14話 鳥と戦闘と土だるま

 少年は空を旋回する鳥の姿を見上げ、細く長く息を吐いた。過去、剣を教えてくれた男の言葉が呼び覚まされる。


『強い者こそ相手を自分の土俵に引きずり込むのが上手い。勝つためには基本的に、相手の土俵で戦っては駄目だ』


 大烏は空から切り離すことに成功した。だがこの鳥は警戒心が強いのか、こちらの間合いにおいそれと接近してこないため、同じ戦法は使えない可能性が高い。しかも罠はもうない。


『とにかく自分の勝ちパターンに持ち込むことだ。そのためには自分の武器をまず確認しろ』


 風刃。風の刃を投げて切り裂く風術。予備動作が大きく、軌跡も直線で目視可能なため、真正面から素直に使っても避けられる恐れがある。

 鎌鼬。風刃と同じく切り裂く効果があるが、威力が小さい替わりに広範囲に攻撃可能。直線攻撃だが予備動作なしで軌跡も見えないため、不意討ちには良い。

 熱波。温度、持続時間、範囲を柔軟に変えられる応用タイプの風術。集中力を必要とするため、高速で動く相手には、焦げ目をつけるのすら今の自分には難しい。

 飛翔。浮遊術。自分と周囲を対象に使用できるが、あまり得意ではない。それに空を領域とする相手に空中戦を挑んだら、その時点で負けだ。ここぞという時にだけ使うべきだろう。

 剣。数回の激突で全く歯が立たない訳ではないことはわかった。だが相手が攻撃する瞬間を狙っての反撃は、先程やってしまった。恐らく次は警戒されているだろう。


『相手の不意を突く、自分の勝ちパターンに持ち込む。この二つは基本中の基本だ。そして攻撃の手はいくつも準備しろ。相手のレベルを推し測れ。自分の手を読まれた後の後まで想定するんだ』


 ぴーぴぴぴぴ

「──よし行くぞぉぉっ!!」


 様々な想いを乗せた少年の咆哮を皮切りに、戦端が開かれた。






「風刃!」


 向かいくるブラックカイトに放った風の刃は、舵取り一つで避けられる。読まれている。だがそれは予想済。


「風刃!」


 更に横ずれで避けられる、そのタイミングを計って次の言葉を放つ。


「鎌鼬!」


 時間差で放った攻撃は、避けた先にある枝葉を細かく切り裂き、尖った砕片が鳥の目を襲う。

 視界を奪われたまま滑空する鳥に、すかさず剣で追撃をかけるが僅かに届かず、鳥はそのまま樹上に避難してしまう。


 ぴーぴぴぴ

 聳え立つ木の上に立ったブラックカイトは細く鋭い鳴き声をあげると、視界を奪われた怒りからか体を大きく揺すった。まだ残っていた大烏の収集物が、ばらばらと少年の上から降ってくる。

 頭に当たると致命的な物もあるため、少年は対応を余儀なくされる。小動物の死骸を剣で振り払い、飛び散った血に眉を顰め、鬱陶しさに舌打ちする。


 鳥が樹上を飛び移った。風術を警戒し、間合いの外から攻撃することにしたのだろう。

 鋭い鉤爪に蹴り落とされた、奇形種の死骸や防具が次々と迫ってくる。どちらも重すぎて剣では振り払えない。一つならともかく、連続して落とされたら避けきるのは難しい。そして風刃で対処していたら次の攻撃への対応が間に合わない。

 少年は笑った。

 ──だが、敵は既に間合いの中だ。


「土塊っ! 真上だっ!!!」


 次の瞬間、ごうという音と共に嵐が鳥を襲った。






 竜巻のような激しい風が、様々な物を巻き込み褐色の鳥に襲い掛かる。

 樹上から吹き飛ばされた鳥は、突然牙を向いた風に翻弄され体勢を維持することができず、くるくると回りながら落ちていく。

 だがそれも一瞬のこと。風が弱まったことに気付いた鳥は、地面へ激突する前に羽ばたきを再開し、くるりと頭を空に向けた。そこへ狙いすましたように鳴り響く銃撃。止まる羽ばたき。今だ!


「風刃!」


 淡く光る刃を水平に投げつける。赤光の刃は、ちょうど丸見えになっていた鳥の腹を切り裂き、その勢いのまま太い幹まで押し戻し磔にする!


「飛翔!」


 浮遊術で接近した少年を鋭い鉤爪が襲う。未だ戻らぬ視界の中、がむしゃらに繰り出された攻撃は少年の肘を抉り皮膚を傷付けるが、少年は臆せず体を一直線にすることでダメージを最小限にしながら突っ込み、剣を振りかぶった。

 再び空に逃げられる訳にはいかない!


 少年の体重を乗せた剣は、鳥の右片翼から左足までを、袈裟懸けに切り裂いた。

断末魔の声が響く。ずるりと幹から鳥の体が落ちていき──どさり、重い音が響く。

 続いて、ややふらつきながら少年が地に降り立つと、その肩に土色の塊がぽよんと飛び乗った。

 それにちらりと目を向けた少年は、鳥を倒す最大の功労者に対する労いも、おめおめと攫われたことに対する叱責もかけることなく、ただただ耳障りな高音を振り切るように長く長く息を吐いた。


 程なくして甲高い声が途切れると、ようやっと腕の緊張を解いた少年は、徐に地上の様子に意識を向けた。


 そこでは、緑の大蛇に巻き付かれたレグサスが、今まさにその頭を喰われんとしていた。

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