第44話 清算
翌日、灯はネクサスに電話をした。
自分が派遣という立場上、働けないならもうやめるしかない。
派遣会社に電話をして一部始終話した後、彼女は増沢に連絡をした。
うつ病になってしまった。
もう、医者も安静にしてくださいと言っている。
私自身も動くことが出来ない。
灯は、増沢に泣きながら電話をした。
「どうしても・・・辞めなくちゃならないの?」
「はい・・・。お世話になりました・・・。」
増沢は残念がっていた。
せめて、挨拶に来れないのかと言ったが、体が動かなくてとても渋谷には行けないと話、納得してもらった。
次は、借金問題と生活面についてだった。
灯の両親、郁夫と陽子は灯を家に迎え入れたかったが、これからの医療費と生活面のことを考えると、とても灯一人を食べさせていくお金はなかった。
そこで、彼女は自分で『生活保護』という選択肢を選んだ。
医療費はただになるし、なんとか生活もして行ける。
今の灯には、それしか方法が無かった。
早速灯は、郁夫の車に揺られ、地元の区役所の福祉課に行き、生活保護の申請をした。
そこで、今までの自分のことをすべて打ち明け、生活保護を受けられるか話した。
担当の方は、決まるのに2週間程度かかると話、「元気を出してくださいね。」と言って灯を帰した。
彼女は、満身創痍であった。
帰り道、郁夫の車に揺られながら、灯は言った。
「お父さん。ごめんね。こんな病気になっちゃって。」
灯はまた泣いていた。
最近自分は涙を流すことが多い。
ちょっとのことで泣いてしまう。
これも病気のせいなのか・・・。
そんな灯の様子を見ながら、郁夫は一言言った。
「今まで・・・苦労したな・・・。」
灯はハッとした。
父が私の事を認めてくれた。
今まで、私の事を怒ってばかりだったのに・・・。
私は、なんて親不孝者なんだろう・・・。
「お父さん・・・。ごめんね・・・ごめんね・・・。私なんて消えちゃえばいいんだ。いなくなればいいんだ。」
灯の言葉に郁夫は悲しくなった。
自分の娘が、こんな病気になってしまい、今いなくなりたいという。
郁夫は涙が出てきた。
「灯。間違ってもそんなことを言わないでくれ。お前はお父さんの大事な娘なんだから。だから、自分の命を大事にしてくれ。それがお父さんの願いだ。」
「願い?」
「そうだよ。皆お前のことを心配している。だから、お前は一人じゃない。それだけは心にとどめておいてくれ。お父さん。これから灯の為に出来ることはするから。」
「ありがとう・・・ありがとう・・・お父さん。」
灯と父の郁夫はただ、泣き続けた。
郁夫が運転をしていた黒のミニバンは灯のマンションで止まり、灯を下ろした後、郁夫は帰って行った。
灯は、弱っている自分の身体を引きずりながら、マンションに帰って行った。
次は借金問題だ。
灯は現在占いダイヤルで使った借金が250万円あった。
それを考えると、床から出ることが出来なくなり、頭痛がした。
解決付けなければならない問題は山のようにある。
灯は、生活保護になれたら、少しづつ返していく道を選んだが・・・彼女につけが巡ってきた。
灯に下された決断はそんな生易しいものでは無かった。
彼女は、国が定めている、ある弁護士事務所に行った。
弁護士は言った。
「働けない。動けない。稼げない。そうなったら、自己破産しかないですね。」
「自己破産!?それだけは嫌です!!」
灯はきっぱりと言った。
「じゃあ、どうやって返済していくんです?」
「だから、生活保護になったら、そこから債務整理をしていくのはどうでしょうか?」
「国のお金でですか?内田さん。正気で言ってます?生活保護は国の税金ですよ?これで借金を返したらいけないことになっています。あなたもこれから病気を抱えて生きていかなければならないんですから、借金をきれいさっぱりにして、新たな人生を考えていくことを選択したほうがいいですよ。」
弁護士は冷たかったが、理にかなっていた。
灯は、絶望的になった。
そんな・・・今までお世話になった占い師に恩をあだで返すことをしなければならないのか・・・。
灯の考えはおかしかった。
どう考えても今の灯の状態では、自己破産しか選択肢はないのだ。
だが、脳の病気に犯されていた灯の精神は、常にネガティブだった。
まさか・・・40近い私が、こんな立場になるとは思わなかった。
灯はマンションに帰ってから大泣きした。
泣いて泣いて、考えた。
何故、占いダイヤルに1ヶ月10万も使ってしまったのだろう。
しかし、大泣きしても何も解決はつかなかった。
灯には弁護士が付き、自己破産に向けて取り組みが始まった。
まず、どれだけの借り入れがあるか、自己破産に必要な書類を集めること。
弁護士は丁寧に、病気の灯に教えてくれた。
生活保護の方も、着々と進んでいき、郁夫は灯を保護できない書類にサインをした。
そのおかげで、灯は自分の誕生日の8月10日に生活保護の申請が下りることになった。
それまでに、揃えなければならない書類はいっぱいあった。
通帳に、自分の2年間の通帳記載の書類。
それは、全部の銀行を回らなければならない。
それと、生活保護受給者証明書
etc.
