第11話 ごめんなさい!
その日は、冬の間の小春日和にも値する、喉かな日であった。
灯と母陽子は、灯の部屋で今日の啓介の挨拶に合わせて、ちょっとしたパーティー形式の食事を作っていた。
今日、灯のマンションに、父と母が来てくれたのである。
陽子が、鳥の唐揚げを作り、灯はホワイトシチューをソースから作っていた。
朝から忙しい二人は、ご馳走を沢山作っていく。
灯は、遂にこの日が来てしまったと思った。
今まで、啓介にも親にもこの結婚のことを破断にしたいと言えなかった。
灯は昨日又、占いダイヤルに電話していた。
どうしても、恋人と親に言うことが出来ないということを、他の会社の占いダイヤルに電話し、先生と言われる占者に泣いて訴えた。
彼女はこういった。
「もう、泣かなくていいんですよ。あなたの苦しみは時間がたてば必ず消えます。心のままに打ち明けたらいかがですか?きっと親御さんも、彼もわかってくれると思いますよ・・・。」
と、いうことで、彼女は今日、ある一大決心をしていた。
さてそれは・・・。
「はあー大体こんな物かな?」
母の陽子が満足したように話した。
テーブルには、おいしそうなサラダ、肉じゃが、啓介の好きな鳥の唐揚げ、灯が作ったホワイトシチューがところせましに並べられていた。
皆、おいしそうな匂いを醸し出していた。
灯の今日の服装は、白いワンピース。背中にフリルがついている、マーメイドスタイルであった。
「可愛いわ、灯。」
「ありがとう。お母さん。」
「私は・・・啓介さんとの結婚には反対だったんだけどね。パチンコはするわ、煙草は吸うわって人じゃあね。でも・・・灯がそんなに好きならもう反対はしない。幸せにおなりなさい。お父さんにしっかり啓介さんのいいところを紹介するのよ。お母さんも頑張るから。」
「うん・・・。」
灯は気のない返事だ。
「しっかりしなさい灯!あなたがそんなんじゃ啓介さん、お父さんに気に入ってもらえないわよ!気をしっかり持って!」
そう言うと、陽子は灯の手を取った。
陽子は、灯が緊張のあまり、元気がないのだと思い込んでいた。
しかし、これから始まる道化芝居に陽子はその時気付きもしなかった。
灯と陽子が話をしていると・・・
『ピンポーン』
部屋のチャイムが鳴った。
灯が、慌てて玄関まで行く。
「ハーイ。どちら様ですか?」
「吉谷 啓介です・・・。」
啓介は、幾分声が震えていた。
がちゃっとドアを開けると、啓介がスーツ姿で立っていた。
灯は啓介を中に入れると、ドアを閉めた。
「お母さん。お父さん。紹介するわ。こちらが吉谷啓介さん。」
「まあ。灯がいつもお世話になっています。母の陽子です。」
陽子が啓介に向かって挨拶をした。
「吉谷 啓介です。本日はよろしくお願いいたします。」
「お父さん。ほら、啓介さんだって。」
父の、内田 郁夫は、啓介の姿を見ると、黙って
「父の、内田 郁夫と言います。」
と、頭を下げ座りながら挨拶をした。
啓介は、郁夫の前に座ると、
「こちら、お納めください。」
と、持って来た手土産を郁夫の前に差し出した。
郁夫は、笑顔も見せず、
「頂戴させていただきます。」
と、答えた。
灯は、このまま啓介と結婚してもいいかもしれない・・・と思い始めていた。だから、今の状況を思いっきり楽しもう。そんな気になってきた。
灯が初めて口を開いた。
「もう、お父さんたら、そんなに硬くならないでよ。」
今の灯は笑顔であった。
母の陽子もいう。
「そうよ。今日は四人で楽しく語り合いましょうよ。ほら、啓介君もそんなに硬くならないで。とにかく、まずご馳走を食べましょう?お腹空いたでしょう?啓介君。」
見ると、時計は12:00を回っていた。
「はい。実は緊張してしまって。お腹ペコペコだったんです。」
気さくに話し始める、啓介。
よかった。啓介、なんとか打ち解けたみたい。あとは、お父さんが笑顔になってくれればそれでいいんだけど・・・。
灯は、すっかり健一のことなど、忘れているかのように見えた。
宴は和やかに始まった。
灯が、まず郁夫にビールを注ぐ。
そして、啓介にもビールを注いだ。
俺は、車だから・・・。というのも無視し、1杯だけと話す灯。
啓介が、灯の母の陽子にビールを注ぐと、乾杯の音頭を陽子が取った。
灯が、啓介に
「これ、母の鳥の唐揚げよ。美味しいんだから。」
と、鳥の唐揚げを勧めた。
陽子が、啓介に色々聞いてくる。ご出身は?ご職業は?等・・・。
それを、緊張しながらも、答える啓介。
黙々と、食事をする郁夫。
灯は、何か釈然としない緊張感を覚えた。
お父さんがこんなに喋らないなんて・・・。
母の陽子が一生懸命郁夫に話を振って、話題に参加させようとするが、郁夫は黙っている。
一瞬、場がシーン・・・となったところで、郁夫はやっと、口を開いた。
「啓介君。灯から色々聞いているが、君、パチンコが趣味みたいだね。それに走り屋だとか。灯と本気で、生活していこうという気はあるのかい?」
「お父さん。ちょっと!」
灯が止めようとするのを、陽子が遮る。
「私も聞きたいわ。あなたの本当の気持ちを・・・。」
本当の気持ち?
