王立院よもやま噺
べるえる
少年と少女の出会い
王立院アルヴィラッツ。
それは、創立二百年以上の歴史を持つ教育施設である。
将来魔法使いや騎士を目指す少年少女達は、十二歳から十六歳までの四年間、王立院の生徒として共同生活を送る事になる。
生徒たちは基礎科目と選択科目の
イカルガ=フライハイトは、教師であった祖父の遺志を継ぐ為にこの王立院に入学して騎士を目指していた。
イカルガは黒色に白のメッシュの入った髪と、琥珀色の目を持つ少し背丈の低い少年ある。
彼は運動神経が良い代わりに、魔法の素質はほとんどない典型的な
少し変わった特徴があるとすれば、両手利きで二刀流が使えること。
そして、動物や魔法生物が好きであるにもかかわらず、動物や魔法生物には何故か必ず嫌われしまって、目を合わすだけで相手が逃げてしまうという謎の体質の持ち主だった。
そんな彼は性格が真面目過ぎたせいか、あまり他の生徒と交流を持つことが無かったため、王立院の慣わしとなっているとある儀式を済ませることが出来ずに一年を過ごしてしまった。
とある儀式とは、
エレンシア王国に現れた荒れ狂う海の神、邪竜メティスが国を島ごと沈めようと暴れ回っていた時、魔法使いと騎士の二人が現れ力を合わせて邪竜を打倒した伝説から、学院生活の間に契約を交わして卒業するまで共に支え合うという<契約>が生徒達の間で結ばれるようになっていた。
騎士見習いと魔法使い見習いの間であれば、年齢や性別を問わずに誰とでも結べるものであったため、<契約>に対して甘く見積もっていたことがイカルガ少年の誤算であった。
王立院アルヴィラッツの授業は選択式で、魔法基礎、戦闘基礎、歴史学などの基礎科目と、魔法薬学や飛竜騎乗訓練などの専門科目を選択して、自分で受ける授業を決めることができたため、いわゆるクラスというものが無く、受ける科目によって集まる生徒もバラバラだった。
そのため、積極的に授業で会った生徒と話をしない事には、誰とも仲良くなることができずに終わってしまうという罠が待ち受けていた。
とはいえ、授業の無い休憩時間や昼食時間、または放課後などに幾らでも他の生徒に接する機会があったにも拘らず、イカルガが誰とも仲良くなれなかったのは性格以外にも要因があった。
彼がこの王立院に入学したての頃、フライハイト家の家宝が巷を騒がせている怪盗「
家宝が盗まれるだけでも不運なのだが、さらに都合の悪い事にその盗まれた家宝はイカルガの祖父クロガネが、その功績を讃えられてエレンシア国王から賜った宝剣であった。
その宝剣の所持する証として『エレンシア王国に危機が訪れた時、如何なる時でも駆けつける護国の騎士となる』という名目で援助金を毎月貰って、フライハイト家は暮らしてきたのである。
宝剣を盗まれた時点でフライハイト家の名声は失墜し、さらには国からの援助も凍結されてしまったものだから、宝剣を飾って悠々と暮らしてきたイカルガの家族はたちまち貧困な生活を強いられるようになってしまった。
不幸中の幸いで、王立院アルヴィラッツの学費と寮費は卒業分まで気前よく前払いしていてくれていた両親だったが「生活費と食費の仕送りは無理なので自前で稼いでくれ」との手紙を寄こして、それ以来イカルガは生活費と食費をバイトで稼がなければいけない生活が待っていた。
お陰で入学してからの一年間をイカルガは、昼夜休むことなくバイトに明け暮れて過ごすことになるのだった。
八百屋、肉屋、牛配達、先生からの雑用。お金になる事なら悪い事以外何でもやった。
節約も徹底的に行って、お菓子やお茶などの趣向品は買わない。
昼食は総菜パンと牛乳で最低限で済ませるという、修行僧のような質素な生活を続けていた反動なのか、成長期に差し掛かる時期なのに身長もあまり伸びなかった。
それでも、一年間バイトに明け暮れたお陰で少しは貯金の出来たイカルガは、失った一年を取り戻すべく、学院の生徒や先生にも交流する輪を広げる努力をしようと心に決めたのだった。
六月を迎えて始業式を終えたある日のこと。
イカルガは食堂の総菜パンと牛乳で軽い昼食を済ませた後、お昼休みを利用して同級生の友達探しを始める事にした。
王立院の中庭は木漏れ日が差し、気軽に寝転がることの出来る芝生やベンチなどもあるため憩いの場として生徒達に人気のある場所だった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、生徒たちはそれぞれの仲良しグループと一緒に集まって楽しく会談をしたり、軽い運動をして遊んでいたりしたので、会ったばかりのイカルガがすんなり会話できるきっかけを掴むための、最初の一歩を踏み出すことが思いのほか困難だった。
「んんん、困った。食堂でも総菜パンと牛乳だし、他の子と一緒に昼食とるのも恥ずかしいから近寄れないんだよな」
同級生と話すための切っ掛けを見つけられないイカルガ少年は言い訳がましく呟くと、
ベンチの近くには先客がいたようで、小さな少女が一人花壇の前でしゃがんで花を眺めていた。
金色の少女の髪はとても長くて、前髪が顔が隠れるぐらい伸びていたため、どんな表情をしているのかイカルガからは全く見えなかったが、ずっと花壇の方を見詰めていたので此方にはまったく気づいて居ないだろうなという事は分かった。
「先客さんがいたか……別の所で休むか。見かけない子だけど、新入生かな」
独り言を呟いて、イカルガが花壇を後にしようとすると、遠くの方から何か大きなものが駆け寄って来る音が聞こえてくので足を止めた。
音のする方を見遣ると、怒涛の勢いで暴れ馬が此方に向かって突進してくる姿があった。
「暴れ馬だー!
