第14話 監禁

 それから、半年がたった。

灯は、今までのことを忘れる様に働いた。

蕎麦屋のバイトもやめ、昼はコールセンターで、化粧品の注文の仕事をした。

夜はシオンで働いた。

健一のことは気にはなっていたが、ただ遠くから見るだけで、それ以上は動かなかった。


灯が休憩に入ると、啓介から久しぶりに着信が入っていた。

しかし、灯は電話を掛けなかった。

私が本当に幸せになった時に、啓介、あなたに電話をするわ。だから啓介、どうか・・・幸せになってね。

灯はそう思いながら、啓介の電話を消した。


それから数日後、

啓介から、また着信が入っていた。

灯が、電話を消そうとすると、今度はラインが入ってきた。

その、内容はこうだった。


「昔の彼女に振られたものから幸せな君へ

今日もいつもと同じ日々

君は、幸せにやっているんだろうね。」


「なにこれ。」

灯は、一種の気持ち悪さを感じていた。

あの、啓介がこんなラインを送って来るなんて・・・。

どうしたんだろう・・・。

彼女は答えずに、そっとそれを消した・・・。


次の日。

灯が目を覚ますと、また啓介からラインが入っていた。


「昔の彼女に振られたものから幸せな君へ

眠れない日々が続く。

こうしている間にも彼女は、他の男に抱かれているのかと思うと

腹が立つ。」


「何なのこれ・・・」

灯は、一瞬青ざめた。

私は、あれから誰とも寝ていない。

一体、啓介の心に何が起きているの?


灯の心とは裏腹に、啓介のラインは続いた。

その見出しは、必ずと言っていいほど、『昔の彼女に振られたものから幸せな君へ』だ。

私、幸せじゃないのに・・・。

灯は、ノイローゼになりそうだった。

啓介に、もうやめて!と言ってやりたかった。

でも、言ってしまったら、じゃあやり直そうと言ってくる可能性がある。

灯はますます、啓介のことが嫌いになっていた。


そんな彼女を救ってくれたのが、瀬戸内副主任だった。

彼は、早番の社員で、灯とも仲が良かった。

大友より、瀬戸内の方が仲がいいと、灯は思っていた。

瀬戸内は、灯のことを本当に気遣ってくれる男であった。

弱冠太ってはいたが、灯は話せる彼を、気に入っていた。


ある日、瀬戸内は灯を飲みに誘った。

瀬戸内は、大体夜の19:00頃帰るのだが、今日は灯とのデートだったので、灯が仕事が終わるまで、有楽町の高架下の飲み屋さんで、彼女のことを待っていた。

彼女が、仕事が終わって駆け付けると、瀬戸内はもう出来上がっていた。

「お待たせしました!」

「おう、灯ちゃん。待ってたよ。」

「今日は、忙しかった~。副主任。私、ウインナーね。それと、ハイボール。」

「今日は、瀬戸内さんでいいよ。」

「でも、それじゃ悪いですよ。やっぱり、副主任と呼ばせてください。」

灯は、最近の啓介のことで、容易に人を信じられなくなっていた。

このまま、有楽町でお別れしていれば、何事も無かったのに。

灯は、お酒に呑まれるタイプだった。


時計は、1:00を指していた。

もう、終電も無いころだった。

灯と、瀬戸内はすっかり出来上がっていて、次の飲み屋を決めていた。

すると、「美味しいお店があるから、俺の家の近くで一杯やらない?」

と、言ってきた。

灯はさすがに、「ちょっとそこまでは行けません・・・」と断ったのだが、「絶対美味しいから大丈夫だよ。」と言われ、「じゃあそこへ行ったらタクシーで帰りますね。」と言い、二人でタクシーに乗って日暮里まで行くことになった。

