第41話 「手に入れたいなら、色んなものを犠牲にしないとダメだよ」


「彼女の名前はさっき、稜くんが言ったように。若葉琴音。このみなが荘の寮生だよ」

「寮生.......。ということは」


 綾人さんによる若葉さんの紹介を聞き、亜沙子が眉間に皺を寄せて呟く。

 それはそれで若葉さんに対して失礼だと思うが、亜沙子のその態度も分からなくもない。

 だって。寮生だということは、俺たちと同じで高校生ということになる。


「そうだよ。琴音はぼくたちと同じ高校生で、ぼくと同じ3年生だよ」

「「えっ!?」」


 俺と亜沙子の驚きが重なる。だが、それもそのはずだ。だって俺たちは若葉さんを見たことないのだ。

 1つ上の学年だとしても。同じ高校で、こんな派手な人がいれば目立たないわけが無い。

 金髪に青色のカラコンを入れているような人。見たことなくても、有名人だろう。


「そんな反応なに!? もしかして中学生に見えちゃった!?」


 カラコンの入った目を大きく見開き、若葉さんは今にも立ち上がりそうな勢いで口を開く。

 その様子を隣で見た綾人さんは、小さくため息をついてから。


「琴音」


 静かに名前を呼んで、若葉さんの肩に手を置いた。そのまま少し力を加えると、若葉さんはしゅん、とした表情になり。大人しくなる。


「稜くんたちが驚くのも無理はないよ」

「どういうことですか?」


 知らなくても仕方がない。こんな派手な人を?

 それはおかしいだろう。だって、俺はみなが荘に来る前から海斗先輩のことは噂に聞いていたのだ。ということは、海斗さんよりもヤバそうな逸材、若葉さんを知らないのはどうにも納得できない。

 俺と同じ思考をしたのだろう。亜沙子が難しい表情を浮かべながら、戸惑いを纏う声色で訊く。


「琴音は1年の3学期から学校にいなかったんだよ」

「休学とか、ですか?」


 その割には、派手でバカンス返りみたいな容姿だったし。休学って感じに見えなかったけど.......。


「いや、そうじゃない」

「え、じゃあ。なんで学校に来てなかったんですか? サボりですか?」


 綾人さんの答えを聞いた亜沙子が眉をひそめて。綾人さんと若葉さんを交互に見ながら、そう紡いだ。

 まぁ、そのよく遊んでいるような容姿を見せられたら、その答えに行きつくのも分からなくもないが。

 それを口に出すのは、流石にはばかられるんだけどな。

 ズバズバ訊く亜沙子に、少し驚きを覚えながら綾人さんの答えを待つ。


 すると綾人さんは、元気を刈り取られ、しゅんとなった若葉さんをちらりと見ながら口を開いた。


「こんな姿になってるからそう思われるかもだけど、違うんだ。琴音は留学してたんだ」

「り、留学!?」


 想像の遥か斜め上を行く言葉に、俺の声は思わず裏返る。それは亜沙子も同じで、餌を待つ水槽の中の金魚のように、口をパクパクさせて言葉を紡げないでいた。


 人は見た目で決めつけてはいけない、とは言うけど。高校生でここまで綺麗に髪を染め上げ、カラコンを入れて、外人かぶれのような容姿の人が留学とは。それに、若葉さんはみなが荘に住んでる人だ。

 学校でも、問題児で勉強ができない人たちが集まる巣窟にいる人だ。そんな人が留学に行けるのか?

 そんな疑問が脳裏に浮かぶ。


「そうだよー。イギリスいってた!」


 元気を取り戻したように、若葉さんが口を開いた。これに続いて、ペラペラと英語を話し出す。とても流暢で、本場と感じてしまうほどの英語力だ。


「な、なんて言ったんですか?」


 その英語力に驚かされ、今まで強気な態度に出ていた亜沙子が口篭りながら聞き返す。


「イギリスに留学してたんだけど。あまりに勉強をしなさ過ぎて、留学の延長が決まったよ。本当ならば春には帰って来る予定だったけど、この時期まで伸びたの! そう言ったんだよ!」

「いや、ダメじゃん!」


 なんでもないように言うが、要するに単位不足、落第寸前、というやつだ。決して、楽しそうに笑いながら言う内容ではない。


「稜くんの言う通りだ。琴音、なんでやらないの?」

「やれば出来るって言いたいの?」


 俺のツッコミを拾い上げた綾人さんが、隣に優しい目を向けて。陽だまりのような生暖かさが灯る声音で訊く。だが、その言葉に若葉さんは少しムッとした様子を見せた。


「だってそうじゃん。留学に行けたのも勉強したからでしょ?」

「だってそれは、海外で生活したかったからだもん」


 え.......?

 海外で生活したかったから、留学したの?

 語学研修とか、普通はそうじゃないの?


「やりたいと思ったら、何としてでもやる。それが琴音でしょ?」


 嘘だろ。海外で生活がしてみたい、それだけで留学

したの?

