第45話 「私はだいたい毎日学校には行ってるよ?」


 俺の元にやってきた夢叶。白色のフリルビキニを身に纏い、その上に黒っぽいパーカーを羽織っている。濃いピンク色の短パンのようなものを穿いていた。

 それを見た瞬間、ホっとしたような感情と少し寂しいような感情が俺の中に訪れた。


 夢叶の生脚を1ミリでも長く見たい。そう思う自分がいる中で、俺以外の存在がいる中で。三角ビキニとでも言うのか、あの股の付け根までも隠れないやつを穿いて欲しくないという思いもあった。


 てか、それにフリルがついているから谷間もほとんど見えないな。

 谷間に視線がいかないかどうか。そんな不安を抱いていたが、この状況ならそうそうずっと釘付け、みたいなことにはならないだろう。不安要素がかなりやったことに、やはり安心を覚えた。

 あれ? 俺、プールに来てるんだよな?


 プールという場面でも極力露出を抑えた格好の夢叶が、少し眉をひそめて心配そうな表情を浮かべた。


「もしかして熱かった?」


 そう訊く彼女の視線は、足元に向いている。元々待ち合わせはシャワーのところだった。それを俺が勝手に動いて、日陰に入っていたのだ。そんな疑問を持つのも不思議じゃない。


「立ちっぱなしだと、ちょっとな」


 それを耐えきれるような強さは持ち合わせてないんです。意外と軟弱だったらしい。


「そうだよね。私もプールサイドに来た瞬間、やばい!ってなったもん」


 足を交互に上げ下げして、熱さを表現する夢叶。ここは日陰で、足を上げ下げしないと立っていられないような熱さではない。それなのに、夢叶のそれはとても自然で、何の変哲もない動きなのに。俺がすれば気持ち悪いってなるであろう動きなのに。魅入ってしまう。


