二人の願いごと
*
「やっぱり人はいねーな」
「みたいだね、キョウちゃん」
町は静かで、危険はなさそうだった。
背の高い建物は崩れ落ちているけれど、民家なんかは割と綺麗に残っている。
「よーし。イツカ、探検しよう!」
「はーい」
キョウちゃんは探検が好きだ。
子どもみたいにいろんなものを拾ってくる。
役に立つものもあるけれど、爆弾みたいな危険な物もあるからちょっと怖い。
私たちは民家に入る。
大きなレンガ造りの家。
キョウちゃんは居間のほうを、私は広いキッチンを漁ることにした。
そしてお目当てのものはすぐに見つかる。
「あ、キョウちゃん、カンヅメがたくさんあるよ。……それに保存食も!」
「ほんとイツカは食べ物ばっかりだなー」
言いながらキョウちゃんがこっちに歩いてきた。
「だって食べないと死んじゃうでしょ……ん?」
キョウちゃんがなにかを握っている。なんだろう。
「ねえ、キョウちゃん。それなに?」
「ん? これ?」手を開く。
手のひらサイズで長方形の薄っぺらいなにか。表面は――ガラス?
「初めて見るよなー。機械みたいだけど、使い方がわからないんだよ」
「そもそもちゃんと動くの?」
「どうだろうなー」キョウちゃんがその滑らかな表面をなでた。
『――ピッ。メッセージ ハ イッケン デス』
「うわぁ! 機械が喋った!」
「落ち着けイツカ――」
『――あ、もしもし。お兄ちゃん? 私だよ。出ないから留守番電話を残しておくね。あのさ、どーしても《コンビニアイス》が食べたくなったの。こんなに暑いし。だからお願い! 絶対買ってきてね。絶対だよ。んじゃよろしくー』
私たちは静かに顔を見合わせた。
「――すごいな、この機械。これは昔の人の声なのか……?」
「そう、みたいだね。でもそれよりも」
「おう。食料がこれだけたくさんあるのに、それでも食べたい《コンビニアイス》って――」
「「どれだけ美味しんだろう!!」」
私は想像した。
暑い? ということは、コンビニアイスは冷たいもの?
どうやって冷たくしているの?
どういう味なんだろう?
「……ねえ、キョウちゃん、もしかしたらコンビニアイスもどこかに」
「……なるほど」キョウちゃんは力強く頷いた。
「じゃあさ、私はここを探すから、キョウちゃんはまた向こうを探してよ」
「よしきたっ!」キョウちゃんがキッチンを出て行く。
それから私は必死になってコンビニアイスを探した。
でもそれらしいものはなかなか見つからない。
「おーい、イツカ。こっちに来てみろよー」
「ん? あったのー?」
「いいから来てー」
なんだろう。見つけたのだろうか。
私は早足で居間へと向かう。
「どしたの?」
「これ見ろよ。これ」分厚い本を開いて私に見せた。
絵が描いてある。
人間が二人、男と女。それに鳥と牛。
背景は星空。
「なんだ、コンビニアイスじゃないの?」
「それよりもすごいことが書いてあるぞ」
「ん? どんなこと?」
キョウちゃんが得意げに言う。
「んとな、この本によれば、七月七日のことを七夕って呼ぶらしい。で、その日に笹を飾って、願いごとを書いた短冊っていうのを吊るすんだってさ」
「なにそれ。それのどこがすごいの?」
「――どうやら書いた願いごとが叶うらしい」
「……まさかあ」私は呆れた。
昔の人はよくもそんなことを考えたものだ。
「そんなことなら向こうに戻るよ」
私は体を半回転させた。
「――なあ、イツカ。今日って何日?」
「ん? そんなこと知るわけないでしょ」
「だよなー……」
「ってまさか……さっきの七夕とかいうのをやりたいって言うんじゃ」
「……ダメ?」
「だって願いごとなんて叶うわけないでしょ」
「でもさー。でもさ、でもさ? こんな機械を作った人たちが考えたことだぞ? 本当かも知れないぞ?」
どうやらキョウちゃんは本気っぽい。
「だとしてもその短冊もなにもないじゃない
」
「短冊はこれでいいだろ」キョウちゃんがビリっと本を破いた。
「もう……本が泣いちゃうよ」
「ねえ、いいでしょ、イツカ。やろーよ。ウチは笹を探すからさ、イツカは書くものを探して」
「えー。ほんとに?」
「一生のお願い!」
「……まあ食料も見つかったしいいけどさ」
私は諦めた。キョウちゃんはこうなったら突き進むタイプなのだ。
そしてペンはあっさりと見つかった。
まだちゃんと書けそうだ。
「おーい、笹あったぞー」家の外の方からキョウちゃんの声。
笹があった? こんな町に?
私はペンを持って家を出た。
「……これ笹じゃないよね?」
キョウちゃんが両手に抱えているものは細い棒だった。ただし長い。たぶん四メートルくらいある。色は確かに緑色だ。
「いいの、これで。代用だよ、代用」
「まあいいけどさ……なんだろうこれ」
「わからん」
「服を干すための棒だったりして」
「こんなすごい機械とかあるのにそれはねーだろー」
まあなんでもいいか。
キョウちゃんの気が済めばそれでいいのだ。
「じゃあどこに飾る?」私は辺りを見渡した。
「あの、さっきの丘!」
「えーあそこまでこれを運ぶの? 結構遠いよ?」
「だってさ、」
「だって?」
「空に近い方が、願いごとが叶いそうでしょ!」
*
丘の上に戻ってきた。
いつの間にかもう夜だ。星はきらきらと輝いている。
私たちは焚火で明かりを確保すると、さっきの長い緑の棒を地面に突き刺した。
風がちょっとあるけど大丈夫そうだ。
「うーんと、イツカはなんて書く? 人類滅亡を止めてください、とか?」
私は左手にカンヅメを握りしめ、それを食べながら答える。
「んーん。そんなこと書くわけないよ。私には関係ないんだしさ」
「じゃあなに書くんだよ」
「もっと個人的なこと」
私はその内容をキョウちゃんに伝える。
「はあ? 願いごとだって言ってるだろ? なんでも叶うんだぞ? ……たぶん」
「私はいいの、これで」
「お前は欲がねえなあ」
「へへっ」
「まあイツカらしくていいけどさ」
キョウちゃんは本を破ったその紙に、ペンで文字をすらすらと書く。
そしてザックから糸を取り出した。
「じゃあ吊るすぞー」
「はいよ、キョウちゃん」
私たちは夜空に浮かぶその短冊を、二人で眺めた。
『今日も楽しかった! イツカ』
『いつかコンビニアイスが食べられますように! キョウ』
『A trivial talk』 is the END.
右手にコンパス、左手にカンヅメ。紙切れには願いごと。 西秋 進穂 @nishiaki_simho
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