第02話
「たぁすけてくれぇ~!」
情けない悲鳴を聞いて、アイは他人のふりをしてやろうか、などと邪念を抱いた。
しかし助けを求めているのは村唯一の医者であり、アイとは曲がりなりにも血のつながった実の祖父だ。ここで見捨てれば化けて出てくることは確実、末代まで遺恨を引きずり嫌味を言われるにちがいない。残念ながら彼はそういう男で、アイはそれを嫌というほど知っている。
知っているからこそ、舌打ちをしながら、祖父を助けるべく、豪雨のなかに飛び出さなくてはいけなかった。
「なにをやっているのよ!」
どうせ迂闊なことをしでかしたのだろうと当たりをつけつつ、叱咤とともに状況説明を求める。
が、祖父はバビュンと──とうに七十を越えた老人とは思えない健脚でアイの横を素通り。とっとと自宅ログハウスの玄関前まで逃げ切った。
「ちょっと、押しつける気!?」
「ばかもの! ワシの手に負えるか!」
「……ったく、だったら妙な拾いものをしないでよね!」
悪態をつき、すぐにひるがえって、猛追してくるモンスター群に視線をもどす。そして、確認。
群衆は、一丸という比喩がふさわしいほどの集団を維持しながら、水煙を立てて、ぴょんぴょんと蛙のように跳ねていた。
視界がけむって姿ははっきりしないが、あんな特徴的な動きを見せるモンスターは多くはない。
カーリフェという、このあたりに広く分布する昆虫型モンスターだ。体長は約三十セチと小柄で、体格に比例して気も小さく、いつも保護色を使って草原の青草にかくれている。だからついたあだ名は「草原の絨毯」。彼らにしてみれば、実に不名誉な二つ名だ。
しかしどんな愛称を与えられても、やはり彼らがモンスターであることには変わりなく、あの小さな筋骨にすら人間を見境なく襲う悪習が本質に組みこまれている。それなりに凶暴で、実害があるのだ。
この場合、問題なのは個体数だだろう。
カーリフェは、ピンチに陥ると背中の翅をこすり合わせて特殊な音を出し、仲間を呼び集める特性を持っている。
その結果、いまここにはおよそ二十前後のカーリフェが集まっている。これは異常な数だった。自警団でも討伐をためらうくらいには。
それだけの群衆を前にして、アイは服の下に忍ばせていた愛銃を取りだした。
手にしっくりと馴染み、落ち着く感触は、久し振りの出番を喜んでいるかのようだ。
こまめに手入れはしていても実戦での使用とは勝手がちがうので、勘が鈍っていないかと怖れにも似た不安が湧く。
が、銃をかまえて先頭の敵に標準を合わせると、周囲の雑音とともに憂慮もまたきれいに消え失せた。
雨のせいで視界が悪いが、
跳躍に合わせて稼働する脚、くん、と上向く鎧のような胸部。やがて一連の動きが鈍くなっていき、スローモーションとなる。ぐっと後ろ脚に力がこめられ──胸部が顕わになり──大地から飛び上がって──再び着地──しようとしたところを、アイはためらいなく引き金を引き、弾を吐き出させた。
弾、といっても、通常の実弾銃とはちがう。
アイの能力は火に属する。特色たる赤い光をまとった弾はカーリフェの前足のつけ根に命中した途端、物理的な要因以上の威力を発揮し、ガラスを砕くように標的を粉々にした。
破片が、虹のような七色の光を放ちながら虚空に
これがモンスターの死──イデアが欠けた不安定な存在の末路だった。
あっけない終焉を一瞬たりとも視界に入れず、機械的に同様の手口でモンスターの消去を進めた。
狙いを定める、撃つ。実弾銃では必須の弾の装填も、この銃ならば必要ない。そのぶん時間のロスも減り、速射力にものを言わせた攻撃によって、カーリフェは確実に数を減らしていく。単体攻撃のみでは効率が悪いが、こればかりは性能上いたしかたない。代わりに速力を十全に生かして連射を続け、一体ずつ確実に葬り去る。
そうして前線のカーリフェを一掃したところで、集団はいよいよアイに迫ってきた。
先頭のモンスターがひときわ高く跳躍し、アイに飛びかかる。ほんの
強烈な風が頬の脇を通過した──かと思ったら、ギキィという耳障りな音を立てて、攻勢に出ていたカーリフェが吹き飛んだ。しかも風は威力をそのままに、敵の集団を丸ごと遠くへ吹き払う。
これは、
「魔法……?」
こんな真似ができる人物を、アイは一人しか知らない。
脳裏に幼い少年の姿を映し、カーリフェに警戒を向けつつも後ろを振り返った。けれど期待は裏切られた。
肩越しに見たその場所にアイの意中の人物はおらず、かわりにここ数日アイの悩みの種であった少女がいたからだ。肩で息をして、顔は妙に赤い。熱が上がっている証拠だ。
(彼女が?)
