13話 烏と収集癖と土だるま

 十数分後。再び少年が木に登るのをレグサスは真下で見ていた。少年は直前まで自ら登ることを渋っていたのだが、レグサスの腕の怪我を見ると、嫌々ながら木に手をかけた。

 しかし例えレグサスの怪我がなかったとしても、このような掴まるところのほぼない木に躊躇いなくするすると登れるのは、木登りに慣れた身軽な若者か、どこぞやの地域の風術を操るという住人達くらいだろうとレグサスは思う。


 待つ。ひたすら待つ。

 ────────────……

 さわさわと草が鳴る。ぴーひょろろと鳥の声が聞こえる。


 静かに流れる時に、状況も忘れてレグサスはぼんやりしてしまう。すると、

 ドス──ン!!! ザザザザッ!!

 衝撃音とともに目の前の木が震え、何やら木から色々な物が落ちてきた。

 大小様々の物がばらばらと落ちてくる。少年が失敗したのかと、レグサスはそれらに目をやった。

 があった。

 濁った白い、ぶよぶよしたが、レグサスを見詰めていた。






 ***

 あたしはジーホの村人。栗色の波打つ髪が自慢で、鼻のそばかすがコンプレックスな一八歳。

 最近肌荒れがヒドくなってきてて、色んな化粧水を試してみたりするんだけど、全然ダメ。友達にも相談してみたら、マールの泉の水が効くらしいって言うから、取りに行くことにしたの。

 最近物騒だとかいう噂も聞いたけど、友達の知り合いのお姉さんもよく取りに行くって言ってたし大丈夫よね。


 森はとても穏やかだったわ。植物系のモンスターなんて近寄らなければ大抵平気だし、獣避けの御守を持っていれば、そうそう変な生き物は寄ってこない。これ森近辺に住む人の常識よ。

 このまま順調に行くかと思ってたんだけど、泉が近付くに連れて何かヤバめのモンスターが出始めた。

 特にアイツ。茶色のデカイ虫。幼虫? 脚がいっぱいわさわさしてて、めちゃ気持ち悪いの! ただアイツ、ラッキーなことに鈍いから、あたしは簡単に逃げ出すことができたわ。

 でもその時何かに引っ掛かって転んじゃって……そうそう、糸みたいなのが足に絡んでたのよね。それで外そうとして……あら? その後どうしたかしら?

 そうそう、マールの泉に着いたのよ。折角だから泉に身体まで浸けちゃった。何かぷかぷか浮いてきちゃってうまくいかなかったけど、これで全身キレイになれるわよね。楽しみ!


 あらごめんなさい。自己紹介の途中だったわね。こんなんだから、すぐに関係ないお喋りを始めるのが悪い癖だーって彼にも言われちゃうのよね。でもそんな所も可愛いって彼は思ってくれてるんだから。ふふ。


 さて、改めまして。こんにちは、あの烏さんのようにロマンチックな目のお兄さん。木の上でずっと空を見ていたけど、彼が心配するからあたしそろそろ帰らなきゃ。

 お兄さん、今ならあたしとっても軽いと思うの。あたしを家まで連れ帰ってくれないかしら?


 ねえお兄さん、あたしを見て見て。自慢の栗色の髪は短くなってしまったけど、泉の水で肌はキレイになったんじゃないかしら。

 ねえ見て、お兄さん。コンプレックスだった荒れた手や小さな胸はみーんななくなったのよ。どうかしら。


 ねえ見て、お兄さん。あたしを見て彼が何て思うか気になるの。


 ねえ見て、



 ねえ、






「────サスさんっ! 新手ですっ!!!」


 怒鳴り声にレグサスの思考が現実に引き戻される。ほぼ落下と言える速度で少年が降ってきて、レグサスの目の高さで一瞬その速度を緩める。

 ぴーぴぴぴぴ

 長閑な鳥の鳴き声がしたと同時に、レグサスの目前を褐色の風が通り過ぎる。

 ザンッ!!!

 寸前で身体を転がし辛くも直撃を逃れた少年は、そのまま剣を引抜き褐色の鳥の横っ面に叩き付けた! だが浅い。鳥はそのまま上空へ飛翔する。

 激突の余波で再びぼとぼと落下する物体から意識的に目を反らし、レグサスは空を見上げた。


「……ブラックカイト、か? ショウブ、怪我は」

「マントをやられただけです。銃は」

「いつでもイケるけど、あの高度で旋回されたら届かないな」

「ヤツは目がいいのか、狙いが正確です。攻撃は今の所急降下からのワンパターンのみ。ただ大烏より大きいクセに速いので厄介です」

「と言ってもやることは変わらんだろ。地上に引きずり落として迎撃。罠はないからプラン二だな。土だるま君は?」

「上から手当たり次第蹴り落としたんで、恐らくその辺に埋もれてるかと」


 目をやったレグサスは、再び丸い塊を視界の端に認めたが、すぐに視線を空に戻した。


「呼べないのか?」

「ヤツの注意をひくことになりますが」

「──回収は後回しだな。先にあの鳥さんをどうにかしよう」

「ですね。じゃあ俺が囮やるんでサポートを」


 少年の口が不自然に止まる。

 不審に思ったレグサスが空から地に注意を向けると、湿原植物の群生地帯から、緑地に赤の模様をした生き物が顔を出した。

 みゃあああぅ

 蛇だ。

 不思議な鳴き声をあげるその蛇は、大烏のように規格外に大きく、頭をもたげて進む高さは、レグサスの身長を余裕で頭ひとつ分超えている。

 しかし更に異様なのは胴から伸びるぷっくりした手。赤ん坊のように柔らかな小さな腕が胴から八本伸び、胴が動く度に握られた拳がふるふると震えている。

 レグサスがこれまで見たことのない──まさしく奇形種。


「レグサスさん……作戦変更です。地上のこいつをしばらくお任せできますか? 鳥の方はどうやら俺にロックオンしているようです。上から攻撃されるのは厄介なので、先に撃破してから下のヤツに集中したい」


 囁くような固い声に、レグサスは笑う。


「仕方ないから任される。けどあまり保たないと思うから、早めに頼む。ショウブも倒すことに固執するなよ。逃げてくれれば御の字だ。ついでに土だるま君も見つけておいてくれ」

「わかってます」


 少年は背を向け、離れていった。レグサスもまた、腕を持つ大蛇に対峙する。


「さて踏ん張り所だな。ここでおっ死んだらに嗤われちまうから、お手柔らかにお願いするぜ?」

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