12話 烏と戦闘と土だるま
レグサス達の考えた作戦は単純だった。大烏の最大の武器はその機動性にあり、いくら遠距離武器を持っていても、空から縦横無尽に攻撃されたら対処しづらい。
であれば空に逃げられないようにすればいい。
二人は大烏の巣の在り処、追い込む場所、身柄の拘束方法、狙う弱点等綿密に検討した。
目的の場所に追い込めなかった場合の第二候補場所は? 弱点攻撃が効かなかった場合の対策は? 万が一離ればなれになってしまった場合の落ち合う先は? 全ての可能性を網羅することはできないが、予定通り行くことなどまずないのだ。策は複数あった方が成功率が上がる。
あらかた固まった時には、辺りは既に夜の帳に包まれていた。
時間をあけず決行する案は挙がると同時に棄却された。急いては事を仕損じるし、何より人工の光の届かない森の暗闇は、人にとっても驚異なのだ。
黎明の空の青に、白と黒が軌跡を描く。
羽音も届かぬ離れた大地で、木陰に潜む二つの影は密やかにその跡を窺う。そしてこそりと動き出す。
レグサスは、大烏の巣ありと当たりをつけた大木がやっと見える位置に辿り着いた。彼の身長の優に五倍はある巨木は、堂々たる体躯を大地に根付かせ、荘厳な佇まいを見せている。
気配を消し様子を窺っていると、黒い小さな影が大木に近付き、そのままするすると登り始めた。
茂る枝葉の中に姿が見えなくなり、しばらく待つ。すると「うわっ」と小さな声があがり、次いで何やら衝突した音、枝の折れる音に続き、がたぴしと怪音をたてながら、ほうほうの体で少年が滑り落ちてきた。
「──っ」
かなりな勢いで尻から地面に落ちた少年は、痛みか衝撃からか地に手をついたまま起き上がらない。その頭上からは、幾枚もの緑葉が舞うように追いかけてくる。
遠方監視、サポートの役目を負うレグサスはそれでも様子見の姿勢を保っていたが、空に斑点を認めると同時に舌打ちをして飛び出した。時間切れだ。
「ショウブ来た! カラス迎撃作戦に切り替えるぞっ!」
レグサスはグローブに覆われた無事な手で少年の腕を引っ掴むと、すぐさま走り出した。
目指すは樹林密集地帯。大烏との距離はまだあるが、この視界の良い場所でこちらを見失うようなこともないだろう。目的の場所まで付かず離れずの距離を保てるのがベストだが。
「──!?」
耳に届いた羽音にレグサスが後方を確認する。マズイ。想定していたより近付かれている。レグサスが懐に手を伸ばす。
ダァ──────ン!
振り向き様に撃った礫は、まだ距離があったこともあり大烏の翼を掠めただけだ。しかし威嚇には充分だったらしく、大烏が一時宙に留まる。発砲とほぼ同時に再び走り出したレグサスが、その姿を顧みることはない。
「先行する! 気を付けろよっ!!」
怒鳴り付けて少年を追い越す。後方で風の唸り声がした気がするが、発砲音にやられた耳はあてにならず、何より振り返る暇などない。
一人走り続けると、周囲の陽の光が遠くなっていく。木の香が強くなり、間隔が狭くなる。
レグサスは密集した木々の細い隙間に滑り込むように体を入れ、地面に横たわる丸木を乗り越えると、反転し銃を構えた。
見える斑。狙いは正面。少年にあたる心配もない位置。
ダァンダァ────ン!
続け様に二発。一つは大烏の頭部を掠め、一つは翼を貫通した。暴れる大烏の喉から絞り出される奇声は、鳴り続ける耳鳴りのお陰で気にならない。少年の姿が木々の合間に消える。虹色の眼がレグサスに照準を合わせる。
スガガガッ!!
ダァ──────ン!
レグサスを狙い急降下した大烏が木々に進行を阻まれたと同時に発砲する。狙ったのは眉間だが、大烏が体を浮かせたせいで喉にあたる。
頭と翼と喉から血を流す大烏が、僅かにふらつきながら上空に身を翻す。ラスト一発。
グァッガ────ッ!!
濁った咆哮をあげた大烏が、翼を畳みレグサスに向けて急降下してくる。木々の隙間をうまい具合にすり抜けて、今までで一番早い速度でこちらを目掛けてくる。だが軌道は明白。
「ショウブッ!!」
叫ぶと同時に発砲。最後の一発は大烏の嘴に阻まれたが、一瞬その速度を緩めることに成功する。発砲の反動を利用してレグサスが後退する。そして。
大烏の上に、大量の丸木と石が降り注いだ。
砂埃が朦々と舞い上がる。こんもりと盛り上がった木と石の山から、カラリと小石が転がり落ちる。
呼吸が酷く荒い。滝のような汗が額と背中を流れ落ちる。
木陰から姿を見せた少年が、走り様に剣を抜いた。軽々と石山を登ると、そのままぴょんと跳び、僅かに覗く大烏の頭頂部に剣を突き刺した。
石がごろごろと崩れ落ちる。少年は体重をかけて、更に剣を奥深くめり込ませる。
レグサスはごくりと唾を飲み込むと、震える手で弾をこめなおした。その間に苦労して剣を引き抜いた少年は、振りかぶって更に一撃を加えた。血が迸り、少年の顔や腕を汚す。
大烏の沈黙を確信する頃には、少年の上半身は朱に染まっていた。
全てが終わってなお目を爛々と光らせ、巨大な体躯に跨がる様は一種異様であり、レグサスは声をかけるのにやや気力が必要となる。
「──おい!?」
だが彼が躊躇う内に、少年は大烏の死骸をあらため始めた。邪魔な石や木を退け、しゃがんで何やら検分していた少年は、一瞬眉を顰めると口を開いた。
「熱波」
脆くなった頭部側面にざくざくと剣を突き立てていく。何かが焦げる嫌な臭いとどこか食欲をそそる臭いが鼻を掠める。
「……何をやってるんだ?」
「戦利品です」
「は?」
「大烏討伐の達成条件が両目だったんで」
「あー。。。」
思い出し理解する。確かにランクミッション達成を常に頭に入れることは、ランクアップにも維持にも重要だ。収入源が他にないハンターならなおさら、自分の手柄ではない死体からでも貪欲に報酬対象を入手しないとやっていけないと言う。
レグサスは溜息をついた。
「いやまあ、姿勢としては正しいんだけどよ。俺ガンガン発砲しまくったし、変なの集まってくる前に土だるま君の元へ行った方がいいと思うぞ」
「はい……っもう、少しですからっ……!」
取れたという喜色の声があがるまでの間に、レグサスは再度深く溜息をついた。
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