二人の願いごと


「やっぱり人はいねーな」

「みたいだね、キョウちゃん」


町は静かで、危険はなさそうだった。

背の高い建物は崩れ落ちているけれど、民家なんかは割と綺麗に残っている。


「よーし。イツカ、探検しよう!」

「はーい」

キョウちゃんは探検が好きだ。

子どもみたいにいろんなものを拾ってくる。

役に立つものもあるけれど、爆弾みたいな危険な物もあるからちょっと怖い。



私たちは民家に入る。

大きなレンガ造りの家。

キョウちゃんは居間のほうを、私は広いキッチンを漁ることにした。


そしてお目当てのものはすぐに見つかる。

「あ、キョウちゃん、カンヅメがたくさんあるよ。……それに保存食も!」

「ほんとイツカは食べ物ばっかりだなー」

言いながらキョウちゃんがこっちに歩いてきた。


「だって食べないと死んじゃうでしょ……ん?」

キョウちゃんがなにかを握っている。なんだろう。


「ねえ、キョウちゃん。それなに?」

「ん? これ?」手を開く。


手のひらサイズで長方形の薄っぺらいなにか。表面は――ガラス?


「初めて見るよなー。機械みたいだけど、使い方がわからないんだよ」

「そもそもちゃんと動くの?」

「どうだろうなー」キョウちゃんがその滑らかな表面をなでた。



『――ピッ。メッセージ ハ イッケン デス』



「うわぁ! 機械が喋った!」

「落ち着けイツカ――」



『――あ、もしもし。お兄ちゃん? 私だよ。出ないから留守番電話を残しておくね。あのさ、どーしても《コンビニアイス》が食べたくなったの。こんなに暑いし。だからお願い! 絶対買ってきてね。絶対だよ。んじゃよろしくー』



私たちは静かに顔を見合わせた。

「――すごいな、この機械。これは昔の人の声なのか……?」

「そう、みたいだね。でもそれよりも」

「おう。食料がこれだけたくさんあるのに、それでも食べたい《コンビニアイス》って――」




「「どれだけ美味しんだろう!!」」




私は想像した。

暑い? ということは、コンビニアイスは冷たいもの?

どうやって冷たくしているの?

どういう味なんだろう?



「……ねえ、キョウちゃん、もしかしたらコンビニアイスもどこかに」

「……なるほど」キョウちゃんは力強く頷いた。

「じゃあさ、私はここを探すから、キョウちゃんはまた向こうを探してよ」

「よしきたっ!」キョウちゃんがキッチンを出て行く。



それから私は必死になってコンビニアイスを探した。

でもそれらしいものはなかなか見つからない。



「おーい、イツカ。こっちに来てみろよー」

「ん? あったのー?」

「いいから来てー」


なんだろう。見つけたのだろうか。

私は早足で居間へと向かう。


「どしたの?」

「これ見ろよ。これ」分厚い本を開いて私に見せた。

絵が描いてある。

人間が二人、男と女。それに鳥と牛。

背景は星空。


「なんだ、コンビニアイスじゃないの?」

「それよりもすごいことが書いてあるぞ」

「ん? どんなこと?」


キョウちゃんが得意げに言う。

「んとな、この本によれば、七月七日のことを七夕って呼ぶらしい。で、その日に笹を飾って、願いごとを書いた短冊っていうのを吊るすんだってさ」

「なにそれ。それのどこがすごいの?」

「――どうやら書いた願いごとが叶うらしい」

「……まさかあ」私は呆れた。


昔の人はよくもそんなことを考えたものだ。


「そんなことなら向こうに戻るよ」

私は体を半回転させた。


「――なあ、イツカ。今日って何日?」

「ん? そんなこと知るわけないでしょ」

「だよなー……」項垂うなだれるキョウちゃん。


「ってまさか……さっきの七夕とかいうのをやりたいって言うんじゃ」

「……ダメ?」

「だって願いごとなんて叶うわけないでしょ」

「でもさー。でもさ、でもさ? こんな機械を作った人たちが考えたことだぞ? 本当かも知れないぞ?」


どうやらキョウちゃんは本気っぽい。


「だとしてもその短冊もなにもないじゃない

「短冊はこれでいいだろ」キョウちゃんがビリっと本を破いた。

「もう……本が泣いちゃうよ」

「ねえ、いいでしょ、イツカ。やろーよ。ウチは笹を探すからさ、イツカは書くものを探して」

「えー。ほんとに?」

「一生のお願い!」

「……まあ食料も見つかったしいいけどさ」


私は諦めた。キョウちゃんはこうなったら突き進むタイプなのだ。




そしてペンはあっさりと見つかった。

まだちゃんと書けそうだ。


「おーい、笹あったぞー」家の外の方からキョウちゃんの声。

笹があった? こんな町に?

私はペンを持って家を出た。



「……これ笹じゃないよね?」


キョウちゃんが両手に抱えているものは細い棒だった。ただし長い。たぶん四メートルくらいある。色は確かに緑色だ。


「いいの、これで。代用だよ、代用」

「まあいいけどさ……なんだろうこれ」

「わからん」

「服を干すための棒だったりして」

「こんなすごい機械とかあるのにそれはねーだろー」


まあなんでもいいか。

キョウちゃんの気が済めばそれでいいのだ。



「じゃあどこに飾る?」私は辺りを見渡した。

「あの、さっきの丘!」

「えーあそこまでこれを運ぶの? 結構遠いよ?」

「だってさ、」

「だって?」

「空に近い方が、願いごとが叶いそうでしょ!」






丘の上に戻ってきた。

いつの間にかもう夜だ。星はきらきらと輝いている。


私たちは焚火で明かりを確保すると、さっきの長い緑の棒を地面に突き刺した。

風がちょっとあるけど大丈夫そうだ。


「うーんと、イツカはなんて書く? 人類滅亡を止めてください、とか?」


私は左手にカンヅメを握りしめ、それを食べながら答える。

「んーん。そんなこと書くわけないよ。私には関係ないんだしさ」

「じゃあなに書くんだよ」

「もっと個人的なこと」

私はその内容をキョウちゃんに伝える。


「はあ? 願いごとだって言ってるだろ? なんでも叶うんだぞ? ……たぶん」

「私はいいの、これで」

「お前は欲がねえなあ」

「へへっ」

「まあイツカらしくていいけどさ」


キョウちゃんは本を破ったその紙に、ペンで文字をすらすらと書く。

そしてザックから糸を取り出した。


「じゃあ吊るすぞー」

「はいよ、キョウちゃん」



私たちは夜空に浮かぶその短冊を、二人で眺めた。



『今日も楽しかった! イツカ』

『いつかコンビニアイスが食べられますように! キョウ』






『A trivial talk』 is the END.

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右手にコンパス、左手にカンヅメ。紙切れには願いごと。 西秋 進穂 @nishiaki_simho

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