第19話 夜叉
健一が灯を愛人にしてから、それから3ヶ月経った。
勿論、灯は彼のことを恋人と思っていたが・・・。
その証拠に、彼は1週間に1回灯の家に夜中に来た。
そして彼女を抱いて、朝早くに帰って行った。
灯はそれだけで、自分が愛されていると思っていた。
そんなことが続いたある日の事。
「内田さん。たまにはホールやってみない?」
社員の的場が灯に言った。
灯の顔は、ぱっと華やいだ。
今日は地下は健一と一緒だ。
灯は、ずっと地下でカウンターだった。
それを見かねた社員の的場が、大友主任に話、今日だけ灯をホールにしてくれた。
元々、ホール志望で入った灯は、とても喜んだ。
しかも、今日は健一と一緒に仕事だ。
灯は、神様に感謝した。
こんな日が来るなんて・・・。
灯と健一は一生懸命働いた。
古株の2人なので息もぴったりだ。
灯は、汗を流しよく動いた。客の要望にも応えた。
それを楽しそうに見ている健一。
そんな事を繰り返していたその時。
「健一!」
誰かが、健一を呼ぶ声がする。女の声だ。
灯が見上げると、とても綺麗な女性が、健一のことを階段から見ている。
誰、この人は?
灯が不思議に思っていると。
「涼子!?」
健一が答えた。
涼子・・・もしかして、健一の恋人・・・?
健一はちょっと、困った顔をした。
その女性は、髪は長くアップにしており、まるで菩薩様のような顔をしていた。
なんて、優しそうな人・・・。
灯は思った。
涼子は階段を降りると健一の隣に立った。
「来ちゃった。」
「来るときは事前に連絡しろって言っただろ?」
「ごめんなさい。でも、あなたがどんな仕事をしているか見たかったの。」
2人はそれから、とめどなくお喋りを始めた。
灯は、愕然としていた。
まさか、私と健一の領域に彼女が来るなんて・・・。
しかも、とっておきの美人。
常連客が、健一に向かって話す。
「生田君?その子誰?美人だね~彼女?」
健一はにこやかに答え、照れながら言った。
「彼女です・・・。」
*インカムを付けてても、その言葉は灯にもはっきり聞こえた。
健一。彼女は私でしょ?
何でそんなこと言うの?
その時、インカムから大友主任の声が聞こえた。
「生田さん。30分休憩に入ってください。」
「・・・了解しました。」
健一は、彼女を連れて、30分休憩に入ろうとした。
すると、灯と目が合った。
健一は無視して階段を上がろうとした。
灯が微笑む。
彼は、びくっとした。
何故、灯は俺に微笑むんだ?
ついでに、灯は涼子にも微笑んだ。
涼子も微笑み返す。
2人は、そのまま、30分休憩に入った。
代わりに1階を担当していた、幸太郎が降りてきた。
幸太郎が灯に聞く。
「生田さんが連れていた、女性誰ですか?凄い綺麗な人ですね。」
灯が答えた。
「彼女でしょ。そう言ってたし。」
「えっ!?内田さん良いんですか?」
「良いも悪いも、健一は私のものだもの?彼女もそれに気づく時がいつかきっと来るわ。」
そう言ってから、灯は仕事に戻った。
灯の気持ちは複雑だった。
あんなに綺麗な人が健一の彼女だなんて・・・。
知らなかった。
灯は、仕事場の鏡で自分の容姿を見た。
細い自分の身体が写っていた。
彼女に比べたら・・・私は劣っている・・・。
でも、彼女よりも私は、健一を愛している。
彼が休憩から帰ってきたら、思いっきりお帰りと優しく言ってあげよう。
そして、またとりとめのない話をしよう・・・。
灯は、そう考えていた。
しかし、いくら待っても健一は地下に帰ってこなかった。
灯が休憩に入ると、健一は1階にいた。
そっかあ、幸太郎と交代か。
彼女は少し寂しかった。
涼子の姿はすでになく、健一は1階の、『ミルキーウェイ』というパチンコ台の前にいた。
そうか・・・もうすぐで、時間か・・・。
灯は悲しそうに、一人休憩に入った。
帰り際、健一と一緒に帰ろうとすると、涼子が待っていた。
健一は、灯の方を一切見ずに、彼女と夜の街に消えた。
一人残った灯は、終電に間に合う様に足を、わざと速く走らせた。
早く帰らなきゃ。早く帰らなきゃ。
また、タクシーになってしまう。
急いで電車に間に合う様に、走る灯。
そこで、灯は自分の足につまずいて転んだ。
灯は、泣いた。
本当は、健一は私の事など好きじゃないかも知れない・・・。
健一は、今頃涼子さんと・・・!
灯が倒れているのに、誰も灯を助けてくれるものはいなかった。
彼女は起き上がった。
そして、今は怒りだけが自分を助けてくれるものだということを悟った。
泣きながら、化粧の落ちている顔で、彼女は終電車へと急いだ。
そして夜中。
今日は、健一に来て欲しい日だった。
でも、健一は今頃涼子さんと・・・。
一つだけわかることとすれば・・・。
私は、健一のことを愛している。
涼子さんに負けないくらい。
でも・・・でも・・・。
健一だって、私の事愛しているはず。
だから、必ず私の事幸せにしてくれるはずだ。
でも・・・!
灯は、彼に電話をしてみた。
すると、アナウンスの声が聞こえた。
「この電話は、現在電波の無い所にあるか、電源が入っていないため、掛かりません・・・」
灯は電話を切った。
そして、ひいてある布団をじっと見ていた。
灯はそれから暗い部屋で、ハサミをみつめた。
尖ったハサミは、岩塩ランプの光に照らされ、鈍い光を放っていた。
灯は、テーブルの上に置いてあったハサミを取った。
そして、それを思いっきり、布団に刺した!
何回も!何回も!
布団の中の羽が暗い部屋に舞いちる。
それでも、灯は布団をハサミでつき続けた。
「健一も!涼子も!死んでしまえ!!」
その姿は、まるで夜叉であった。
ひとしきり灯は布団をハサミでついた後、布団にハサミを突き立てた。
そして、またどこかに電話をかけはじめる。
『プルルルル。プルルルル。』
「はい!ロゼッタです。」
灯は、また占いダイヤルに電話をした。
*インカム インターカムの略称 ヘッドセットを使用しハンズフリー。複数ユーザーの同時双方向、一斉通信可能出来るもの。
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