! 三雲クン来たから! 三雲クン来てるから!!」


「待ちません。歯を食いしばりなさい」


「うわああ! ちょ、凛花ちゃん本気……へブッ!?」


 目の前で白髪の男が、凛花と呼ばれた女の子にグーを撃ち込まれていた。


「……会長。何やっているんですか」


「痛~、三雲クン今の見たぁ? 凛花ちゃんがひどいんだよ~」


 そう言って三雲に縋りつく男。


 彼の名は城峯瑛士しろみねえいじと言う。


 のっけからこんなんだが、一応この学校の生徒会長だ。


 聡明英知の極みにして武道でも成績を残す猛者。生徒会長に相応しい模範的な立ち振る舞いで生徒からの人望も厚く、さらにイケメンな完璧超人……という評価が一般的である。


 そうは見えないが。


「酷いのは会長のほうです。私の饅頭を返しなさい」


「いや~、まさか君のだとは思わなくてね~。ほら、あんなにこれ見よがしにおいてあったら食べたくなっちゃうじゃん? というかむしろフリでしょ? 大好きなボクのためにくれたんでしょ??」


「……。誰が会長なんかに饅頭をあげるんですか。それは私が私のために私によって買われれた饅頭だったんです」


「またまた~、凛花ちゃんはかわいいなああああああいたたたたたたちょっと"二カ条"やるのやめて!」


 顔をほんのり赤くしながら、無言で城峯をシメているのが小崎凛花こさきりんか


 成績は常に城峯に次いで高く、傍らで彼をサポートし続ける、この学校の副生徒会長である。


 黒のロングヘアと整った顔立ち、そしてそのクールなたたずまいはまさに才色兼備。


 城峯とは古くからの知り合いであり、いつも一緒にいることから一部では『会長の正妻』と呼ばれているらしい。


 ちなみに"二カ条"というのは、相手の手をつかみ親指を下にして、手を外側にひねるというシンプルな技である。

 シンプルなのだが超痛い。これは現実に逮捕術として使われている技なのだ。


 それはともかく。


「……はあ。イチャイチャはほどほどが良いかと。それより、今日の予定を教えてください」


「イチャついてなど……」


「凛花ちゃんストーップ。ツンデレもほどほどにしないと、みんなにボクへの好意がばれちゃうよあ痛ァ!」


「話が進まないのでやめてください」


 正妻の正妻による制裁のためのローキックが無事執行されるのを見届けた三雲が先を促す。


「……ふう、ごめんごめん。それでほら、文化祭があと一か月後ぐらいに迫ってきているでしょ? で、三雲クンには庶務として、廊下に張り出す掲示物を作ってほしいんだよ」


「はあ。いったいどんな掲示を?」


「文化祭の仕事はだいたい文化祭準備委員会がやるから、生徒会の担当は学校の案内図だね。あとは通路誘導の矢印とか、学内での注意事項の張り紙かな。期限は一週間で」


「なるほど。では参考にするために昨年のデータをもらえますか」


「あー、文準のほうに言えばもらえるよ~。なんならボクがいってこようか?」


「いえ、自分で行きます」


 城峰の気遣いは受け取らず、三雲はそう言いのこして生徒会室を後にした。



 この学校の文化祭は『文化祭準備委員会』が主体となって運営されている。


 略して文準とよばれるこの委員会は、そこへの加入を希望した生徒たちで構成されており、そのなかでも『会場係』・『資材係』など、多くの組織に分かれる。


 宣伝や外部交渉、資材の発注や当日の運営などをすべて担う文準は責任重大である一方、運営側に回れるという貴重な体験や大きな達成感、そして何より培われる友情など得られるものは多い。


