第12話 「左手の小指にはめる指輪の意味は分かる?」


『なら3人で回ろっか』


 舞台は高校の文化祭当日に移る。

 学ランをみにまとった主人公を演じる人気俳優に、人気女優演じるヒロインの友だちが声を上げる。


『僕なんかがいていいの?』


 主人公は不安を滲ませた声で、ヒロインとその友だちに訊く。きっと、二人のが楽しいだろう。そう思っての言葉だろう。


『いいよ。一緒に回ろ?』


 ヒロインは優しく、儚い笑顔を浮かべて答えた。






『今から委員会の時間だから』


 しばらく3人で文化祭を回った後、ヒロインの友だちがそう告げ立ち去っていく。


『本当に来てくれて良かった.......』

『うん。私も来てよかった』


 弱々しい顔で、声で返事をするヒロイン。3人で居た時とは打って変わった様子のヒロインに、主人公はどこかぎこちない笑みを浮かべた。


『それと、ありがとね』


 ヒロインは弱々しくお礼を告げた。


『お礼なんていいよ。僕はただ.......』

『あったことを伝えただけだって言いたいの? それでも毎日病室に来て、話してくれたのが君でよかった』


 ヒロインは自分の胸元をぎゅっと握り、少し頬を赤らめた。



 その文化祭の後夜祭。グラウンドではキャンプファイヤーが上がっている。ヒロインは主人公に呼び出され、音楽室にやって来ていた。

 グラウンドではミスコンが開催されており、学年屈指の美男美女が参加している。


『あの子なら優勝しそうだな』


 窓からミスコンの様子を見ながら、容姿端麗のクラスメイトを思い返したヒロイン。そんなヒロインを神妙な表情で見つめる主人公。


『どうかした?』


 そんな主人公を見て、ヒロインは不思議そうに首を傾げた。主人公は短く息を吐き捨て、真摯な瞳をヒロインに向けて口を開いた。


『僕は――君が、御影さんが好きだ』


 主人公の告白に、ヒロインは何度も瞬きをする。こんな言葉を受けられるとは思ってなかったのか、戸惑いのようなものが見受けられる。


『え、えっと.......』


 あまりに返事が来ないことに、主人公はオドオドとした様子でヒロインの様子をうかがう。


『き、聞こえてるよ。ちょっと、びっくりしてね』


 ヒロインは慌てたようにそう言うと、主人公は脈ナシと判断したのだろう。残念そうな顔を浮かべる。


『ち、違うよ。わ、私も.......』


 これ以上を紡ぐことはヒロインにとっても気恥しいのだろう。一旦言葉を切り、ゆっくりと口を開く。


『私も中筋くんのことが――好き』


 * * * *


 映画『余命十八年の恋』を見終わり、俺と亜沙子は場所を映画館から大型複合施設の中にあるカフェへと移動した。


「まさか、そっちを手術してるだなんてね」


 注文したアイスコーヒーを口に含みながら言うと、亜沙子はこくん、と頷いた。


「ほんとに可哀想だったし。でも、後夜祭で想いを告げられたのはよかったとおもったし」

「だよな。想いを伝えて、それが相手にちゃんと伝わったのはよかったよな」


 うまれつき心臓が弱く、最後は死んでしまったヒロイン。だけど、主人公とヒロインの二人は自らの想いを伝え合う事ができた。そして両思いだと分かった。だが、その先へ進むことはなかった。しかし、それでも羨ましいと思えた。