そのお店は、確かに味が良かった。お寿司も美味だったし、美味しい地酒も置いてあったし、二人はそこで3:00位まで楽しんだ。


「じゃあ瀬戸内副主任、ごちそうさまでした。私タクシーで帰りますね。」

灯が、そう言い、タクシーを呼びつけようと手を上げると。

「灯ちゃん!!」

突然瀬戸内が、灯を呼んだ。

灯は「?」と、瀬戸内の方を見た。

車は、灯の元を滑るように走り去った。

「何ですか?瀬戸内副主任?」

「よかったら、コーヒーでも飲んでいかないかい?」

「いいですけど・・・こんな夜にやっているお店なんて、あるんですか?」

「僕の家に来ないかい?」

灯は、少し瀬戸内を見たが、お酒を飲み過ぎて気持ち悪かったこともあり、少しの休憩ならと瀬戸内の家に行くことにした。

しかし、それが悲劇の始まりだった。


瀬戸内の家は、割ときれい目のマンションだった。

入り口を入って、エレベーターに乗る二人。

それから5階で降りると、瀬戸内が先頭に立って2人は目的地まで歩いた。

瀬戸内が、部屋の鍵を開ける。

ドアが開き、灯と瀬戸内は仲へと入った。


「綺麗な部屋ですね。」

瀬戸内の部屋は、キッチンを合わせて、2部屋あった。

彼は、くつろぐ灯にコーヒーを持って来る。

可愛いマグカップだった。

「あれ、瀬戸内副主任?これ可愛いですね。さては女の人がいるとか?」

灯がからかう。

「・・・叔母さんだけどね・・・。灯ちゃんの方が可愛いよ。」

「そうですか?そんなこと、言われたことないですけど・・・。」

「可愛い・・・本当に可愛い・・・。俺のものにしたいよ・・・。」

瀬戸内は、細い気持ちの悪い目で灯に言った。

「・・・副主任?」

すると!

瀬戸内は、突然部屋から出て行き、部屋のドアを閉めた。

外では、鍵を閉めている音がする。

灯は、驚愕した。酔いが一気に冷めた。

マグカップを落とすと、ドアを開けようとする。

開かない!!

「副主任!?これ、どういうことですか!?開けてください!?瀬戸内副主任!!」

「君が、僕と結婚するって言うまで開けないよ。」

瀬戸内が部屋の外から言う。

「な・・・何言っているんですか!!こんな事して!!社長に言いつけますよ!!」

どんどんどん!!と灯がドアを叩く。

「じゃあ、健一君の事も社長に言いつけちゃおうかなあ。」

なっ!?

「灯ちゃん。僕にペラペラしゃべっていたよねえ。健一君の事。この会社は男女交際は禁止だよね?健一はろくな稼ぎも無いのに、灯ちゃんに好かれて羨ましい。聞いてて腹がたったよ。僕なら、灯ちゃんの事もっと幸せにしてあげるのになあ。」

気持ち悪い・・・。何なのこの男・・・!

こんな男を、私は今まで全面的に信じていたの?

今、ここで起きていることは、全て事実なの?

灯は頬をつねった。痛い、現実だ。

何とかここから逃げなきゃ・・・。

灯は、110番通報をした。

『プルルルル。プルルルル。』

電話がつながった。

「はい、110番です。事件ですか?事故ですか?」

「監禁されています!!」

「監禁!?」

警察が、そう言った途端

瀬戸内が、鍵を開けてドアを開けた!!

「灯!!」

その途端に、灯は、持っていたマグカップを瀬戸内に思いっきり投げつけた!

「うわあ!!」

「もしもし。どうしました?場所は何処ですか!?」

警察が騒ぐ。

そのすきに、灯はバッグを持って、パンプスを履いた。

そして、ロックがかかっているドアを開け、一目散に逃げた。

灯は走った。

走って、走って、やっと大通りに出た。

警察の電話を切ると、彼女は、タクシーを呼び、車内に倒れ込んだ。

車は発車した。

灯は、それから15分程眠ってしまった。


次に灯が起きたのは、15分経った後だった。

もう、車は日暮里から大分離れていた。

携帯を見ると、啓介からまた着信とラインが入っていた。

「昔の彼女に振られたものから幸せな君へ・・・」

「いい加減にしろ!」

灯はそう言うと、啓介のラインをブロックした。

それから、ふう・・・とタクシーの後部座席に身を任せた。


次の日、灯が職場へ行くと、瀬戸内の姿は無かった。

恐らく病院に行ったんだろう。

灯は、昨日の悪夢を思い出し、身震いした。

社長に言った方が良いのだろうか・・・。

でも、私も弱みを握られているし・・・。

釈然としない灯であった。


そして、その日。

灯はくたくたになって、一番最後にシオンを出た。

8月だというのに、冷たい雨が降る日であった。

灯は、PM11:55の終電車に乗るために、急ぎ足であった。

赤い傘を差した灯の前に、なんと、健一が現れた。

「生田さん?」

灯は、健一の真っ直ぐな瞳を見ていた。

そして、健一は、一言言った。

「内田さん・・・俺の・・・愛人にならないか?」

「えっ?」

2人は、そのまま見つめ合った。










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