19話 幼馴染みと約束と土だるま

 少年達が常盤の姿を捉えたのは、町の外れだった。そこには三人が秘密基地のように時々赴く谷底があり、そちらへ続く道のやや手前を、東に曲がった所に常盤はいた。


「トキ! 待ちなよ!」


 声に気付き、振り向いた常盤が焦ったように走り出す。予想していた二人の背を、命を吹き込まれた風が柔らかく押し出す。距離を縮められたことに気付いた常盤が、慌てて風術を発動するが一足遅く、少年に腕を掴まれてしまう。


「トキ! どこへ行こうとしてる!? この先は立入禁止だ!」

「──討伐隊帰ってきたんだろ。どーせヤツら夜家族と会ったりするじゃん。だったらその前に俺が会いに行ってもいいかなって」

「はあ? 何を言ってるのトキ? トキの家族は討伐隊にいないだろ」


 呆れて言うと、少年は口を尖らせ不満顔をした。そういえば彼は討伐隊に妙に関心を持っていたなと思い出す。


「家族じゃないと会っちゃダメなのかよ」

「それはわからないけど、ずっと待っていた家族より先に会うのは良くないと思う」

「……」


 黙りこんだ少年に、溜め息をつく。本当は大人に禁止されている以上、黙って行くこと自体が悪いのであって、先だ後だの問題ではない。でもそこは一旦置いておこう、と彼は考える。


「また後で、恭斉さんか菊咲さんに相談してみよ?」


 ややしてこくりと頷いた少年は、腕が自由になると、不思議そうに首を傾げた。


「なあ。ところでアヤは何してんだ?」

「えっ!?」


 すぐ近くにいると思い込んでいた少年は慌てて振り向く。するとはるか後方に、地べたに座り込んだ少女の姿が見えた。


「アヤどうした? 転んだ!?」


 その言葉に首を傾げた少女が立上がり、無言でこちらに向かって歩き出した。すると少年達との距離まで半分を越えた辺りで、突然何かにぶつかったように撥ね飛ばされる。

 後転し先程と同じ位置に座り込んだ少女の姿に、何とも言えない沈黙が流れる。


「? 何だよあれ。意味わかんねー」

「……とりあえず行ってみよう」


 顔を見合わせた少年達が、少女の元まで戻る。途中少女が撥ね飛ばされた辺りで恐る恐る手を前に出してみるも、特に何の感触もなく二人は無事通り抜けてしまう。

 少女の前に立った二人は、再度顔を見合わせた。


「何ともならなかったな」

「アヤだけうまいこと罠に引っ掛かったとか?」

「お前、何か踏んだりした?」

「弾かれる時って、痛かったりする?」


 交互に彼らの顔を見た少女は、ふるりと首を振った。

 少年が脇から手を入れ少女を抱き上げ、立たせてやる。


「じゃあ今度は一緒に行って、どうなるか試してみようぜ」


 三人は少女を中心に手を繋いで歩き出す。そして先程弾き飛ばされた場所の近くまで来ると、立ち止まった。


「何もねーよなー」


 少年が手を伸ばし宙を探って言うと、同様に探ったもう一方の少年も不思議そうに頷いた。


「だよね。アヤ、痛いとかじゃないなら、もう一度触ってもらえるかな」


 頷いた少女が、ほどいた手をゆっくり伸べる。ごくりと誰かの嚥下の音が響く。


「……何してるのかしら~???」


 地を這うような低いゆったりとした声が響いた時、少年達は肩を震わせ少女は反射的に手を引っ込めた。

 恐る恐る背後を見ると、そこには三十代から四十代くらいのすっきりとした女性が立っていた。少女のように愛らしいその笑顔は、しかし今は子供達に威圧感を与えるものでしかない。女性は左手を口元にあて、首を傾げた。


「今頃は周士の所で解体処理の見学でもしているのかと思っていたのだけど、三人ともお揃いで、どうしたのかしら~?」

「えっと、教会前だと狭かったので、広い方へ広い方へって追いかけっこしてたら、ここに出ちゃったんです」

「あら~。教会の子供達には宴のお手伝いをお願いしていたはずなんだけど、何故そんなことになったのかしら~?」

「う……」

「菊咲さんごめんなさい! 討伐隊の誰かが大変なことになったと聞いて、じっとしていられませんでした!」

「討伐隊?」


 菊咲と呼ばれた女性が、三人を順繰りに見た。


「討伐隊の居住区は、立ち寄り禁止だって貴方達も知っていますよね~。どんな理由だろうと、ルールを守る大切さが理解できないような子達は、色々なことが許されなくなりますわ。よちよち歩きの幼子には一人で出歩かせられないようにね~」


 黙って首を竦めた子供達を見て、菊咲は溜め息をついた。


「──とにかくお戻りなさい。常盤は華芽が探してましたわよ」

「うげっ」

「「はい」」


 これ以上居座っても良いことなしと判断した子供達は、さっさと菊咲に背を向けた。ただ一人不満の残る常盤がひそひそ声で文句を口にする。


「見ろ。お前らのせいで見つかっちゃったじゃねーか。どうしてくれんだよ」

「元はと言えばトキのせいじゃんか。俺達の方がとばっちりだ」

「んなことねー。俺一人だったら、もっとウマくやれた」

「……うん。まあもしかしたら菊咲さんに見つかったのは俺達のせいかもしれない」


 思案顔で少年が俯くと、常盤が眉を上げる。


「どーいう意味だよ?」

「アヤが何か見えない壁にぶつかってただろ。あれで菊咲さんが気付いたのかなって」

「あれは菊咲さんの風術ってことか?」

「わからないけど────ううん」


 思考の渦を振りきるように首を振った少年は、それより、と常盤を冷やかな目で見据えた。


「もう勝手にこんなことしないでよ。トキと一緒にいると俺やアヤまで怒られちゃう」

「うるせー。だったら着いてくんな」

「ヤだ。放っておいたらトキは俺達なんて置いてどんどん遠くへ行っちゃいそうだもん」

「なんだよ。俺の勝手だろー?」

「イヤなんだよっ!」


 突然涙声になった少年が立ち止まり、追い抜く形となってしまった常盤が驚き振り向く。少年は少女の手をぎゅっと握りしめ、その姿を震えながら睨み付けた。


「ずっと三人一緒だって約束したっ! トキが行くなら俺もアヤもついてくんだ。それで今みたいにトキが悪いコトしたり、アヤが間違えたらっ、俺がダメだよって止めるんだっ! そう決めたじゃんかっ!」

「おい……」

「アヤも約束したよ」


 少女の無邪気な賛同まであがり、困った常盤が二人の顔を交互に見た。にこにこした少女の隣で、年下の少年が、涙でぐしゃぐしゃになった顔を真っ赤にして睨み付けているのだ。困惑でかける言葉を失う。


「約束したんだっ! だからっ! だから……っ!」

「~~あーもーわかったよ! 俺が悪かった! 一緒。一緒に来いよ! んで何か叱られちゃいそーなことやってたら二人がかりで止めてくるんだろ。わかったよ。好きにしろって!」

「……っく。俺やっ、アヤのこともっ……く」

「わかったって。お前でもアヤでも何かやらかしたら俺がどーにかするよ」

「……ん。じゃ、じゃあ……やくそくっ、もう一回……」


 おずおずと差し出された小指をまじまじと見ていると、横から更に小さな小指が絡められた。それを見た常盤が、ややして小さく溜め息をつく。

 三つの小さな小指が、きつく絡み合わせられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る