「好きな人に、好きだって思われる。それだけですっごく嬉しいことだし」


 俺を流しみるようにしてから、亜沙子は眼前に運ばれている紅茶に口をつける。


「そうだな」

「稜くんの場合は、南先生?」


 意を決したかのように。亜沙子は短く息を飲んでから、真剣な瞳で俺に訊いた。


「.......まぁ、うん」


 付き合っていない、と言ってもこれはデートだ。その途中で、別の女性の話をするのもどうかとは思った。だが、自分の気持ちに嘘はつきたくない。

 少しの間、逡巡してからそう答えると、亜沙子は紅茶の入ったカップを強く握った。


「そ、そうだよね」


 カップ内の紅茶が波を打つ。そこに映る亜沙子の顔が歪む。

 告げられた言葉は弱々しく、感情を押し殺したようにも感じられた。


「亜沙子にとって、そんな人はいるのか?」

「.......あ、あはは。いるわけないし」


 早口でまくし立てるように言うと、亜沙子はカップ内に残っていた紅茶を一気に飲み干した。

 誤魔化すような亜沙子の行動に、小首をかしげる。だが、亜沙子が想いを寄せる人がいるとか聞いた事もなかった俺が、答えを出せるわけもない。


「そっか」


 だから追求をすることをやめ、アイスコーヒーを飲む。


「それで稜くんの考えてくれた、デートプランはこれで終わり?」

「いや、あとちょっと続くよ」


 無理やり笑ったような、在り来りな笑顔を貼り付けたような表情で。俺に訊いてくる亜沙子。

 でも、そこは俺が触れていい場所ではないような気がした。だから俺も、亜沙子に合わせてて、できるだけ元気な笑顔を浮かべた。


 アイスコーヒーを飲み干し、席を立ちカフェを後にした。

 大型複合施設ということだけあり、その階から1つ降りれば衣服店が揃っている。

 ユニクロや、GUなどよく目にするお店もあれば、あまり目にしない値段の張る衣服が揃えられたお店もある。


「あとはここらでショッピングって感じかな」

「ほんとに超無難なプランだし」

「し、仕方ないだろ。こういうの慣れてないんだから」


 カフェにいる時の表情よりは、晴れやかに楽しそうな雰囲気になった亜沙子。

 それを見て少し安堵を覚える。

 せっかく一緒にいるのに、気持ちが離れているような気がして、何だか辛かった。


「さすがにどんな店がいいかまではわかんないから、色々見るって感じでいいか?」

「それでいいし。ウィンドウショッピングになるかもだし」

「う、ウィンドウショッピングってなんだ?」


 聞きなれない言葉に、眉間にシワがよる。そんな俺の様子を見た亜沙子が小さく笑った。


「なーんにも知らないんだし」

「だから経験がないんだから、仕方ないだろ」

「これは経験とかそういうのじゃないと思うし」

「そうなのか!?」


 必要な物しか買わないから、ショッピングとかほとんどしない。それゆえ、ウィンドウショッピングとやらが何か分からない。

 てか、女子高校生の使う言葉って男子高校生にとっても謎なんだよな。意味わかんないやつ多い。


「稜くんって意外と遅れてるし」

「え、何が? てか、どこが!?」

「女子高生の言葉の意味わかんないなーとか思ってたんでしょ?」

「なんでそれが?」

「顔に出てたし」


 俺たちは衣服店を覗き込むようにして見ながら、通路を歩いていく。時折、亜沙子は表に出ている服を手に取ったりしているが、そのどれもを買おうとはせず、陳列棚に戻して歩き出す。