 文準は内部生にとって文化祭の花形なのだ。


 ちなみに、"生徒の主体性"を謳う鼎高校では多くのことが生徒に一任されており、文化祭もその例にもれず、非常時を除いて大人が介入することはほぼほぼ無いという。

 まさにこの学校ならではの体制である。 



 それはそうと、彼の用件を果たすために、その文準の主な活動場所である『文準ルーム』を訪ねた三雲。


 だが、どうやらいつもと少し様子が違うようだった。


 普段開け放たれている文準ルームの扉は閉められており、代わりに一人の男子生徒がその前に立っている。


「すまん、この中に入ってもいいか? 文準の会場係に用があるのだが」


 勝手に扉を開けるのもアレな気がしたので、三雲はとりあえずその男子生徒にそう話しかけることにした。


「中では今参団面接が行われているので入ることはできません。ですが、僕に用件を話していただければ対応しますよ」


「なるほど。では会場係のCチーフを呼んできてもらえないか」


「了解です」


 そう言って男子生徒は文準ルームのなかに入っていく。


 するとほどなくして、中から別の男子生徒があらわれた。


「やぁ、はじめまして。僕が会場係の責任者だよ。いったいなんの用かな?」


 気さくな口調でそう聞いてくる彼に対し、


「生徒会庶務の明石三雲だ。用件を言うと、去年の会場案内掲示のデータと、それに関する詳しい引き継ぎを貸してもらいたい」


「ああ、オッケー。ちょっと待ってて」


 男子生徒はやはり軽い感じでそう答えると、ルームの中からファイルと資料の束を持ってきた。


「すまない、助かった。礼を言う」 


「いやいや、ぜんぜんいいよ。しかし……なるほどねぇ」


「……なんだ?」


 顔をじっと観察してくる男子生徒に対して、疑問を呈する三雲。 


「いや、今年の生徒会庶務は一年生って聞いてたからさ。一体どんな人がやってるんだろなぁって気になってたんだよね。ほら、この時期の生徒会役員って、普通は二年がやるでしょ?」


「ああ、らしいな」


 この学校では生徒会長は選挙によって決められるものの、それ以外の生徒会役員は会長によって任命される。


「だから、一年生にして瑛士に認められた人ってのは一体どんなやつなのかなーって思ってさ」


「別に大したことはない。この前会長に理由を聞いてみたが、『いや~? だっておもしろそうじゃん?』って返ってきたしな」


「あっはは! たしかにアイツなら言いそうだ!」


 何がおかしいのか、彼は大きな声で笑った。


「笑い事ではないな。辞退しようと思ったのに、会長の指名は絶対ときた。おかげでやらなくてもいい仕事までやらされて、こちらとしては良い迷惑だ」


「ははははは! まぁ頑張りなよ! 大丈夫、きっとアイツには考えがあるんだろうよ。アイツはそういうやつさ!」


 やはり笑いながらそう言った彼に対し、


「ずいぶんと会長のことに詳しいんだな」  


「ん? ああ、一応僕は瑛士の親友ポジだと自負してるからね。さて、用件はすんだかい? それとも他にも何かある?」


「む、そう言えばそうだな。大丈夫だ、他に用件はない」


「なるほど、じゃあ僕は文準ルームに戻るとするよ」


「ああ、手間をかけさせて悪かったな」


 そう交わした後、「じゃ」とだけ言って室内に入っていく男子生徒。


 それを見届けた後、三雲は生徒会室に戻るべく踵を返し。


「考えがある……? あれにか……??」


 難しい顔でそう呟くのであった。


 ----------------------------


「暇だー! 暇だ~!!!!」


「仕事してください」


 叫ぶ城峰を三雲が一蹴する。


「いやさ、今日はそもそもそんなに仕事はないんだよ。だからパッパとやることやって、いつも通りここ生徒会室で皆と遊ぼうと思ってたのにさー? なんか会計は休んでるし? 凛花ちゃんはさっきからご機嫌斜めだしー??」


「帰ってはどうですか」


「えー、三雲クン遊ぼうよ~」


「帰ってください」


「そういわずにさ~」


「帰れ」


「わぉ」


 城峰は「つれないなぁ」と呟くと、今度はターゲットを凛花に切り替える。


「ねぇねぇ、凛花ちゃ……」


「お引き取り願います」


「……まだ怒ってんのー? そんなんだから器も胸も成長しないんだよ?? もっと心をおおらかにだね……」 


「S'il vous plaît mourir」


「あ、やばいねこれは」


 どうやら誰にも構って貰えないらしいと悟った城峰は、どうしたもんかとひとしきり考えたあと、


「……なにをしているんですか?」


「んー、カーペットの上を這ってる芋虫の真似」


 やっぱなんも考えてねえだろコイツ。


 三雲の問いにそう答えた後も、一人でモゾモゾやっては、


「ひっくり返った亀!」とか、「グリコの人!」とか、果ては「凛花ちゃんに土下座するぼく!」などと叫び始めた。


 三雲はそんな彼の一人遊びを見て、


(聡明英知……?)


 世間の彼に対する評価に、首をかしげざるを得ないのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る