さらに遠くの方から何人かの声も聞こえて来たが、彼らが駆け付けるのは今に間に合う事では無さそうだった。
イカルガはすぐ横に回避すれば馬を避けられそうではあったが、さっき花壇の前で座っていた少女はちゃんと避難できているだろうか。
振り返って少女の様子を確認すると、喧騒に気づいてはいた様だが立ち上がる事もできずに花壇の横で蹲っているままだった。
「危ない!逃げて!」
イカルガは小さな少女の元に駆け寄ったが、彼女を立ち上がらせるよりも早く暴れ馬が迫ってきてしまっていた。
こんな所で馬に蹴られて死ぬのかと一瞬走馬燈が過ったが、後ろの少女を庇うためにイカルガは馬の前に立ち塞がった。
睨み付けられた暴れ馬は、イカルガと視線が合うと明らかに目の色を変えてその進路を修正して横の花壇を飛び越えて逃げて行った。
元から動物に嫌われるとはいえ、ここまで嫌われると逆に清々しいなとイカルガは自虐的に哂うのだった。
「危なかったね、きみ。大丈夫?立てるかな」
イカルガが手を差し出すと、金髪の少女は驚いたままのよう暫くボーッとしていたが、落ち着いてきたようでゆっくりと一人で立ち上がった。
しゃがんでいるときにも小さい女の子だとは思っていたが、立ち上がるとその身長差が顕著に感じられた。
前髪からちらりと見える綺麗な青い瞳が、こちらを見上げている事に気付いたので、イカルガは自己紹介をしておくことにした。
「俺はイカルガ。二年生だよ。怪我は……大丈夫そうかな。無事でよかった」
イカルガが微笑むと、金髪の少女は少し目を伏せてボソボソと呟いた。
「あ……あの、ありがとう、ござい、ます……私は、カオリ、二年生、です」
「えっ、二年生?同級生なんだね。お話するのは初めてだよね、会うのも初めてだとは思うけど」
こくんこくんと頷く少女。
その動きが小鳥や小動物のようにみえて、可愛いなとイカルガは思った。
だが、もしかすると警戒されているだろうかと感じたイカルガは、あまり少女に気を遣わせるのも悪い気がして、最低限の挨拶だけでその場から去ろうと思った。
「あっ、じゃあ俺はこの辺で……」
軽く手を上げて去ろうとするイカルガを、金髪の少女はか細い声で呼び止めた。
「あっ……上、あぶな、い」
「えっ、上に何か……って、うわ!?」
イカルガが上を見上げると巨大な影が空を覆っている事にようやく気が付いた。
「暴れ
また遠くの方から何人かの声が聞こえた。
王立院アルヴィラッツでは、選択科目にあるように飛竜も飼っている。
だが、厩舎を逃げ出した
「くっ!カオリさん、後ろに隠れていて。
少女を庇いつつ荒れ狂う
木刀で辛うじてその尾を払い除けるも、防戦一方でいつ木刀が折れたり、直撃して吹っ飛ばされるか分からない緊張がイカルガに張り詰めた。
「カオリさん、とにかく遠くへ逃げて……ここは何とかするから」
イカルガがそう告げても、カオリと名乗った少女はその場から離れようとしなかった。
あまりの恐怖に逃げ出すことができないのだろうか。
イカルガは背後を確かめてみたくはあったが、
気が逸れたせいか、木刀のひとつが
「あの、わたし、が、やって……みる、ね」
背後からカオリが呟く。
すると、後ろの方からわずかに香る小さな泡が、ふわふわと空に漂ってあっというまに
「え、何これ。魔法?
大人しくなった
イカルガが落ち着いたのを確認して後ろを振り返ると、泡の立つ試験管を両手で持ってカオリがちょっとだけ微笑んでいた。
「よか……った。わたしの、泡の魔法、役に、たって」
前髪からチラリと覗く綺麗な青い瞳が、優しくイカルガを見上げた。
少女の愛らしい微笑みに、イカルガは思わず胸の奥がきゅんと締め付けられたような感覚になった。
「あ、ありがとう。俺が助けるつもりだったけど、きみに助けて貰ったようなものだね」
高鳴る心を抑えつつ、イカルガは少女に深々と頭を下げた。
少女は空の試験官を仕舞った後、イカルガの方へとちょこちょこと近寄って来て、丁寧にお辞儀をした。
「わたし、も……まもって、くれて、ありが、とう。です」
警戒心を解いてくれたのか、少女の言葉はまだたどたどしかったが、少し声は大きくなったのでイカルガはホッとした。
「あの、カオリさん。良かったら、お友達になってくれないかな?お礼とかもしたいし」
イカルガの言葉にカオリは一瞬驚いた様子だったが、やや目を伏し目がちにしながらもコクリと頷いた。
「わたし、も、お礼、したいから、おねがい……します」
そう言った後、カオリは相手の名前を呼んでいない事に気が付いて、顔を赤くしながら再び口を開いた。
「あ、あのっ、よろしく、ね。イカくん」
イカと呼ばれるのは初めてだったイカルガだが、カオリが恐らく友好的に呼ぶためにつけてくれた愛称なのだろうと解釈して、とりあえずツッコミはしない事にした。
騎士見習いのイカルガと魔法使い見習いのカオリの出会いは、二年目の巡り。
偶然のアクシデントから始まるのであった。
王立院よもやま噺 べるえる @beleaile
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