第34話 2人だけの飲み会

結城 正がネクサスの電話営業部にきて、2か月たった。

灯は、相変わらず成績優秀者の中に入っていた。

しかし、2か月もすると、その人がどれだけ仕事ができるか分かってくるものだ。

正は、2か月たっても1件も契約を取れていなかった。

しかも、社員の仕事は真面目に出来ない。

言われたことは、忘れてしまう。

そんな状態であった。


ある日、上司の増沢は灯を会議室に呼んだ。

灯に、正を教育して欲しいと言ってきたのだ。

灯は思った。

私がこの人を・・・?

この、出来ない男をどうやって指導するか?

「増沢主任。どうやって、結城さんを指導すればいいですか?私派遣なんですけど?」

増沢はその辺りのことは、派遣会社と相談すると言い、灯に特別報酬手当を出すと言ってきた。

なので、指導して欲しいと言ってきたのだ。

仕事なら、やるしかない。

灯は、やる気になった。


その日から、灯の指導が始まった。

しかし、正は言うことを聞かなかった。

「なぜ、派遣に教えられなきゃならないんだ。」と言ったのだ。

勿論、その後増沢主任のお小言が飛んできたが・・・。

仕方なく、正は、灯の言うことを聞くことになった。

当時、灯は増沢主任のことが大好きだった。

なので、主任の役に立つのならと、この仕事を受けたのだ。


正のことを、灯は1から教えていった。

それは、灯が増沢から教えてもらったやり方と同じやりかたで伝授した。

正は、一生懸命ノートに書いて行き、それを覚えていった。


そして、本番

正は、やはり取れなかった。

灯は、うな垂れた。

どうすれば、この人は仕事ができる様になるんだろう・・・?

灯は考えた。

煙草組の人たちはこう言った。

「灯ちゃんは、やるだけのことをやったんだから、もうそんなに自分を責めなくていいんじゃない?」

と、言ってくれたが、彼女は何としてでも、彼に契約の楽しさを教えたかった。

然しそれが、正を追い詰めることになるとは、

灯は知りもしなかった。


正がネクサスに入って4か月が過ぎた。

彼は一向に取れなかった。

主任ももうだめかと、言う位であった。

正は、毎日主任に怒られていた。

然し、何故かバイトや派遣からは好かれる存在になっていた。

彼の、人当たりがいい所や、優しい所、面白い人間性がバイトや派遣に受けていたのだ。

しかし、正は考えていた。

そろそろ、辞める時期かなあと。

彼は、仕事のできない自分自身が嫌いであった。

そこで、灯にこの頃、色々相談することが多くなった。

ある日、灯が休憩を取っていると・・・

正がやってきた。

「どうしたんですか?」

灯が言う。

窓が見える休憩室は、灯の一番の居心地がいい空間であった。

正は、灯の座っているテーブルに座ると、泣き言を言い始めた。

「なんで、俺取れないんでしょうね・・・。」

正は、初めて本音を言い始めた。

灯が答える。

「うん。なんでなんだろう・・・。」

灯が、昼食を食べながら答える。

「俺、他の仕事は覚えたのに・・・これだけはどうしても出来ない。営業向いてないのかなあ。」

「・・・・」

灯が黙る。

そして言った。

「でも、私だって最初そうだった。取れなくて取れなくて、辞めさせられると思った時、取ることが出来た。人間必死になれば、出来るようにはなるわよ。」

灯がニッコリ答えた。

すると、正がこういい始めた。

「内田さん。今日飲みに行きませんか?いろいろ、マンツーマンで教わりたいです。」

えっ!?

私と!?

「い・・・いいけど・・・覚悟してなさいよ。私は厳しいわよ。」

灯が答える。

「大丈夫です。内田さんの教え方旨いから、しっかり覚えます。」

そう言って、正は敬礼した。


それから2人は仕事終わりに、とある居酒屋に入った。

こんな雰囲気久しぶりだった。

煙草組の一人、松浦恵美とはよく言ってたりもしたが、男性とは初めてだった。

彼女がまず、商品の利点を話し始めた。何処がいいのか、使ったらどんなにお客様が便利になるかなど・・・。

それを、正はノートに書きこんで行く。

それから2人は、お互いの携帯で、電話のデモンストレーションを行った。

自分が話、正が嫌な客のまねごとをした。

しかし、彼女は最後に、『便利にお使いください』まで言うことが出来た。

正は、はいと言ってしまった。

そうなったら、こちらのペースである。

「やっぱり、内田さん旨いですね。あっという間にその気にさせられた。」

正が言う。

「じゃあ。次は結城さんの番ですね。」

正は、何とか灯に、はいと言わせたかった。

そこで灯は気が付いたのだ。

正が、落ち着きがないことを・・・!

今まで誰も気が付かなかったのか。

こんなブレブレでは、誰もこの人を信用していいという気持ちにならない。

灯が言った。

「結城さん。ストップ!」

灯の言葉に正が止める。

「結城さん。この商品に自信が無いでしょう?だから取れないんだよ。」

灯の言葉に、結城の目が変わった。

「確かに・・・これだけ取れてないと、この商品本当に売れるのかなあという、気持ちになってきます。」

「だからだよ、お客さんにどんなことを言われても、この商品に自信を持たないと。自分をかなぐり捨てて、商品と向き合うんだよ。それでそのお客様がその商品を使ってくれた時の喜びを実感するんだよ。」

「なるほど・・・出来てなかったな・・・。」

正が話す。

「大丈夫だよ。明日には取れるよ。もう、自分の欠点が分かったんだから。」

灯が、ニッコリと笑い話した。

「よし、頑張るぞ!内田さん。明日も打ち合わせいいですか?」

「えっ!?私お金なくなっちゃうよ。」

灯が冗談交じりにいう。

「でも、もう少しで、取れそうな気がしてきました。そうか、商品を信じるか・・・。」

灯は、とても嬉しかった。

そうか、こんな私でも、人の役に立てるんだ。

彼女は、シオンにいたころの自分を思い出した。

仕事が楽しくて、毎日が楽しくて・・・

灯の目から涙が出てきた。

「内田さん?」

正が、ドキッとする。

「どうしたんですか?俺泣かせること言っちまったかなー。」

「いえ・・・大丈夫。昔のことを思い出しただけだから。」

「何か、あったんですか?」

「いえ・・・何でもないわ。あ、もうすぐで終電よ。帰らなきゃ。」

灯は席を立つと、会計を割り勘にして、外へと出た。

正は気になってしょうがなかった。

何故、彼女は急に泣き出したんだろう・・・。

そこで、足早に歩く彼女に聞いてみる。

「内田さん。俺送って行きますよ。」

「あなた、帰れなくなっちゃうじゃない?駄目よ明日も仕事なんだから。」

灯は、人が変わった様に拒み続けた。

「いえ、内田さん教えてくれたじゃないですか。俺の弱点を。今度は俺が聞く番です。」

「でも・・・。」

「俺、何もしません。だから、あなたの悩みを教えてください。」

「結城さん・・・。」

灯は、結城の言葉を信じることにした。

8月の外気は、とても暑かった。








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