灯と、郁夫の戦いが始まった。
郁夫が体の動かない灯を目的の場所まで送り、灯は目的を済ませると、辛くても一人で帰るという日々が続いた。
灯は、紹介してもらった心療内科に通い始め、抗うつ剤を飲んだが、副作用が灯を苦しめた。
吐き気がするのだ。
吐いてしまったこともあった。
医者に言うと、「吐きながらでもいいから飲んでください。」と言う。
「そんなこと出来るか!」と灯は医者と喧嘩をする始末。
SSRIの薬は灯を苦しめた。
医者も、何とか灯に合う薬をと調合するのだが、吐いてしまう始末。
もう灯は、心身ともに疲れ切っていた。
ある日、灯がぐったりして寝ていると
チャイムを鳴らすものがいた。
ぐったりしながら、部屋の鍵を開ける灯。
そこには、このマンションの大家さんが立っていた。
「灯ちゃん。大丈夫?」
大家は近くに住んでいたので、時々灯の様子を見に来てくれた。
「はい。」
「とにかく、寝て居た方がいいわ。肩貸すわよ。」
歳をとった大家は、灯に肩を貸してくれた。
寝床について、灯はため息をついた。
「実は今日は灯ちゃんに、いい知らせと悪い知らせがあるのよ。」
「いい知らせと悪い知らせ?」
大家の言うことはこうだった。
ちょっと遠いが夜しかやっていない内科があるとのこと。
そこで、カウンセリングらしきものもやっているから、1回行ってみたらどうかということだった。
灯は、渡りに船と思った。もしかしたらいい病院を紹介してくれるかもしれない。
「ありがとうございます。早速行ってみます。それで・・・悪い話というのは・・・。」
大家は、顔が曇った。それから話し始めた。
「実は、息子がお嫁さんを連れてドイツから日本に帰ってくることになったの。それでこのマンションを取り壊して、1年後に2世帯住宅を建てたいと言い始めたの。それで・・・。」
「出て行って欲しいということですね。」
大家は灯の言葉に少し後ろめたかった。
「もともと、ここは息子の所有物でね。だから私が何を言っても聞き入れてくれなくて・・・。ごめんなさいね。」
「分かりました。なんとかします。」
灯は、そうは言ったもののどうしたらいいのかわからなかった。
大家が帰った後も、灯は一人考えていた。
翌日の夜、灯は重い足を引きずって、その内科まで行ってみた。
医者にも辛くても散歩をして歩くことが重要だと言われていたからだ。
とにかくこの一大事を、なんとかしなければならなかった。
家には頼れない。
生活保護は53700まで家賃は出してくれるが、不動産屋に行くことが出来ない。
とにかく、今夜内科に行っていい病院を紹介してもらって、合う薬を飲んで、頑張って生きなきゃ。
灯は、この病気に頑張るという言葉が禁句だということを知らなかった。
内科についた。
『千代田内科』というその内科は、こじんまりとしたしかし、綺麗な内装だった。
何故17:00からなのか良く分からなかったが、待合室は人でごった返していた。
仕事帰りのサラリーマン。
此処の常連の老婦人。
生活に疲れ切った主婦など、多くの人がこの小さな待合室にいた。
灯は、ぐったりして、椅子の背もたれにもたれながら、順番が来るのを待った。
その間にも、人が出てっては入ってくる。
何とか我慢し2時間の時間が経過した。
灯の番になった。
灯は、苦しい体を引きずり待合室に入った。
中は広く、内科という感じであった。
喉を塗る塗り薬が合ったり、色々な器具が並べられてあった。
ここで、カウンセリングをするのか・・・。
灯はハアハア言いながら背もたれのない丸椅子に座っていたが、倒れてしまった。
「内田さん!?」
千代田医師は灯を抱き起した。
「先生。助けてください・・・。私うつ病で体が動かなくて苦しくて・・・薬も合わなくて・・・それで・・・。」
「わかったから。内田さん。とりあえずこの椅子に座ってください。」
千代田医師はどこから持って来たのか、背もたれのある椅子に灯を座らせた。
優しい先生だな。
灯は思った。
千代田医師は灯の症状を見て、何かを書き始めた。
10分くらいたっただろうか。
彼が、灯にある物を手渡した。
灯はぼーっとする頭でそれを見た。
何処かの病院の紹介状だった。
千代田医師が言った。
「今まで頑張りましたね。内田さん。この病院に行ってこの紹介状を渡してください。きっとあなたを助けてくれますよ。」
『東京板橋病院』そこにはそのように書かれてあった。
やがて、灯はこの病院で運命的な出会いをする医師と出会うことになる。
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