第2話 自衛隊生徒 1次試験 学科・作文・口述試験
いよいよ自衛隊生徒の一次試験の日になった
決意してから約1年間、自分に出来る事は全て、やってきたつもりだった。
しかし私は朝から極限の緊張状態にあった。
正確には朝からでは無い、1週間以上も前から
緊張の余り、前日まともに寝る事が出来ず、
当日最低のコンディションで挑む事になったらどうしようか、
などと、心配でいたたまれず
試験会場である市ヶ谷により近い、目黒の祖母宅に寝泊まりを開始し
睡眠のペースを作っていた。
その甲斐もあり、当日は無事しっかり
8時間睡眠を取った上で起床する事が出来た
そして試験会場に向かう前に、コーヒーやブドウ糖の塊、等の
僅かでも集中力、判断力を増す為に出来る事は全て、家を出る前に行い
いざ試験会場へ
それ程までにこの日、その試験に、自分の全てを賭けていた。
そして試験会場に入ると、先ず受付にて事前に東京地方連絡部
通称東京地連にて手続きした受験票を提示し、テストを行う会場に向かった
一次試験は学科試験・作文・面接による口述試験が行われる
会場に入るとそこは学校の体育館程だったか、非常に広い空間に
大量のテーブルと椅子が並べられており
今でも覚えているが、その時の東京地区からの受験者数は425名であった。
同時刻、全国の都道府県で一斉に試験が実施され
その中から250名の者だけが合格となる為
1つ地区からの合格者は、ほんの僅かであり
前年までのデータを見ても、規模の大きい東京地区でも
合格者の平均は10名前後という所であった。
受験番号の記された席を探し
そっと席について辺りを見回すと、
やはりかなり早く来てしまった様で
まだ人影はまばらだ。
その時はもう、ノートやギリギリまで
暗記できそうなメモ等の類は一切持ってきていない
そんな小賢しい、小細工のレベルが通用する試験では無い。
勉強に関しては前の日までに出来る事の全てをやって来た。
黙ってただ、呼吸を整え、精神を落ち着かせる事に集中する。
そして程なくして人が徐々に徐々に増え、試験会場を埋めて行った
他にどの様な人達が受験しているのか、やはり気になり
見回すと本当に様々なタイプの者が受験しに来ていた
一時代前の文字さえ描ければ自衛隊に入れる、
程度の認識しか持って居なさそうな、中学生でありながら茶髪の小僧や
はたまたその逆に、気合入れて頭丸刈りにしてくるような者も
数十人程は見受けられた
私も当然自衛隊の試験を受けるのだからと、
当日はかなり短めのスポーツ刈りだったが、丸刈りでは無かった。
そんな中、丸刈りの中でもかなり大柄で、バッチリ詰め入りの制服の者が
試験官と見られる職員の1人に
「本日は宜しくお願いいたします!!自分は絶対に自衛官になりたいのです!!」
と大声で叫び、全員の目が向けられた
当然まだ、面接試験では無い、学科試験を行う会場であり
すぐに試験官に席に着く様にと淡々と指示を受け、席に着いた
(この何百人物の中で、最低トップ10入りしなければまず、合格出来ないんだ)
(こんなに沢山の人の中の上位一握り...)