 聞いたことないよ、そんな話。


「興味あることしかできないって言ってるでしょ」


 若葉さんは口先を尖らせて、いじけるように言った。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 そんな2人の会話に割って入るように、亜沙子が声を上げた。


「どうしたの?」

「若葉さんって海外で生活してみたいからって理由だけで留学したんですか?」

「そうだよ? だって、海外での生活って興味深いでしょ!」


 そこに疑問を持つことがおかしいかのように。若葉さんはそう言い放つ。


「それだけで選出されるものなの?」


 1学期が終わる頃。留学したい人はよく親と相談するように、などと忠告があった。だが、目的は語学理解が主だ。その付随で海外での生活がある。

 そして留学をしたい人の大半がそこをネックとする。楽しみな部分はある。だが、言葉は通じない、文化が違う。それだけで恐怖感を覚えるものだろう。


「行きたい、そう思えば何でもすればいい。手に入れたいなら、色んなものを犠牲にしないとダメだよ」


 若葉さんは至極当然のように言う。理屈はそうかもしれない。でも、それが実らなかった時のことや、お金や日々の生活など。どうにかしようとしてできないものだってある。だから、やりたいと思いがあっても。大きく背伸びをすることができないのに。


「でもそれでも――」

「無駄だよ」


 亜沙子は更に言葉を紡ごうとする。だが、その言葉を遮るように綾人さんが言った。瞳をふせて、ゆっくりとかぶりを振ってから。再度口を開く。


「琴音はやりたいと思えば、突き詰めることが出来る。それこそ、全てを犠牲にしてでもね」

「何言ってるのー!?」


 綾人さんの言葉を聞いた若葉さんが隣から反発する。薄らと目を開き、綾人さんは若葉さんを見る。それから、切なさの籠った声音で静かに言った。


「留学生を決めるテストの前、ご飯も食べなくなって倒れたのはどこの誰だよ」

「あ、えっと.......。そんなこともあったなぁ.......」


 根本的に俺たちは違うんだな。綾人さんの言葉を受けて、明後日の方向を向いて誤魔化そうとしている若葉さん。


 俺は勉強ができず、それを分かった上で逃げて、怠けた結果だ。でも、若葉さんは違う。

 面白くないから。興味をそそられないから。ただそれだけの理由で、勉強をしていないのだ。そして、その行動は、常人では理解出来ない。だから、若葉さんはみなが荘に送られたのだろう。


「そういうことですか。じゃあ、若葉さんは天才なんでょうね」


 亜沙子は諦めたように、ため息混じりにそう言ってから。最後に、と人差し指と中指を立てた。


「どうしてそんな格好をしているのか、どこの部屋を使っていたのですか?」

「それは――」

「外人になりたかったから! と、部屋は2階の一番奥の部屋だよー」


 答えようとした綾人さんを遮り、若葉さんは言った。だが、その答えの意味がわからない。

 俺たちは日本人だ。外人になれる訳がないのだ。

 質問をした亜沙子も首を傾げていると。その言葉に諦めた様子の綾人さんが告げる。


「琴音は影響されやすいんだ。イギリスの人たちを見て、自分も、って思ったんだと思う」

「よくわかってるじゃん! 流石綾人だねー!」


 天才の考えることはよく分からないが.......。

 言いながら、綾人さんに抱きついている。綾人さんは嬉しそうな表情を浮かべており、それでいてどこか恥ずかしそうでもあり。俺たちが見ているのに、やめて、のやの字すら言わない。


「これは大変ね」

「あぁ。それは同感だ」


 新たに増えた、というのは少し違うのだろう。帰ってきた住人は、天才で、あまりに独特で、自由奔放だ。ただでさえ騒がしいみなが荘だ。もっと騒がしくなるのだろうな。

 予想や推測ではない。確定された未来を思い、俺がため息をつくと。それと同時に亜沙子もため息をついたのだった。


 * * * *


 その夜。俺は部屋で夢叶とLINEをしていた。

 居室はいつも以上に騒がしく、部屋にいても声が届いて来るほどだ。


『明日、お昼ご飯はどうする?』

『俺はどっちでもいいよ』


 夢叶からのLINEに既読をつけ、返事をする。刹那の時間も要さずに既読がつく。

 LINEをする、という時間を共にしている。夢叶もこの画面を見ているんだ。そう思うだけだ嬉しくて、頬が緩む。


『じゃあ、朝から行って向こうで一緒に食べたいなぁ』


 メッセージの後に可愛らしいパンダのキャラクターが、お願いをするようなポージングをしたスタンプが送られてくる。


『いいね。そうしようか』

『やった! じゃあ、10時頃に姫坂駅の中央改札を抜けたところでどうかな?』

『了解!』


 明日への約束を固める。明日が今から楽しみだ。

 まだまだ明日までには時間があるというのに。もう鼓動が少し早くなっている。


「楽しみだな」


 自然と緩む頬には気づいている。あぁ、夢叶はどんな水着を着るのかな。

 考え出したら今日の夜が寝れないような気がした。


「お風呂入ろっと」


 今から明日のことを考えても、時間は平等に進む。カッコイイところ見せたいし、遅刻なんてもってのほかだし。それをしない為にも、早く寝るに越したことはないだろう。

 そう結論付け、俺は独りでに呟いた。そして、ワクワクで浮ついた足取りで風呂場へと向かうのだった。

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