第39話 母の教え
それから数か月たち、季節は10月に入っていた。
灯も37歳になっていた。
あれから、正は1か月に一回灯のマンションに来るようになり、健一は2週間に1回、明け方に来るようになった。
しかし、両方ともお互いの男のことについては、聞かない様になっていた。
最近、灯は思う。
両方とも、情熱的に灯を抱いてはくれるが、2人とも違う抱き方だった。
正は、あくまでも優しく情熱的に・・・。
健一は、俺様主義だが、灯の喜ぶツボを心得た抱き方だった。
しかし、灯が最近思っているのは一言。
なんだか・・・疲れた・・・。
両方が一生懸命になればなるほど。ふと・・・冷めている自分がいた。
灯はこの生活に、疲れを感じ始めていた。
日曜日、灯はいつものように洗濯機を回し、掃除をしていた。
そこに
『ピンポーン』
と、チャイムが鳴った。
誰だろう?宅急便は頼んでないし・・・。こんな昼間に2人とも来ないし・・・。
灯が言った。
「どちら様ですか?」
「お母さん。」
来訪者は、灯の母だった。
「えっ!?」
灯は、慌てて部屋のドアを開けた。
ドア口にいたのは灯の母、陽子であった。
啓介の一件以来、長い間灯は家に帰っていなかった。
「久しぶりね、元気だった?」
陽子は、晴雨兼用の傘を折りたたむと、灯の部屋に入ってきた。
「綺麗にしているのね。結構。結構。」
満足そうに、陽子がこたつテーブルに着くと、灯が麦茶を持ってやってきた。
「唐突に来るんだもの。何も用意してないわよ。」
「ああ、お構いなく。今日は話があってきたから。」
「何の話?」
灯が、胡散臭そうに母を見た。
「あなた、みずほちゃんの電話出ないそうじゃない?みずほちゃんが部屋に行っても良かったんだけど、私灯に嫌われているかもしれないって、連絡があったわよ。だから見に行ってほしいって。お母さん頼まれたの。」
みずほが?
あの時、私が相談を持ち掛けたのに、「勝手にすれば・・・」て言ったくせして。
灯の気持ちに変化が生じた。
あの時私を突き放しといて、今更何?
「灯?」
陽子が彼女を見た。
灯は、能面のような顔になり、彼女に冷たく当たった。
「話ってそれだけ?」
「ずいぶん、冷たい態度ね。灯。これじゃ、みずほちゃんも心配するはずだわ。」
陽子が麦茶を飲みながら、言った。
灯は何も言うことが出来なかった。
みずほと灯は幼馴染だが、みずほの方が1歳上だ。
幼稚園、小学校、中学、高校と同じ学校で過ごし、みずほは専門学校に、灯は短大にと別れたのだ。
しかし、家ぐるみで付き合っていたので、みずほは何かと灯の面倒を見ていた。
灯の兄弟は、姉と弟といたが、両方とも結婚して子供もいたので、年の近いみずほに面倒を掛けさせていたのも事実だった。
また、灯が啓介の一件から、家に帰ってこなくなってしまったので、陽子も夫の郁夫も心配をしていた。
そこで、この電話だ。
みずほは、滅多なことでは陽子に電話をしてこない。
灯の身に何かあったのではないかと、陽子は重い腰をあげて、今回彼女のマンションを訪れたというわけだ。
「みずほがいけないのよ!私が相談したのに突き放すような態度するんだもの。」
「何の相談?」
「それは・・・。」
とても言えない。二人の彼女持ちの男と付き合っているなんて。
「とにかく、みずほがいけないのよ!みずほに会ったら伝えといて、勝手にしたわよ。余計なお世話だって。」
「あらそう。じゃあ、お母さんがこうやってくるのも、余計なお世話なのね。」
「それは・・・みずほの事とは関係ないじゃない?」
灯が、困った様に言う。
そして、彼女は泣き出してしまった。
「灯・・・。」
「ごめんなさい・・・。最近情緒不安定で・・・。泣くつもり無かったのに・・・。」
灯は、火が付いた様に泣き出してしまった。
「あらあら、37歳の娘が、こんなに泣いちゃって。よっぽど辛いことあったのね。男でしょう?」
