33話 騎士と風遣いと土だるま
「弌浪がまた黒援会にしてやられたって?」
爽やかな笑顔と共に男が入ってくると、室内にいた背の低い男はあからさまに不機嫌になり、あちこち包帯に覆われた男は思いきり吹き出した。
「お帰りなさいませ隊長! 報告は既に受けたようなので、わざわざ私からご報告する必要はございませんねっ」
「セン虐めてやんなよ。警備隊まで動かしておきながら成果なしで、こいつかなりお冠なんだからさ」
その言葉が終わるか終わらないかという内に、弌浪の肘が包帯男の脇腹に沈み、男が文字通り飛び上がる。声にならぬ悲鳴を無視し、弌浪は改めて自らが隊長と呼ぶ男に向き直った。
赤毛の短髪に青い瞳を持つ美丈夫は、弌浪を見返し何事もなかったかのようににこりと笑んだ。
「報告は受けた。ただ直接接触した者の言葉を聞きに来たんだ」
弌浪は姿勢を正すと、同じく何事もなかったかのように頷いた。
「黒援会関係者の疑いのある少女は推定年齢十代後半、黒髪黒い肌の標準体型、似姿を現在作らせています。ザニザニで黒の病感染者及びその関係者を無断で連れ去った模様、但し彼女が直接と言うより恐らく仲間がいたのではないかと思われます」
「ふむ。彼女らの目的は感染者だったと。私達と同様の目的の可能性は?」
「否定できませんが、低いかと。我々のように山に向かった形跡はありませんし、把握できている限りの動向にそのような節はありません。なお感染者以外に彼女からの接触を確認できた子供がおりますが、意図や目的等詳細は不明です」
弌浪が包帯男に目を向けると、痛みに涙を浮かべていた彼は視線に気付き肩を竦めた。
「俺は報告書に記載した以上のことは知りませんよ」
「良い。レグサス、君から直接聞きたい」
レグサスは溜息をつくと音を立てて椅子に座った。弌浪が口を開きかけるが、それを男が目線で制す。
「立っているの辛いんでこの体勢で失礼します。俺が直接接触した関係者は三名。行方不明となっているザニザニ住人二名、その失踪に関与が疑われている少女との接触が最後に確認できている少年。
行方不明の二名の内女の方は、ほぼ間違いなく感染者でしょう。町の住人への聞き込みにより浮かび上がる行動面、会話時の精神的不安定さ、加えて母親は感染者で本人にも黒斑が確認されている。
もう一名の男の方は、情報が少ないので不明。だが逆に目立った行動がないことから、感染者でないとも言えますね。判断保留」
「その男はEランクハンターで、彼女の母親を助けるために色々画策していたようです。ザニザニ支部窓口での目撃証言も多数確認しております。恐らく彼女の母親が黒の病で亡くなった上に、彼女の罹患の発覚や黒援会の接触で逃げるに逃げられなくなったのではないでしょうか」
「あ。そういや俺も連盟にそいつがいるの見たっけ」
「はあっ!? そういうのは報告書に記載して下さい!」
「いやだって今思い出したし。あ。ちなみに少年が感染者ではないのは確認済みです」
「少年と黒援会の繋がりは?」
「さあ。見ていた限りではなかったですね。って俺が何を言ってもどうせ追わせてるんでしょ。で。接触確認できたんですか?」
赤毛の男が微笑む。
「隣町付近まで尾行させたけど、黒援会やその少女と合流する様子はなかったようだね。これ以上貴重な人員を割く訳にもいかないし、尾行は解除だね。黒援会らしき者はチリクへ向かう道で発見された。だがザニザニの行方不明者を連れている様子はない。恐らく別動隊が不明者を連れているのだろう。奴等がよく使う手だ。どうせ行き先はサナルガダルだろうから、張ってうまいこと接触できたら確保だな」
「既に手配済です。しかしあの少年をこのまま野放しにする件については、私は疑問です。彼は明らかに嘘をついている。名を偽り、黒の病特有の黒い肌を恐れず、黒援会とも繋がりがある可能性がある。例の少女についても何らかの繋がりを隠してますね。加えてあの年でこちらの聴取に隠し事を続けられるような子供を、事情も背景も不明のまま放置するのは危ういのではないでしょうか」
「弌浪は彼の身元保護を終始主張してたね。でも仕方ない。確固たる証拠もなく、本人の意思を無視して身柄を留め続けることはできないよ。だからこそ黒援会も厄介なんだから」
「ですが……」
「それよりその子と黒援会絡みの少女の対面現場に突如発生した暴風のせいで、彼らを取り逃がしたんだってね。どういうことなのか興味が沸くな」
男の視線が真っ直ぐにレグサスに向かい、口を噤んだ弌浪もそれに続く。二人分の視線に晒されたレグサスは、行儀悪く座った姿勢で両手を上げた。
「俺に聞かれても知らないですよ。その黒肌の少女の方は会ったことないんで。ただまあ、そうですね。一応少年には釘刺しておきましたけど、彼なら風でそこら辺の物吹っ飛ばして逃走するくらいやると思いますよ」
「風を操る、ということかな。興味深いな。噂に聞く魔法というものかい?」
「どうやら、そんなんじゃないみたいですよ」
「へえ。魔法じゃないなら一体何なんだろうね。面白いな。彼は何者なんだい?」
「さあ? 俺にもよくわかりませんが──」
レグサスは椅子の上に立てた膝の上で頬杖をつき、笑った。彼の脳裡に、肩に土人形を乗せた少年の横顔が浮かび上がる。
「土だるまをお供に迷子の友人を探す、風遣いの少年──って所ですかね」
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