第13話 「おかえり、海ちゃん」
時は早朝まで戻る。
数日前、実家から掛かってきた電話。俺はそれに従い、今日は朝早くからみなが荘を出た。
誰にもバレずに出ようと思っていたが、綾人がタイミングよく目を覚ました。
「こんな朝早くにどこか行くノリ?」
「電話もあったことだし、実家に帰る」
「そっか。分かっタラ」
「という訳で、夕食はいらねぇーから」
実家の最寄り駅は
背負ったリュックサックの中には最低限の下着やら着替えを詰めてある。
「りょうかイカ」
朝からブレない綾人の言葉に見送られ、俺はみなが荘を後にした。
昨日の稜の様子から、今日は何かあるのだろう。
見届けていじってやりたかったぜ。
でも、少し浮かれた様子だったし。ほんとに何だったんだろう。
そんなことを思いながら、俺は最寄りの大里駅で電車に乗った。
* * * *
太陽もかなり昇った。照りつける日差しが強く、もうすぐ夏だということを否応なしに知らしめてくる。
明川駅に降り立つと、海が近いということもあり吹く風には潮の香りが乗っている。
半年ぶりに帰ってきて吸う、潮を含んだ風を目一杯に吸い込み、吐き出す。
「懐かしいな」
たった半年だと言うのに。懐かしい、という言葉が自然と零れた。しかし、いつまでも懐かしの空気に浸っているわけにもいかない。ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。
「あ、もしもし」
『海斗、もう着いた?』
「あぁ、今着いたところだ」
『駅出た所のロータリーまで迎えに来てるから』
「わかった」
短い言葉で返事をしてから電話を切る。そして止めていた足を動かし、駅の出口を目指した。
駅を出ると、見覚えのある黒の軽自動車が止まっている。
間違いなく、あれが俺の家の車だ。
「母さん」
「あ、海斗! 久しぶりね」
「半年ぶりくらいだろ」
懐かしむように俺を見ながら話しかけくる母さん。
息子に会えて嬉しいのは分かるが、早起きをして帰ってきた身にしてみれば、このテンションはしんどい。
助手席だと、絡みが更にめんどくさくなるだろう。そう思い、俺は後部座席に座る。
「なんで助手席座らないの?」
「朝早く起きて、まだ眠いんだ」
不思議そうに訊く母さんに短くそう答え、俺は腕を組んで目をつぶった。
「そうなの?」
納得のいっていないのはその声から分かった。だが、返事をすれば会話が続くのが目に見えている。
敢えて返事をせずにいると、車が動き出した。母さんが俺との会話を諦めたのだろう。
駅から俺の家までは、車で約15分。歩いて行くには相当距離がある。
だから半年も帰ってなかったんだけど。
それにしても一体、何の用なんだろう。
目を閉じたまま、数日前の電話を思い返す。
『海斗?』
少し焦ったような声色が電話口から聞こえてくる。
『今週末帰って来れる!?』
俺の返事を待たず、母さんは有無を言わさない勢いで言葉をかけてきた。
帰れないこともなかったので、日曜日で、と答えると母さんは安堵の息を零してから口を開く。
『それじゃあ、日曜日朝から帰ってきて!』
それで電話は切れた。
だから何の用事があるのか、その理由さえ伝えられず。俺は帰省したのだ。
「着いたわよ」
「.......ん? あぁ」
母さんの一言に、俺は朧気な返事をした。会話を遮るために目を瞑ったのだが、どうやら本当に眠ってしまったようだ。
「ちゃんと学校には遅刻せずに行ってるんでしょね」
母さんの小言を聞き流し、俺は車から降りる。
眼前にある俺の家。その左隣にある家。
それを見るだけで、胸がぎゅっと締め付けられるのが分かった。
いまはもう居ない。嘗ての俺の想い人。"あの人"の姿が脳裏に掠める。
幸せにやってるかな。いま、何歳だったけ?
俺より12歳上だから――
「何ボーッと立ってるのよ。早く入るわよ」
車の鍵を掛けた母さんが、玄関の前で俺を呼ぶ。どうしてそこまで急いでいるのか分からない。
しかしこのまま"あの人"の家を見ていると、切なくて虚しくて。涙が溢れ出しそうになるから。
頭を掻きながら、俺は母さんの待つ玄関へと向かう。
「ただいま」
久しぶりの自宅に入り、第一声を上げる。
「兄さん、おかえり」
「ただいま、
お出迎えに来てくれたのは、3つ下の妹愛羅だ。
中3の愛羅は後ろで1つに纏めた黒髪をフリフリと揺らしながら、俺のリュックサックを預かろうとしてくる。
「重いからいいよ」
「いいのー。持たせてー」
「ありがと。気持ちだけで十分だ」
そう言って、靴を脱ぎ家の中へと入る。慣れ親しんだ家の造り。
玄関を上がると奥へ続く廊下の先に扉がある。それを開けばリビングだ。
「むぅ」
大きく真ん丸の目をすぼめ、いじけたように声を洩らす。
中3とは思えない幼さの溢れる姿に、思わず口をつく。
「愛羅はやっぱり可愛いな」
「えぇー!? 急に何よー」
先程までとは打って変わった嬉しそうな声色。少し頬を赤らめ、照れた様子も我が妹ながら可愛い。
「そう思ったから言ったんだ」
「イケメンの兄さんの妹だからね! 可愛くても仕方ないね!」
「嬉しいこと言ってくれるぜ」
頭を撫で回し、愛羅の綻ぶ表情を見てから俺はリビングへと繋がる扉を開ける。
「おかえり、海ちゃん」
リビングの中から聞こえてきた声に、俺は言葉を失った。
ずっとずっと、恋焦がれていた人がそこにいるから。
もう会うことはないと思っていたから。
きっと幸せになっていると、信じてたから。
だが、俺の眼前に居たのは。帰省した俺に声を掛けてくれたのは。
ずっと、ずっと。恋焦がれてやまなかった。想う事を諦められなかった。
幼き頃から、恋をしていた相手。
12歳年上の、隣に住む"あの人"――
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