「でも、ごめんな。勝手に待ってる場所変えたりして」

「うんん!」


 俺の謝罪が以外だったのだろうか。一瞬、目を丸く見開いた夢叶は、直ぐに元に戻り大きくかぶりを振った。


「熱さに気づけなかった私もよくないし!」


 それから少し申し訳なさそうな表情を浮かべてから、夢叶は両手を軽く合わせ、パッと笑顔を浮かべた。


「それよりもさ。行こ?」


 俺が何かを発する前に、夢叶は表情を崩さず俺の腕を取った。腕はそのまま、夢叶の胸元まで引き寄せられる。

 フリルの奥に、確かに存在する夢叶の胸。柔らかく、でも張りと弾力はある。マシュマロみたいなその感覚が腕の神経を全て支配する。

 やばいって、この破壊力は。ほんとに。思考回路とか、そんなもの全部ぶっ飛ばす、そんな感じだよ。


「あ、うん」

「どこ行こっかー」


 そんな俺の思いを知ってか知らずか、夢叶は腕を解くことなく、グイグイと引っ張っていく。

 視線の先には様々なプールがある。まずは回るプールとか流れるプールとかいうやつだ。

 正式名称を何と言うのかは知らないのだが、ただとりあえず全プールの中で1番人がいるプールだ。

 まるでロータリーのような造りのプールで。常に一定方向に水が流れており、喋りながらグルグル回っている。


「いきなりあれいく?」


 胸の感触を忘れることはできず。夢叶があれ、と指さした方向を見る前にちらっと胸を見てしまった。

 け、決してやましい気持ちなんて.......。ないからな? ただ男として、自然とチラっと。


「いきなりウォータースライダーか」


 全長およそ100メートル程の、そこまで巨大とは言えない。まぁ、市民プールならこの程度だろうと言わざるを得ないそれだが。

 普通に楽しむなら、全然楽しめるものだろう。

 だが、ここからでも分かる。ウォータースライダーを滑るために登らないといけない階段に人が並んでいることを。


「人、多くない?」

「だよね。でも、私あれやりたいんだよね」


 上目遣いで。俺の様子を伺うように。夢叶は俺の顔を覗き込むように、体を少し屈めて顔をちょこんと傾けた。


「いいよ。人が少ないときを狙って行こ」

「うん、ありがと!」


 炭酸ソーダの如く、パッと弾けた笑顔が夢叶の顔に刻まれた。

 年上とか。そんなことを微塵も感じさせない。夢叶のあどけなさとでも言うのか。

 バス乗ってる時とか。少し表情が暗かったけど、やっぱり夢叶は笑顔が1番だわ。


「とりあえず、流れるプール行こっか」


 そう言い。夢叶は俺の腕を解放した。胸の感触が消えたけど、まぁ。ずっと腕にあったら俺の理性が負けるだろうし。いい塩梅だったか。


「おう」


 そうして俺たちは流れるプールへと入った。照りつける陽光に熱され、表面は少しぬるくなっているようだったが。入ってしまうと、冷たくて。熱に当てられ、上がっていた体温を元のそれよりも下げてくれたような。そんな感覚になった。


「気持ちいいね」

「うん」


 羽織っていたパーカー。その前面についているジッパーを胸元まで上げている。それゆえ、胸元からは僅かに白のフリルが覗いている。

 清楚とエロが両立されていて。改めて夢叶って凄いなって思わされる。


「稜くん。夏休みはどう?」

「んー、普段よりゆっくり寝れるって感じかな」

「ゆっくり寝てるのかー」

「夢叶は?」


 プールの流れに逆らうことなく。ゆっくりと2人で並んで歩きながら話す。

 寝ていると、言った俺に。夢叶は少し羨ましそうな瞳を向けた。


「私はだいたい毎日学校には行ってるよ?」

「えぇ!?」

「声、大きいよ」


 驚きを隠しきれず、大きな声が零れてしまった。だって、夏休みなんだぞ?

 生徒もほとんど居ないのに、先生がすることなんてあるのか?

 俺の驚きの声を制止するように、唇の前に立てていた人差し指を外しながら。夢叶は口端を釣り上げて、少し試すような口調で言い放つ。


「私、こう見えてもバスケ部の顧問してるんだよ?」

「あ.......。そう言えば」

「もしかして忘れてた?」


 くしゃっと周りの目など気にせず。夢叶は満面の笑みを浮かべる。体はプールの冷たい水温で冷やされているはずなのに。夢叶と会話をして、楽しそうな表情を見せられて、心が温められて、何だか暑くなる。


「わ、忘れてはないよ!」

「ほんとかなー?」


 あはは、と大きな笑い声を上げながら訊いてくる。


「ほんとだよ!」

「ねぇ、稜くん。夏休みに学校に来てみる気はない?」

「え、どういうこと? 勉強は嫌だよ?」

「宿題はちゃんとしてよ?」


 怪訝な表情で言うと。夢叶は水に濡れた指で俺の頬を突く。


「わかってますよー」


 夢叶の指が触れたそこから、雫が流れる。それを感じながら、俺はいじけたように言い放つ。

 すると、夢叶は小さく微笑み「それならよしっ」と告げた。

 それからしばらく、俺たちは黙ってプールを歩いていた。時折視線を交え、小さく微笑みあったりした。

 話していないその時間ですらも。楽しくて、貴重で、特別な様で。

 矢継ぎ早に話す必要が無い。そうしなくても、楽しいと思える。緊張はあるけど、2人の空間が楽しくて、心地よくて。


「ねぇ、稜くん」


 流れるプールを歩くのも2周目にさしかかろうととしていた。そんな時、少し真面目なトーンで夢叶が切り出した。


「なんですか?」


 そのあまりに真剣なトーンに。思わず敬語になってしまう。すると、夢叶はそんな俺が可笑しかったのか。ふふっ、と小さく笑ってから。直ぐに真剣な顔に戻り、言葉を紡ぐ。あまり大きな声ではない。

 周りの雑踏に掻き消されてもおかしくは無いくらいのそれだ。


「バスケ部、入ってみる気ない?」


 どんなことを言われるのか。そう不安になっていた所に。投げかけられた言葉はそれだった。

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