右手にコンパス、左手にカンヅメ。紙切れには願いごと。
西秋 進穂
二人の日常
どうやら人類はあと少しの命らしい。
私がそれに気づいたのはつい最近のことだった。
夕暮れ。静かな森のなか。
暑くも寒くもない。
私たち二人は慌てて木の枝を集めていた。火を起こすためだ。
「ねえ、キョウちゃん、どんどん減っていくね」私は木片を拾いながら言った。
キョウちゃんが答える。「んー? なんの話?」
「人間だよ、人間。私たちのこと。人に会ったのっていつが最後だっけ?」
「ウチは毎日イツカに会っているな」
「私じゃなくてさ。知らない人にだよ」
「知らない人? ……えーと、たぶん百日くらい前じゃない? 数えてないけど」
「このままだと滅亡かな」
「滅亡かもなー」
どうして人間が減ったのかはよく知らない。
ちょっと前まではわんさかいたらしい。
でも私とキョウちゃんが生まれた時には既に少なくなっていて、それから今までの十五、六年間でさらに数を減らしていた。
だけれどまあそれに対する興味はない。
知ったところで美味しいご飯が食べられるわけじゃないし。
それに人類がどうなったって、私は私が死んだら終わりなのだ。
そういうわけで私・イツカと、相棒・キョウちゃんは女二人、自由気ままに旅をしている。
「これくらいでいいかな」私は両手に抱えた木の枝を見せた。
「おう、もうへとへとだしなー」
焚火をするために少し開けたところを探す。
なぜか背の高いキョウちゃんが前。背の低い私が後ろ。
狭い道を縦に、お揃いの恰好で歩く。
大きいザックに不格好な緑のヘルメット。ぶかぶかの黒いウインドブレーカーと、足元は革の長靴みたいなブーツ。
加えてキョウちゃんは右手にコンパスを持って歩く。
どれも放棄されていた基地で拝借した戦利品だ。
私はふとキョウちゃんの腰まで伸びている髪が気になった。ボサボサでだらしない。
私も人のことは言えないが短くはしている。
近いうちに切ってあげよう。
「おい、イツカ。ここでいいだろ」
木々に囲まれたなかにぽっかりと空いた、おあつらえ向きな場所を見つけた。傾斜も少ない。
幸い今日は晴れている。よって屋根がある必要はない。
「うん、いいね。助かったよ」
二人で拾ってきた小枝やらなんやらを組む。
適当に火を点けてしまうと上手く広がらない。
「これでいいかな? 火を点けるよ」
「はいよー。バーンとやっちゃって」
私はザックから燃料とライターを取り出して点火する。
これも以前に拾ったものだ。
燃料から小枝、そして大きい木片へと徐々に燃え移っていく。
ぱちぱちと爆ぜる音。
赤と橙の火花。
熱気。
燃える、臭い。
白い煙が黒い夜空に吸い込まれていく。
高い木々が私たちを見下ろしているかのような錯覚。
天は狭く、そして遠い。
「キョウちゃん、お腹空いてる? まだカンヅメあるけど」
「んー。いんや、いいかな。節約しておこう。食べたい?」
「ううん。私もいい。明日の昼には町に着く予定だけど、食糧があるかわからないし」
「そだな。……でもほんとに合ってるのかなーこの古地図」キョウちゃんは四つ折りのボロ紙を広げた。
「これも拾い物だからね」
「まあ信じるしかねーわな。……明日も早い。もう寝よう」
「はーい」
私たちは今日も今日とて一緒に眠る。
そしてお決まりの挨拶を忘れない。
「おやすみ――明日もよろしくね、キョウちゃん」
「おう、明日がちゃんと来るといいな、イツカ」
こうして私たちはなんにも邪魔されず、ぐっすりと眠った。
*
翌日。
お日様が一番高く昇ったころ。
私たちは町を一望できる小高い丘の上にいた。
そう、町はちゃんとあった。
しかも結構大きい。
キョウちゃんは両手を双眼鏡のようにする。「人の気配はなさそうだなー」
「うーん、遠くてよくわかんないよ」と私。
「とりあえず……行ってみるか」
「うん!」
私たちは丘を降り、町へと向かった。
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