34話 少女と慟哭と土だるま
***
剣がぶつかる。相反する風が少年達の周囲でせめぎ合い、甲高い悲鳴をあげる。負けじと少年が声を張り上げる。
「らしくねーんだよっ! お前はっもっと小狡く立ち回るヤツだっただろ!?」
「──トキこそ、人のために何かしようだなんてっ、らしくないっ!」
風を纏った剣を叩きつけられ、受けた常盤は弾かれる。同時に後ろに跳んだ常盤は、追撃する蘇芳を鎌風で牽制した後、時間差で巨大な風の刃を投げつけた。赤い刃は少年の手前で不可視の壁に遮られるが、勢いまで殺すことはできず、蘇芳の身体は勢い良く後方に押し戻される。
常盤が血のにじむ口端をあげて笑った。
「他人のことなんて知ったこっちゃねーんだよ。俺はお前のやってることが気に入らないだけだ」
「残念。じゃあ俺は俺で勝手にするから、少しの間目を塞いでてくれない?」
「気に入らねーことは無視できねーんだ……よっ!」
いくつもの赤い刃が蘇芳へ迫る。少年は一つ一つ器用に剣でいなし、軽い身のこなして避ける。常盤は舌打ちをして、風を纏う相手の足を睨む。剣もそうだがあの機動力が厄介だ。
「土塊っ! ヤツの足止めろっ!!」
怒鳴ると同時に赤い刃を生み出す。飛びすさろうとした蘇芳は、踏み出す足が地面に触れないことに気付く。浮いている。跳べない!
仕方なく赤い刃を剣で捌くが、地面を踏みしめられないため力がうまく入らず、まともに打ち合うことになった剣から、一気に風が削り取られる。
その時、弾いた刃が一つ弾けた。赤い刃の中から出現した無数の小さな刃は、周辺に広がり鎌鼬のように蘇芳の顔や手足を切り裂く。それらに気をとられた蘇芳は、背後に生じた気配に気付くのに一瞬遅れる。
頭上を飛び越えて背後に回り込んだ常盤は、その背に剣を叩き込んだ! しかし剣が直撃する瞬間、足元から湧き上がった上昇気流に飲まれ、崩れた体勢のまま放った剣は相手の右肩を掠め逸れてしまう。蘇芳と常盤の目があう。足は──地についている!
蘇芳は、振り向き様に剣を振るった。横薙ぎの一閃は、即座に身を退く常盤の肘と腕を掠め、辺りに鮮血が迸る。
「土塊っ! お前邪魔すんなっっ!!」
怒声をあげる常盤に、逃がさじと蘇芳が追撃をかける。連続で繰り出される剣をぎりぎりの所で躱しながら反撃する隙を伺ってた常盤は、突如身を低くすると足払いをかけた。同じく風を纏わせた足で。
「──ッ!」
「お前の専売特許じゃねーんだよっ!」
常盤が剣を繰り出す。辛くも避けた蘇芳は、追い討ちを避けて風を纏う足で空に跳び、剣を構えた。
「トキ─────ッ!!!」
「上等だ蘇芳ぉぉぉぉッッ!」
上から剣を突き出す蘇芳と下から迎え撃つ常盤が激突する。咆哮。瞬間巻き起こる突風。風の叫び。暴れる風は少年達を襲い、二人の姿が見えなくなる。
一瞬の後、突如として風は消失した。風の後に訪れた静寂の中、二つの影が空から落ちてくる。
地に響く重い音がひとつ、ふたつ。
やや離れた位置に落ちたそれらは、一つは地についた途端前のめりに倒れ、もう一つは伏したままの姿で地に落ちた。
高々と空に向かってそびえ立つ剣を、その背に生やしながら。
風が荒れ狂う。無形の刃が地を切り裂き、岩を砕き、泉の水を巻き上げる。
暴れまわる風は、獣のように唸り声をあげて大地を震わせ割り砕き、蛇のように遥か上方の森までその舌を伸ばし木々を撃ち落とす。
少年達の悲壮な顛末を前に、封印されし少女が目覚める。無理やり閉じられた穴は亀裂から再び広がり、潜り抜けた少女の魂があるべき所へ還る。
血の気の失せた紫の唇が震えて少年の名を紡ぎ、凍える身体を起こした少女が、慟哭と絶望の狭間から白く細い手を伸べる。
だがそれを許さぬ者がいた。それは穴から突如現れた。
それは巨大な漆黒の魔手を具現化させると、伏した少年を突き立つ剣ごと掴み上げた。
少女の叫びにもう一方の少年が覚醒し、即座に拾った剣でそこへ斬りかかる。穴から飛び出した少女はその太い指に飛び付き、風の鉈を振るう。
しかし黒き手は切り裂く剣や風を物ともせず、纏わりつく少年を振り払い、少女をつまみ上げた。
少女を手にしたことにより、巨大な掌から剣を生やした少年が滑り落ちる。
残る少年がそれを庇う間に、一瞬にして漆黒の手が穴へ引き下がり、少女の姿と共に忽然と消え失せる。
辺りに静けさが満ちた一刻後、動かぬ友を抱く少年の絶叫が、荒れ果てた大地に木霊した。
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