そんな考えがますます、私の鼓動を速めて行った
そしてこの後の事は私もハッキリと覚えて居ない。
脳が記憶するより処理に全力で使われていたからだろう
試験が始まり必死にマークシートを埋めた
分からない、問題に時間が僅かでもかかると思った問題は即飛ばし、後にする
どうしても分からない場合はマークシートで平均回答率が最も高い3を選ぶ
などの、持てる知識、工夫の全てを使い、試験に臨み
あっと言う間に学科試験が終わった。
そして次に作文だ、ここには自分がどういう人間なのか
何故自衛隊生徒の受験を希望するのか
そしてもし入校が叶うなら、将来どの様な自衛官になりたいのか
その様な事を出来る限り、書いて文章に詰め込んだ
そして変な事を書いていないだろうか、誤字など無いだろうか
と、何度も何度も読み返していると、時間となり作文は回収された
尚、この時書いた内容が、実は後に生徒卒業後、
配属される部隊に多いに関わる事となるのだが
それは後に語らせて頂こう。
次は面接による口述試験へと進んだ
学科試験が行われた大きな会場から、同施設内を移動し
会社の面接の様に複数の小部屋に分かれ、順番に外に待機し
一人一人、部屋へ入り、複数の面接官と対談形式で質疑応答が行われる
一人、また一人と中へ入り、出て来るを繰り返し
徐々に自分の番が近づいてくる
時たま、中から大声が聞こえて来た
それは受験生の、入隊したいという意思をアピールすべく必死に叫ぶ物であった
そして、いよいよ自分の番号だったか、名前が呼ばれた。
「はいっ!!失礼します!!」
大きな声で返事をし、中に入ると3人...4人だったかもしれない
複数の面接官が正面に座り、当時漫画などで見覚えのある、
会社面接の様にその前にポツリと距離が置かれた椅子が一つ
面接官は全員自衛官の制服なのかと思って居たが
そうではなくスーツだった、1名は自衛官の制服を着ていた気がする。
「どうぞ、おかけ下さい」
その後は死ぬほど緊張していたが、
しっかり試験官の目を見て、聞かれた事には大きい声でハキハキと答え
話せる事は全てしっかりと答えれたと思う
こうして私の1次試験が、終わった。
その日は1次試験だけであり、半月程してからその結果が
受験した地方連絡部の窓口に張り出され
1次試験を通過した者だけが、2次試験を受けられる、と言う仕組みだ。
実際の所、1次試験を通過した者は、余程異常が無い限り
2次3次はまず通ると言われる、8割1次試験で決まるとされていた。
公務員試験の為、試験日が通常の高校や大学よりかなり早く
名門校受験する様な者が、【試験の練習】がてらこの様な試験を受け
1次に合格しても2次に来ない、初めから来るつもりが無い
という様な者も、中にはいるのだ、何とも迷惑な話である。
そのまま祖母宅に帰った私は、その結果発表まで
毎日が不安で不安で怖く、それと同時に
もしかしたら、もしかしたら本当に、
1等の宝くじが、本当に当たっているのかもしれない
と言う様な、今まで自分には憧れでしかない、
映画の様な世界でしかなかった、爺様達も通った雲の上の世界
それに自分が、本当に自分が届くのかもしれない
という期待が入り混じり碌に眠れぬ日が続いた
そしていよいよ結果発表当日、市ヶ谷駅から祈る様な気持ち
1歩、1歩踏みしめ、東京地方連絡部へと歩みを進めた。
徐々にその門が見えて来た、そして、その門の横に添えられた
ガラスケースに入った掲示板が徐々に、徐々に迫る。
掲示板には何枚かの紙が貼ってあったが、
そのほぼ中央にそれはあった
【XX年度、自衛隊生徒1次試験合格者発表】
祈る様な想い、では無く全身全霊で祈りながらそっと結果を覗き込んだ時
あった...
合格者の名前が列挙される中の一番下に、私の受験番号と名前が記されていた
この時ほど人生で人前で人目を憚らず大喜びした事は無いだろう
その時1次試験の通過者は丁度10名であった
425名の中で、本当に自分がその10名に残れた事が信じられず
何度も自分の名前を見返した。
十分入隊の可能性は限りなく高まった訳ではあるが
まだ1次を通過したに過ぎず、この後の2次や3次で落とされる可能性もあったのだが
少なくとも最も難所である学科試験を通過出来た事はとにかくうれしかった。
そして慌てて近くの公衆電話に駆け寄り、祖母や親父にその結果を報告した
尚、後に酒を酌み交わして話せる様になってから聞いた話だが
実は既に親父は陸幕の同期経由で私の1次試験の結果を
地連が発表する5日程前に知って居たのだそうだ
そして発表日までの間、大丈夫だろうか、やっぱり落ちてしまったのだろうか、
と悶えてる私を内心笑いながら見ていたそうだ
何とも意地の悪い話である。
次回 2次試験 身体検査、3次試験 身辺調査
少年自衛官 回想録 ロクマルJ @katuyori20
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