暴虐的で壊滅的な投球

 日曜日が終わると何が来るか、皆さんはご存知だろうか。もちろんご存知だろう。


 そう、『月曜日』である。


 それは新たな一週間の幕開けを意味し、また多くの学生や社会人にとっては五日、場合によってはそれ以上の連続労働が課せられることが確定する日だ。


 そして、クリエイターである以前に学生である一真たちも、その例に漏れない。


 銭湯から帰ってきて夕飯を食べた後、各々が作業したり遊んだりして、一真以外の三人が床についたのは1時を過ぎた頃であった。

 そんな時間まで起きていても親にいろいろ言われないのは、この家の利点の一つといえるだろう。


 それはともかく、日曜(正確にはすでに月曜になっているが)のそんな時間に眠りにつけば、次に目覚めるのは月曜の朝であるのは疑いようもなく、その時には否応なしに"それ"がほぼ強制の義務として発生している。



 そう。



 学校に行かなければならない。








「……きろ。オイ、三雲起きろ!」


「無理」


 即答である。


「無理じゃない! お前ならやれるさ!」


「善処はする」


「前向きに検討してる暇はないぞ! ほら、遅刻という名の悪魔が迫ってきている!」


「心配せずとも、すでに俺はお布団という悪魔に負けているのだあァ!?」


 埒が明かないと思った一真が無理やり布団をはぎ取った。


 いまのように、明石が三雲をあの手この手で起こしにかかるのはいつものことである。


 というのもこの三雲という男、死ぬほど朝に弱い。


 なかなか起きようとしないし、無理やり起きたら起きたでテンションがめんどくさいことになっている。

 昨日の朝に起こった三雲ゲレンデ事件はこの体質によるものが大きいのだ。


「おら、朝飯をコンビニで買う時間も要るんだから早くいくぞ」


「グエーーーー」


 一真は未だ未練がましく布団にしがみつく三雲を引きはがし、そのまま無理やり引きずりながらリビングに降りていった。



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 私立かなえ高等学校。それが四人の通う高校の名前である。


 四人の住む家から電車で30分のところにあるこの高校は、都内でも有数の進学校として知られており、当然入試のレベルもかなり高いのだが、四人ともこれを通過。


 その直後、『通学時間の短縮』をに、四人で都内に家を借り、シェアハウスを始めて今に至る。


 それはそれとして、この鼎高校の最大の特徴は、とにかく"自由度が高い"ことだろう。そしてこれが、四人が鼎高校を志望した最大の理由でもある。


 この高校は『己を主とし、自らを律する』、いわゆる『自主自律』を理念として掲げており、学校生活の大半は生徒に一任されている。


 文化祭や運動会の運営もほとんどが生徒の手によってなされていたり、己の成績の責任を負うことで授業中に別の作業を行う(俗に内職と言う)ことが黙認されていたり、ゲーム機や携帯電話の使用も自由。

 制服が指定されており、それを着て登校しなければならないが、染髪やピアスなどは自己責任の原則のもと認められる。


 上に挙げたのはほんの一部であり、とりあえず「自己責任の上ならば大抵のことは認められる」と思ってもらって構わない。有数の進学校であり、生徒のレベルが高いこの高校だからこそできる芸当だ。


 さて、当然ながらこれらは生徒を遊び呆けさせるためのものではない。


 この圧倒的自由の校風が意図するところは、生徒の自律のもと、『学校にあまり囚われないこの環境を活かして、学生の間に様々なことに挑戦してもらいたい』というものだ。


 生徒たちはその素晴らしい環境に感謝しながら日々切磋琢磨しなくてはならないのだ。


 だが____




「ぐーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


「…………」



 _______授業中にも関わらず、一真などは爆睡である。


 しかも、これで三時間連続である。


 そして、枕持参である。この学園の理念を掲げた人は泣いているに違いない。


 一真とは対照的に授業を真面目に聞いている三雲は、気持ちよさそうな彼を何とも言えない気持ちで眺めていた。







 ほどなくして三限目が終了したことを告げるチャイムが鳴り、休み時間に突入する。


「オイ一真、起きろ。次は体育だぞ」


「ん……? おお、あざっす」


 三雲が声をかけると、一真はすぐさま目をさます。


 さきほどまで三時間ぶっ続けで寝ていたわけだが、一夜漬けが効きにくい数学や、教室から移動しなければならない体育など、一真にも起きて受けたい授業はある。


 そういう時は、その教科の前の休み時間に三雲に起こしてもらうのが慣例だ。


 ちなみに、月曜は1限から順に漢文世界史地理と明らかに睡眠を推奨している科目配置であるため、さすがに寝ざるを得ない(本人談)。


「まったく、それで成績はいいのだから納得がいかない」


「一夜漬けガチ勢なんでな。ところで、つぎの体育はどこでやるんだ?」


 着替えをしながら一真が疑問を呈す。体育の集合場所は毎回変わるのだ。


「第二グラウンドらしい。そこでペアを組んでキャッチボールをするのだそうだ」


「……後半なんて?」


「だから、ペアを組んでキャッチボールを……」


「三雲、一つだけ言っておく」


 三雲の言葉を遮り、一真はいつになく真剣な面持ちで三雲に宣言する。


「お前とは、ペアを組まない!」




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「だァあああから嫌だったんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 ボールを必死に追いかけながら、一真が絶叫する。


