ムロマチ・リバ・ウォーク

安良巻祐介

 

 弟と総天然色映画を見に行った帰り、川沿いの夜道をぶらぶら歩いていると、灯を落とした呉服屋のショウ・ウィンドウの前に、「色彩の流れ」を見た。

 紺と碧と紅とがごたごたになった、素麺のような光が、しゅうしゅうするすると絡み合いながら、様々な着物を着た、首のない人形たちの並ぶガラス窓の前を、行き過ぎていく。

 その、速くも遅くもない、不思議な通過をぼんやり眺めていると、さっきまで観ていた映画の、めまぐるしい発色や情報によって混沌としていた頭の中が、なだらかに均されてゆくようで、心地が良かった。

 川の匂いを乗せた涼風が、タイミング良く吹き抜ける。

 手元の携帯端末で漁っていた、映画の感想や考察の山からいったん離れて、さっきまでスクリーンの中にあった鮮やかな色合いだけを思い返すように、瞼を閉じた。

 川の水面を感覚する脳裏に、スペクトルの残像が流れていく。

…「色彩の流れ」は、見える者と見えない者とがあって、見える時はあのような光の縞の形なのだけれど、その正体は、都会に順応した前時代の妖精種の群れ、彼らの祭列だという説がある。

 人間と基準の全く異なる存在の行進は、適性のある人の眼にさえ、辛うじて色の集合として知覚できるだけ…ということらしいが、そういうものの精細なビジュアルが――例えばよくできた前衛芸術のような、納得のゆくデザインであったとして――わかりやすく見えてしまうよりも、ただの色、色、色…として眺められた方が、しっくり来る気がする。胸のうちのある種の感情や感覚を、説明しようと整理して、言葉にすると、何かが変わってしまうように。

 それはそれとして、ショウ・ウィンドウの前をのんきな風のように通り過ぎる鮮やかな縞を見ていると、ふと、「服を買いたかったのだろうか」などとも思われて、妙に可笑しい気持ちのした、土曜の夜だった。

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ムロマチ・リバ・ウォーク 安良巻祐介 @aramaki88

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