灯が、陽子の目を見た。
「何でわかるの?」
「あんたが泣く時は、大体男でうまくいってないときだわよ。」
陽子が笑顔を見せた。
「おかあ・・・さん。」
灯は陽子に抱き着いた。
そして、気のすむまで泣き続けた。
陽子も、灯を抱き締め、髪の毛を撫でた。
何年ぶりだろう、こうやって灯を抱き締めるのは。
小さい頃から、灯は本当によく泣く子だった。
いじめられては泣いて、兄弟げんかしては泣いて、
今度は、男の事か・・・。
この子も成長したものだわ。
陽子は灯を抱き締めながら、ふと思った。
でも、そろそろ、結婚もしてもらいたいんだけど・・・。
まあ、みずほちゃんと灯はなかなか難しいかもね。
みずほちゃんは仕事に燃えているし、灯はこんなだし・・・。
と、思う陽子でもあった。
灯は、大分落ち着いた様だった。
陽子は灯の頭をさすりながら、「落ち着いた?」と一言言った。
灯は「うん。」と頷き、それから、陽子から体を離した。
「何があったの?」
陽子が聞く。
灯は、ぽつぽつと、今の現状を話し始めた。
啓介と別れた後、日比谷のパチンコ屋で一緒に働いていた従業員に恋に落ちたこと。
なんとか、恋人になろうと思ったが彼にはすでに恋人がいて、自分は二番手の恋人だという事。
それから、2人の仲が発覚し、恋愛禁止のパチンコ屋を辞めさせられたこと。
なんとか、仕事を探して今は、渋谷の電話営業の仕事をしていること。
そこで知り合った、社員さんに熱烈に好かれていること。
でも、彼にも心を患った恋人がいて、その人には前の旦那との間の子供もいて、別れられないと。
私が、我慢するしかないということを話して聞かせた。
陽子は、暫く黙って聞いていたが、目を開くとおもむろに言った。
「灯。あなたがこれからすることは、両方共と別れることだとお母さん思うわ。」
彼女の言葉に、灯はびっくりした。
「何故!?」
「灯。それは本当の愛なのかしら。あなたは両方とも愛していると言うかもしれないけど、お母さんには柵としか思えないの。色欲の柵ね。」
「柵・・・。」
灯が呟く。
「しがらみとは、引き留め、まとわりつくもののことを言うの。あなたは、両方の男性に愛されていると思っているみたいだけど、本当に愛されているのかしら?男性にとって都合のいい女になっているだけじゃないかしら?男性の方はうまいこと言うわよ。だって、その方が都合がいいから。・・・灯、本当の愛に生きなさい。それはね、両方とも彼女に返して、新しい男性が来るのを待つの。」
「待つ?」
「勿論ただ待っているだけではないわよ。女性磨きをして内面を磨くの。そして、相手の欲求にこたえるだけではなく、自分も大事にするの。今まで灯はそれが出来てなかった。だから、心も身体もズタズタになった。大事にしなさい自分を。それには、むやみやたらに男の人と寝ちゃ駄目よ。男に媚びちゃ駄目。分かるわね。灯。」
灯は、母の言っていることが分かってはいた。
しかし・・・簡単に出来ることではない。
私は、健一も正も好きだ。
だけど・・・。このままでは、3人とも幸せになれない。
灯は、思った。
どうすればいい?
こんなに好きなのに・・・。
これが愛ではないなんて・・・。
「苦しいよ・・・。」
灯が言った言葉はこの一言だった。
「灯。苦しいよね。でもね、これが出来た時灯は成長できると思うの。お母さん待ってるから。自分の整理が出来た時実行しなさい。必ずいい方向に行くから・・・。」
「お母さん・・・。」
灯は泣いた。
母の、自分を認めてくれた気持ちが嬉しかった。
これから、私は3人が幸せになる方向へシフトチェンジしていこう。
その為には、少し時間が必要だ。
心の中で、灯は思った。
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