20話 誘いと狗の散歩と土だるま
女は連盟支部から出ると、急ぎ足で歩き出した。濃紺のストールが風に煽られ、腕に抱える物が僅かに覗く。
レグサスは女が見えるぎりぎりの距離まで離れるのを待つと、静かにその後をついていった。
騒がしい大通りを抜け、閑静な住宅街に入ると女はするりと一軒の平屋に入った。女の家なのだろう。レグサスは何気ないふりをしてその前を通り過ぎ、ふと眉を顰める。妙な臭いがした。
レグサスはしばらく考え込んでいたが、ややするとおもむろに体を反転させた。
***
黒い頭巾、黒い上衣に黒袴と、全身黒ずくめの男達が、一組の男女を取り囲む。男達に男女を害する動きは見えない。しかしそこには奇妙な緊張感が漂っている。少女はそれを見るとはなしに眺めていた。
「お迎え感謝しますわ。横暴な国の狗に目をつけられたらどうしようかと心配していましたの」
濃紺のストールを纏った女が男達に熱っぽい声をかける。対する男達の内、唯一黒頭巾ではなく赤香色の外套を頭からすっぽりかぶった人物が進み出た。
「貴女へのお力添えができたなら何より。しかし国の狗に目をつけられるとは、既に国家特別救護隊は貴女に接触されたということでしょうか?」
低くなった後半の言葉に、ストールの女が慌てて手を振る。
「そのような事実はありませんわ。黒援会の方々の迅速な対応に勝るものなしです。ただうろちょろしていた怪しい奴がいたので、不安に思っただけですの。でもそいつのことは特に問題なく済みましたから」
「ほう? その怪しい輩はどのように?」
「彼と一緒にちょっとだけ痛めつけて大人しくなってもらいました。今頃故郷にでも逃げ帰っているのではないかしら」
誇らしげに話す女は、外套男の背後にいる男達の黒頭巾に隠された下卑た笑いにも、自らの背後に立つ恋人の蒼白な顔にも気付かない。
「それは勇ましい! もし万が一国から派遣された者だとしても、貴女のたおやかな細腕にやられるようでは恐るるにたらず。恐らく貴女の魅力に惹かれたそこらの不埒者でしょう。ところで──」
芝居がかった台詞を吐いた男は、女を見つめたまま少し身を屈めて恭しくお辞儀をした。
「不躾なお願いで恐縮ですが、貴女の柔肌を一目見る僥倖を賜っても宜しいでしょうか。ご存知の通り、我々がお連れできるのは守り守られる資格を有する方のみです。申し訳ありませんが、資格をこの目で確認しなければなりません」
「あら。今ここで?」
「私共の事情で大変恐縮ですが、ご理解頂ければと」
女の顔が不機嫌に歪み、その感情のまま荒々しく左袖を捲り上げた。その腕は確かに細かったが日々の労働によりほどよく筋肉がついており、非常に健康的と言えた。だが皮膚にはインクを落としたような黒班が滲んでおり、それは二の腕近くまで点々と続いていた。
黒の病特有の症状だ。
「結構です。我々は貴女方を歓迎致します
──ようこそ黒援会へ。黒の病に怯える日々は終了です。我々は貴女方を守る。共に生きましょう」
朗々とした声が響き、感極まった女が涙を拭う。
喜劇のようなその光景を無感動に眺めていた少女は、去り行く男達の背を見送ると、視線を逆方向に転じた。
彼らが出ていった白い街が、何やら騒がしくなっていた。
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