年齢はおそらく十代後半。あどけなさが残る顔つきをしている。背はアイとほとんど変わらないが、全体的に華奢で小柄に見える。髪は自己主張の薄い栗色、瞳は穏やかな緑。見たものに優しげな印象を与える柔和な組み合わせ。
そんなたおやかな娘が、あれだけの魔法を使ったのか? と
彼女の両手にはおよそ三十セチほどの杖がにぎられており、淡い薄緑の光を帯びていた。
アイとは性質が異なるが、同じ
「わたしも手伝います!」
魔法使いの高らかな宣言に、アイは柳眉をよせてさらに観察を深めた。
先ほどの魔法は、効果範囲が意図的に広げられているにもかかわらず威力は素晴らしかった。個々の戦闘能力が低いカーリフェ相手ならば、十分戦えるだろう。
しかし熱で朦朧としている人間を参戦させなくてはならないほど、人手に困窮しているわけではない。
アイは
「病人はそこでおとなしくしていなさい」
「手伝います!」
「邪魔になるだけよ」
「手伝わせて下さい!」
「倒れられたりしたら迷惑」
「倒れません! だから手伝います!!」
イラッ。
「あなたね……!!」
沸点を越え、アイは刹那的に敵の存在を忘却した。
カーリフェの独特の鳴き声が耳をつんざいだのはその直後。はっと我に返り、即座に対応する。
銃をにぎった手をカーリフェに向ける。弾を吐き出すためトリガーに指をかける。
間に合うか、間に合わないか、おそらくギリギリだ──と、冷静に考えたところで、ひゅん、となにかがアイの脇をかすめていった。
魔法だった。風の力で絶え間なく振り続ける雨を誘導し、攻撃の刃へと変換させている。しかも先ほどと同じく広範囲にわたって攻撃対象が設定されており、ほとんどのカーリフェがその餌食となった。
余計な真似を……!
悪態をつきつつも、同時に助かった、という安堵と謝意を心のごくごく小さな片隅に浮かべつつ、動作を続ける。ドン、ドンと立て続けに五発。二匹をまとめて始末したところで敵との間合いをとるため移動し、また何発も撃つ。
そのあと一度だけ危ないと思う場面をまたしてもミントの魔法で救われたものの、基本的にアイの独壇場で事体は終息した。
ふぅっと、肺の奥に滞っていた息を吐き出しひと息入れる。途端に、いままで感じたことがない緩慢な疲労感が残っていることに気づき、アイは忌々し気に眉をひそめた。
モンスターとの戦闘で疲れたわけではない。これはどう考えてもあの娘との口論が原因だ。
ギン、と背後を振りかえってひと睨みしたところで、別の事実も思い出す。そもそもこうなったのはすべて祖父が発端ではないか。
「あなたたちね……!」
抗議のひとつもしなければ気が済むはずがない。両手を腰に当てて、
くたり、と少女の体が傾いた。
ほぼ条件反射で地を蹴る。戦闘の後ということもあり、ほどよく温まったアイの体は即座に反応して、ミントが濡れた土で顔を汚す前に抱きとめることができた。
腕の中の少女の顔はほてっており、意識はすでになかった。
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