「まじかよ」

「マジだし。それで、ウィンドウショッピングの意味分かった?」

「わかんねぇーよ」


 いじけたように答えると、思って亜沙子は手で口元を隠しながら、声を出して笑った。


「ウィンドウショッピングってのは店内やショーウィンドウを見て回ることだし」

「え、それになんの意味があるんだ?」

「それがわかんないうちは、男としてはダメダメだし」


 そう言ってから、亜沙子はいちばん近くにあった衣服店に入った。

 特別高い、というわけではないが一般的に見て少し高いかな、という印象を受ける。

 亜沙子は今着ている服とは、趣向の違った服を手に取り体に合わせる。


「どう?」

「に、似合ってるんじゃないか?」


 女子らしい今の格好とは違い、少しボーイッシュなイメージが持てる服。

 正直、亜沙子には似合わないだろうと思っていた部類だったけど。実際見せられると、意外に似合っていて、思わずどもってしまった。


「そういうのは、どもらずちゃんと言って欲しいし」


 満更ではない表情を浮かべながら、嬉しそうな声色で、亜沙子はそう言った。


「わ、わるい」

「別に、怒ってはないし」


 手に取っていた服を軽く畳み、陳列棚に戻してからそう言うと、亜沙子は自分の人差し指で俺の額を軽く押した。


 それからしばらく色々なお店を転々とした。衣服店だけでなく、靴屋まで見た。

 どれほど時間が経ったか分からない。

 時間が気にならない程に楽しかった。亜沙子も同じだったら、いいなって。本気で思う。

 でもそれは、俺にはわからない。祈ることしか出来ないし、それを聞くのはきっと野暮なんだ。


「これで最後のお店だし」


 亜沙子の台詞からは名残惜しさのようなものが見られた。それだけでも、嬉しくて頬が緩む。


「最後の店って、今までと違う感じなんだな」


 衣服店でも、靴屋でもない。最後にしようと決めたお店はアクセサリーショップだった。

 店内にいるのは、若い女性だけで俺が入るのは少々気が引ける。


「まぁ、そうだね。ということで、早く行くし」

「え、俺も行くのか?」

「当たり前だし」


 亜沙子は女子まみれの店内に、俺を手招きする。正直、店内に足を踏み入れるだけでも緊張しすぎてやばい。

 しかし、亜沙子は手招きをやめない。短く息を吐き捨て、覚悟を決めた俺はアクセサリーショップの中へと入った。


 これがランジェリーショップとかだったら死んでたよな。それを考えると、アクセサリーでよかったか。


 亜沙子は店内に並ぶアクセサリーを、目をキラキラと輝かせながら見ている。


「なんか欲しいものとかあるのか?」

「まぁーねー」

「どれだよ?」

「買ってくれるし?」

「値段次第だな」

「それを言っちゃおしまいだし」


 俺の答えを聞いた亜沙子が口先を尖らせ、そう言いながら陳列棚に貼られた値札を指さす。

 そこに書かれた値段は500円。


「えっ!?」


 陳列されているアクセサリーは、指輪やイヤリングという如何にも値段が張りそうなものばかり。

 可愛らしく色々と装飾されており、一見しただけでは500円とは思えない。

 1000円超えていてもおかしくは無いだろう。


「思ってたより安いし?」


 いたずらな笑みを浮かべた亜沙子が、ワンポイントにはなるだろうと思われる小さな金色のイヤリングを手に取る。


「あぁ、あまりの安さに驚いてる。今はこんな値段で買えるのか?」

「安いやつはね。ブランドものだったり、純金だったりすると高いし」


 イヤリングや指輪は普通に1万円とかするものだと思っていた。だが、眼前に並ぶ綺麗な装飾がなされたアクセサリーが――。

 ショッピングをはじめてすぐ亜沙子に言われた、俺が遅れていると言葉はあながち間違っていなかったように思えてくる。


「それから、これとかオススメだし?」


 小さな金色のイヤリングを片手に、棚に並ぶシルバーの指輪を指した。


「誰にオススメなんだよ」

「え、稜くんに決まってるし」


 急に指輪をオススメされ、亜沙子の顔と亜沙子の指先にある指輪を、訝しげな表情で交互に見る。

 女子から男子に指輪をオススメする理由が分からない。てか、何故そういう台詞が飛び出したのかが分からない。


「なに変な顔してるし?」

「いや、だって。なんで指輪を勧められてるのかわかんないし」

「稜くんはほんとに何も知らないんだし」


 俺の言葉に、亜沙子は分かりやすくため息をつく。ため息をつかれる台詞を吐いた覚えがない。眉間に皺を寄せていると、亜沙子があのね、と切り出す。


「左手の小指にはめる指輪の意味は分かる?」

「小指? 薬指じゃなくて?」


 左手の薬指。そこにある指輪の意味は言わずとも知っている。結婚指輪だ。

 だが、小指に指輪をはめるとかオシャレ以外に何があると言うのだ?


「薬指は誰でも知ってるし。そうじゃなくて小指だし」

「そんなの知ってるわけないだろ」

「はぁー」


 先程よりも大きなため息を吐き、亜沙子はわざとらしく咳払いをする。


「左手の小指にはめる指輪。それをピンキーリングって言って、人と人とを結ぶ縁結びのお守りで、恋愛成就を助ける恋のおまじないなんだし」

「し、知らなかった.......」

「稜くん、ほんとに何にも知らないんだし」


 知らない情報に、真剣な表情を浮かべる俺を見ながらそう言う亜沙子。


「悪かったな」


 いじけたようにそう吐き、俺は亜沙子にオススメされた指輪を手に取り、亜沙子の手にある小さな金色のイヤリングを取る。


「えっ?」

「欲しいんだろ?」

「欲しいけど。べ、別に500円くらいウチでも買えるし」


 突然の出来事に驚きを隠せていない亜沙子。その亜沙子からの抗議を無視して、俺は自分用の指輪と亜沙子のイヤリングを持ってレジに並んだ。


「あ、あの.......」


 後ろからまだ何かを言ってるが、気にしない。これは俺の懺悔みたいなものだから。

 理由はわかんないけど、カフェにいる時に寂しく切なそうな表情をさせてしまったことのお詫び。

 これはきっと、俺の自己満だから口には出さない。


「はい。今日のお礼ってやつで。受け取ってくれ」

「え、えっと.......。じゃあ、ありがと」


 差し出したイヤリングを受け取ってくれた亜沙子。分かりやすく顔を真っ赤にした亜沙子は、受け取ったイヤリングをカバンにしまう。

 弱々しく告げられたお礼の言葉は、喧騒に掻き消される程に小さかった。


「それじゃあ。そろそろ帰ろっか」


 時間はもうすぐで午後6時。みなが荘へ帰れば綾人さんが夕食を準備してくれているはずだ。


「そうだね」


 どこか寂しそうな声で、触れれば壊れてしまいそうな儚い笑みを浮かべて答えた。


 こうして、亜沙子からのお願いである日曜日デートを終えようとしていた。

 大型複合施設を出て、姫坂駅へと向かっていく。


「あのね。稜くん」

「なんだ?」


 その道中で、亜沙子が不意に呼びかけてきた。


「今日は、ウチのワガママに付き合ってくれてほんとにありがとうだし」

「なんだ、そんな事か。元はと言えば、俺が悪いんだ。気にすんなよ」


 そう答えて俺と亜沙子は、綾人さんの待つみなが荘へと帰るのだった。

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