昼休みは虚無で出来ている

「じゃんけんって、一番最初はチョキをだすべきだと思うんですよ」


「ほう、なぜだ」


 謎の話を振ってきた楓に対し、最初に反応したのは三雲であった。


「というのもですね、『最初はグー』って言うじゃないですか。で、ヒトってひねくれてるから、そんなコールをした後だとグーを出したくなくなるんですね」


「初っ端からかなり怪しいわね」 「それで?」


 一真とのぞみも楓のじゃんけん論に参加する。


「あとは簡単で、相手はチョキかパーを出してくるので、勝つか少なくとも引き分けに持ち込めるチョキが最適なわけです。ちなみに、もしあいこになったら相手もチョキを出したことになるので、続けて同じ手は出されにくいと考えて、グーとパーのどちらにも負けないパーを、それもあいこなら今度はグーを出すのが最適だと考えられます」


「へー」 「信憑性もクソもないウ〇コみたいな話だったな」 「生産性が無い」


「なっ……!?」


 当然のようにボコボコにされる楓。すると、


「わかりました! つまりデータがほしいと、そう言いたいのですね!?」


「「「別に……」」」


「今から予鈴が鳴るまで、食堂に入る人に片っ端からジャンケンを挑みます。それで勝率が高かったら、私の説は正しかったと証明されるはずです! あ、さっそく入ってきましたよ。おーい、ちょっとすみませーん!」


