第29話 新生活

あれから灯は見事に派遣社員として、契約することが出来た。

灯の派遣先は、『ネクサス』という会社であった。

週5日で7時間勤務に残業。時給1100円の渋谷にある会社であった。

灯は、必死に電話をかけまくった。

研修が始まり、灯は自分の問題点をノートに書きこむ。

1件でも取らなければ、2か月後には契約打ち切りになる厳しい会社であった。

その代わり、人間関係はいい会社であった。

煙草仲間が集まり、喫煙室は仕事の話でもちきりになった。

灯もなかなか契約にこぎつけず、煙草を吸いコーヒーを飲んだ。

しかし、灯の成績は振るわなかった。


ある日、灯は上司に呼ばれた。

会議室に行くと、いつもの煙草メンバーがそろっていた。

上司が言う。

「君たちは、この会社に入ってからまだ、一回もお客様と契約を交わしてない者たちだ。そこで、これから新商品を売ってもらうプロジェクトに君たちも入ってもらうことになった。これで取れなかったら、君達には申し訳ないが契約を解除させてもらう。まずは、これからみっちり研修をすることから始める。」

灯と煙草仲間は,崖っぷちにいた。とにかく1件でもいいから取らなくてはならない。これで取れなければ、私はお払い箱だ。

灯は、必死になった。もはや健一なんて言ってる場合ではない。

彼女は習ったことを家にも持ち帰り、必死になって覚えた。

こうしていると、健一のことも忘れることが出来た。


そして、翌日。

灯は見事に、契約第1号に輝くことが出来た。

新商品は、テレビを買うと録音機器が付いてくるお得なセットものだった。

灯が契約書をもって、上司の元に行く。

「やりましたね、内田さん。」

「はい。」

何年ぶりだろう。この高揚感。

仕事が楽しいと思ったのは、有楽町シオン以来だった。

それから、煙草組の人たちも次々と契約を取り始めた。

こののち灯と煙草組の7人は、社長から表彰されることになる事を、灯はまだ知らなかった。


そして、半年の月日が経った・・・。


12月、灯は仕事にもなれ、タイムカードを押すと、ヘッドセットマイクを付けた。

そして、いつものように仕事を始める。

「●●さんのお宅でしょうか。わたくし株式会社ネクサスという会社の内田と申します・・・。」

今や灯は仕事にも慣れ、契約もとれるようになった。

1か月契約成立ランキング表には、内田 灯の名前が、上の方に燦然と輝いていた。

その他、煙草組の人たちの名前も上位にいた。

煙草組のリーダー茅野の名前は、1位に入っていた。

灯との差は。0.5件であった。

今日も、灯たちの戦いが始まる・・・。


夜は、ダーツバーの安田に会いに行っていた。

健一と会えない辛さを紛らわすために、また、連日の10時間労働のストレスを緩和させるために会いにも行っていた。

安田は、灯の大好きなソルティドッグを作ると、灯に質問してきた。

「どう、調子は?」

「ええ。おかげさまで。毎日が楽しいです。でも・・・。」

灯は少し下を向いた。

「健一のことか・・・。」

「うん。」

安田は、首を振った。

「あいつも頑固だからな。やっぱり、電話しないんだな。」

「そうですね・・・。」

灯が、つぶやく。

「あいつも仕事が不定期でね。この間も来ていたけど、涼子とも逢ってないみたいだった。涼子も最近来ないし・・・。」

「そうですか・・・。」

「灯ちゃんが此処に来ていることは、健一には話しているんだけど・・・。意識的なのかやっぱり深夜に来るし、灯ちゃん、そろそろあきらめた方が良いんじゃない?」

「・・・・・」

灯は黙っていた。

やっぱり、1年半前に私達の関係は終わってしまったのか・・・。

灯は、少し悲しくなったが、前ほどではなくなった。

今、仕事も上手くいってるし、友達もいるし、ライバルもいる。恋人はいないけど毎日が充実している・・・。

それに、たまにはエデンの安田さんにも会えるし。

よく見ると、この人イケメンなのよね。

灯はそう思い、安田に言った。

「安田さん。健一に、今までありがとうと伝えてください。そして、お元気でと・・・。」

「あいよ。灯ちゃん。伝えておくよ。」


エデンを出ると、外は小雪が舞い散っていた。

灯は思った。

悲しいけど、健一を諦めよう。

外は、クリスマスのイルミネーションが輝いていた。

健一と過ごしたかったクリスマス。

灯は、赤のマフラーをまくと、渋谷の街を家路へと急いだ。


それから、数日後。

灯が、仕事から帰って携帯を見ると、見慣れない番号があった。

誰だろう・・・。

灯は、とりあえず、電話をしてみる。

「プルルルル。プルルルル。」

「ガチャ!」

「あの・・・。内田ですけど・・・?」

「灯?」

聞き覚えのある声であった。

もしかして・・・!

「健一!?」

電話の主は、生田 健一であった。







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