灯は、ドキドキ動機がしてきた。なにか、父に見透かされているような気がしてきたのだ。
私は、啓介と本当に結婚したいのかしら・・・。
灯がそう思っていると、啓介が話し始めた。
「あります。」
啓介が、堂々と言った。
灯が、どきん!とする。
「最初は、遊びでした。灯さんとは。友達に紹介されてかわいい子だな。それだけでした。でも、彼女が仕事が忙しいさなか、俺の為に休みの度に袖ケ浦まで来てくれて、両親にも会ってくれた。うちの両親は灯さんの明るさを、優しさを本当に気に入っています。」
啓介が話し続ける。それを、郁夫と陽子は黙って聞いていた。
「そして、俺自身もこんな俺を愛してくれる灯さんには、感謝しています。俺、実はスーパーのマネージャー試験を受けます。今その為に猛勉強中です。少しでも灯さんにいい生活をしてもらいたくって、決めたことです。パチンコの方は・・・徐々に辞めていく方向に行きたいと思っています。
車の方も、マネージャー試験が終わったら買い替えます。だから・・・どうか・・・。」
啓介は、決め手の言葉を二人にぶつけた。
「灯さんを、俺にください・・・!」
言った。啓介は、遂に灯と結婚したいことを報告したのだ。
「啓介・・・。」
灯は嬉しかった。今までこんなに自分を愛してくれる人は現れなかった。
郁夫は、暫く目をつぶり、黙っていた。
しかし目を開けると、灯に向かってこう言った。
「啓介君には、覚悟がある。灯。お前はそれでいいんだな?」
彼女は、目の前が一瞬ぐらっとした。脂汗が出て来た。
本当にいいの?このまま結婚しちゃって・・・!
私は、啓介と歩んでいく覚悟が無い・・・本当にこれでいいの!?灯!?
「灯?」
郁夫は、灯の様子がおかしいことに気付いた。
そして、次の瞬間
「わ・・・わたし・・・。」
3人は灯を真っ直ぐ見た。
「私!ごめんなさい!結婚できません!」
一瞬の出来事であった・・・。
「はあ!?」
3人が、驚愕した。
暫くの沈黙の後、郁夫が怒った様に言った。
「・・・何を・・・言ってるんだお前は・・・?」
灯が、耐えきれず泣き始めた。
「ご・・・めん・・・なさ・・・わたし・・・」
「灯?どうして、結婚できないんだい?」
啓介が優しく話した。
「私・・・あなたに・・・もう・・・気持ちが・・・。」
激しい嗚咽であった。
「今まで・・・言えなくて・・・ごめんなさ・・・・。」
「じゃあ!今日!なんでお父さんたちを此処に呼んだんだ!!」
「お父さん!落ち着いて!とにかく啓介さん、ごめんなさいね。今日の所は、ごめんなさい・・・。」
母の陽子が愕然とする啓介に、帰ることを優しく諭す。
啓介は、黒の革のミニポーチを持つと、「また、電話するよ・・・。」と言って、帰って行った。
ぱたんと母の陽子が啓介を送ると、冷静に灯に質問した。
灯は、まだ泣いていた。
「どういうことなの!?」
彼女は答えなかった。
「答えなさい!!灯!!お父さんもお母さんも大恥かいちゃったじゃないの!?」
灯は、やっと口を開いた。
「言えなかった・・・。どうしても・・・。啓介に気持ちが無くなってしまったなんて・・・。他に好きな人が出来てしまったなんて!」
「好きな人が出来たー!?」
郁夫が、呆れたように話す。
陽子が、灯の腕を掴んで言った。
「灯!!どうしてそんな大事なことをお母さんたちに先に相談しなかったの!?あんたはそれでいいかもしれないけど、結局、一番傷ついたのは啓介さんなのよ!!本当にあんたは・・・!」
そう言うと、陽子は席を立った。
「お父さん帰りましょう。今日は灯は一人にした方がいいわ。灯!一人になって、今日自分がやってしまったことを、よーく考えなさい。自分の事しか考えないことが、どれほど相手を傷つけるのか、身に染みて味わいなさい!!」
そう言うと、陽子と、郁夫は帰って行った。
一人になった灯は、絶望のどん底にいた。
何故、何故こうなってしまうんだろう...。私は誰も傷つけたくないのに・・・。
私なんか、死んでしまえばいいんだ・・・。こんな私なんか・・・。
灯は一人、暗闇の中にいた。
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