 楓はそう言い残して、標的ターゲットの女子のもとへ走っていってしまった。


「……行ってしまったな」


「行動力バグってるわね」


「もう俺らで飯食っちゃおうぜ」


 そう提案する一真。


 そう、今は昼休みだ。


 鼎高校には学食が存在し、そのメニューのコスパの良さから愛用する生徒は多い。


 かくいう一真ら四人もそのクチで、昼休みには毎回食堂に集まり、飯を食いながらグダグダするのが習慣となっている。


「二人とも、なにか放課後に予定はあるの?」


さきほど買ったBランチ(380円)のからあげを口に運びながら、のぞみがそう切り出した。


「俺は生徒会に顔を出す。文化祭関係でちょっとあるらしい」


「俺はバイトだな。のぞみは?」


「編集さんに会って打ち合わせがあるわ」


「なるほどなー」


「…………」


「「………………」」


「……なあ三雲。チンコって普段どこ向いてる?」


 突如訪れた沈黙にいたたまれなくなった一真がぶっこんでくる。


「話題が思いつかないからってすぐにしもの話に逃げるのはやめろ。そんなもの、下向きに決まっているだろう」


「それがそういうわけでもない。パンツがきつい人のチンコは上向きに固定されることも多いぞ」


「……!? 本当だ……!」


「楓のじゃんけん論よりも生産性の無い話題ね……。というか、よく乙女の前でそんな会話できるわね。恥はないの?」


 のぞみのその言葉をうけて、顔を見合わせる一真たち。


「「どこに乙女がいるんだ?」」


「っしゃー! 戦争じゃおらー!」


「うわ、ちょ、暴れんなって」


「しゃあー!!!」


 ラーメン(310円)をこぼされてはたまらないと、一真と三雲がのぞみを取り押さえる。


 と、そこで来客があった。


「あ、のぞみんだ」


「ほんとだ。のぞみんはろはろ~」


 やってきたのは二人の女子生徒。ぎゃーぎゃーやってるのぞみたちを見て、気になって来たのだろう。


「あ、千晴ちはるちゃん、さおちゃん! ねえ、こいつらを叩き斬りたいから、剥がすの手伝ってくれない?」


「叩き斬るってなんだ。侍か? 侍なのか?」


「のぞみはラストサムライだった……?」


「ちはるんー! さおー!!」


「……楽しそうだね~」


 さおちゃんと呼ばれたほうの子が苦笑しながらそう言った。


「たーのーしーくーなーいー!」



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「楓ちゃん、さっきから入口でなにやってるの?」


 むにむに。


「なんかじゃんけんの勝率を集計しているらしいぞ」


「へぇ、そうなんだ~。いや意味わからないけどね~」


「私たちもじゃんけん挑まれたんだよ」


 むにーん。


「ほう、結果はどうだったのだ」


「私は負けちゃったけど、さおは勝ってた」


 もみゅもみゅもみゅ。


「楓ちゃんってふしぎなところあるよね~」


「今日の授業中にも突然『必勝法思いついた!』って叫んで、隣のせき君ににらめっこ挑んでたしね。必勝法生み出すのハマってるのかも」


 むにむにもみもみもみゅーん。


「……ねえちはるん。私のほっぺ揉むのそろそろやめない?」


 今まで黙って頬をいじられていたのぞみが、とうとう我慢できなくなって千晴にツッコミをいれた。


「えーやだ、のぞみんのほっぺたチョー柔らかいんだもん。助けてあげたんだからいいじゃーん」


「むー……」まみゅもみゅむぎゅむぎゅ。


 抵抗も早々にあきらめ、千晴に言われるがまま頬を揉まれ続けるのぞみ。


 さながらペットの小動物である。


「千晴~、それぐらいにしてあげなよ~」


 そう言いつつも、さおの方も物欲しそうにのぞみのほっぺを見つめていた。


「ていうか、のぞみんって三雲くんたちとめちゃくちゃ仲良いよね。別クラスなのに、休み時間はいつも四人で1組にいる気がするもん。あ、その人は寝てることの方が多いかもだけど」


 そう言って千晴は一真を見やる。


 授業と授業の間には決まって10分の休み時間があるのだが、次の時間が体育などの移動教室でもない限り、1組の教室に必ず四人は集結する。

 ちなみに一真と三雲は1組、楓とのぞみは2組である。


 彼ら四人組は全員、『いつものメンバーで過ごせればそれで良い』と思っている節があるため、休み時間を共に過ごすほど親密な友人はいないし、彼らがもっと幼い頃からずっとそうであった。


 それは幼い頃からずっと離れずにすごしてきた幼なじみ同士だという境遇がもたらしたものだが、それにしたってその関係性は端から見たら異常だと言わざるを得ないだろう。


 そう、異常だ。


 いくら幼馴染みとは言っても、高校受験生にもなって受験する学校を合わせたり、大人無しでシェアハウスしたり、休み時間もずっと一緒だったり……。


 仲がいいのは良いことなのだろうが、言うなれば、四人はそれぞれ"依存"しあっているとも捉えられないだろうか。


「そうかも知れないな。因みに俺の名前は久留米一真。いつも寝てる人でおぼえてくれ」


 とりあえず、三雲の名前を知っていたのに自分の名前は知らなかったらしい千晴に自己紹介する一真。



 友達はいないものの、三雲のほうはその硬派な印象と生徒会役員という肩書き、そして端正な顔立ちから結構いろんな人にその名前を知られている。


 だが、ただの"いつも寝てる人"である一真は、クラスメイトにも名前を覚えられているか怪しいレベル。彼女らが名前を知らなかったのも無理はないのだ。


 それにしても部活に所属せず、友達は三雲ら以外にはおらず、休み時間は寝てすごし、特段委員などをやってもいない。


 そういう人物を俗に何と言うか。


「しかし、一真って絵に描いたような陰キャよね」


 のぞみをいじりにいじって満足した千晴たちが「ばいばーい」と挨拶をして去っていったあと、のぞみがそんなことを言ってくる。


 陰キャ。


 その言葉は楔となって、一真の心臓に突き刺さった。


「……ちげーけど」


「でもさっきの体育だって、三雲とのペアを免れようとしたけど結局誰とも組んでもらえず、仕方なく三雲とペアを組むも案の定壊滅的で、最終的に一人で壁打ちしてたんでしょ?」


「それに、さっきの二人も俺たちの名前は知っていたのにも関わらず、お前のことだけは知らなかったようだな」


 ぐさ、ぐさと言葉の一つ一つが一真に突き刺さる。

 そして二人は顔を見合せて、


『『陰キャじゃん』』


 とどめとばかりに、わざわざ声を合わせて煽ってきた。


「いや、でもそれを決めるのは時期尚早だろ。そもそも陰キャの定義ってのは……」


 一真は顔を赤くして、早口でいくばくかの反論を試みるものの、


「もう陰キャ! 陰なのに火をみるより明らかな陰キャ!!」


「っ、うるせぇおまえなんてこうだ!」


「ひょっほ、ほっへほふへふほは!?(ちょっと、ほっぺをつねるのは!?)」


「まーた始まったのか。自制しろ陰キャ」


「なんだゲレンデてめぇ! おまえもやるか!?」


「貴様ゲレンデって言いやがったな! それ、蔑称のくせに妙にセンスあるのがムカつくんだよ!」


「むー! むーー!!」 


「……三人とも、いったいなんの騒ぎですか?」 


 いつの間のか戻ってきたらしい楓が、その惨状を前に、呆れたような顔をして立っていた。



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「で、どうだったんだ」


 一真が楓に訪ねる。


 あれだけ熱弁していた楓のじゃんけん論は本当に正しかったのか。


「まず、私はあれから53人に勝負を挑みました」


「結論早く」


「……28勝25敗でした」


なるほど。


『『『解散』』』


 こうしてなんの生産性もない昼休みが幕を閉じたのであった。

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