 開始早々三雲が投げた球は、まるでキャッチボールという概念を理解していないかのように、全く見当違いな方向へ飛んで行った。 しかも、


「無駄に飛距離が長ああああああああああああああああああああああい!!!!!!」





 ____少しだけ、三雲について話そう。


 明石三雲。

 アニソンを中心として、プロのミュージッククリエイターとして活躍する。


 四人でいるときはノリがいい一面を見せることもあるが、クラスメイトなどには基本的に真面目で無口なイケメンとして認識されている。


 また授業を欠かさず聞き、なんとあの『家庭科の座学』をもキッチリ板書するという都市伝説があるほどだ。


 そんな彼は成績が良いのは当然としてパソコンを使った事務能力もかなり優秀であり、それもあるのか、生徒会長の推薦により夏休み明けから生徒会庶務を一年ながらに務めている。



 さて、そんな完全無欠に見える彼だが、じつのところそれは全くの間違いである。


 三雲以外の三人に聞けば、満場一致で『いや、あいつはポンコツでしょ』と言うに違いない。朝の様子を見てもその片鱗が伺えるだろう。


 そして、彼をポンコツといわしめる数々の要因、そのひとつ。


 それは______壊滅的な運動センス。


「すまん一真、いまのはノーカンだ。もう一度」 


「やるな! 二度とやるな、やっぱ俺は一人で壁打ちしてるから!」


「そぉい!(球ブンっ)」


「なんでお前はそうなの? キャッチボールって知ってる!?」


 頭上の10メートルぐらい上を通過していく球を見上げながら嘆く一真。


 単に狙いが外れるだけならばまだマシなのだが、三雲はいかんせん体格に恵まれているため、飛距離だけはあるのがタチ悪い。ボールを取りに行くのにいちいち走る必要がある。


「大丈夫だ、方向は定まってきたからあとは飛距離だけ」


「いやいやお前には無理だって! いいから大人しく……」


「ふんっ!」


 一真がボールを渡していないのにも関わらず、三雲は近くにあったボールを拾ってブン投げた。


「真後ろ!? お前、真後ろに飛んでったぞ! よく『方向は定まってきた』とか言えたな、さすがにあのボールはお前が取ってこいよ? ……なんでクラウチングスタートの姿勢?」


「ボールを投げてバランスをくずした」


「そんな、たかが投球で転ぶほどバランス崩すことある?」


「いや、たまにしか。しかし、おかしいな……。なぁ一真、どうやったらお前みたいに投げれるようになるんだ?」


「諦めろやい」


「そう言わずに教えてくれ。頼む」


「っ……!」


 先程までツッコミがキレッキレだった一真も、三雲の真剣な声音に思わず言葉につまった。


 そう来られると弱い。


 怪物クリーチャー級にド下手なのに、なぜそこまでキャッチボールに真剣になっているのかわからないが、きっと彼が上手くなりたいと思っているのは事実だ。


 だから、一真もちょっとだけ、真面目に教えてやることにした。


「……はぁ。いいか三雲。まず、お前はボールを投げるときに下を見るな。的をしっかり見据えるんだ」


「ふむ、そんなことでいいのか」



 ブォン!



 取りにいくボールが増えた。



相手もいないのに勝手に投げるな! ……でも、これである程度は方向が定まる。間違っても真後ろに飛ぶみたいな謎の現象ミステリーは起きない……はず」


 最後、思わず声を落とす一真。ちょっと三雲の運動音痴は人智を越えちゃっていらっしゃるため、断言はできなかったのだ。


「なるほど。それで?」


「……ああ。それで距離のことだが、お前の問題はボールを投げる方向が安定してないところだと思う。当たり前だが、相手のキャッチャーミットを捉えれば、頭上を通りすぎるなんてことはないから」  


「わからないな」



 ブォォン!



 また増えた。



「もうあれ全部お前がとってこいよ? ……相手のミットを捉えるには、体幹の使い方が重要になる。具体的には肩を引いて、足をこう……こうだ」 


 一真が投球の姿勢を目の前で実演して見せる。


「おまえは腕の力だけで無理矢理投げてるから、体が揺れて安定しないんだ。"クラウチングスタートをする人"になっちゃうのもこれが原因。だから、もっと肩を使って……」


 と、一真が丁寧な説明をしているうちに、三雲の顔が徐々に爛々と輝きだす。


「なるほど。ありがとう一真、いまならなんだかできそうな気がする。位置についてくれ! 今、俺のボールが一真のキャッチャーミットと繋がっている気がするんだ。大丈夫、絶対に届けてみせる!」


 そういきり立つ三雲。完全な初心者が、少し話を聞くだけでめちゃくちゃできるような気がしてくるのはままあることだ。


 一真は心のなかで『無理だと思うに三億ジンバブエドル』とだけ呟き、しかし配置につく。


 彼は今までやり方をわかっていなかっただけだ。


 前の壊滅ぶりから鑑みるに、説明を聞いただけではまともなボールを投げられるとは思えないものの、怪物クリーチャーからめちゃくちゃド下手なぐらいにはなっているだろう。


 そう信じて______






「なんで?」



 …………三雲の投げた球が、地面に突き刺さっていた。


 アドバイスをもらったのにも関わらず、三雲のボールが向かった方向は、おもいっきり真下。


 地面。


 地球アース






 一真は匙を投げた。




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