10話 開示と話合いと土だるま
二人は辛うじて空に見える斑の姿を追った。だが途中で混乱するワームの群れに遭遇してしまい、冒頭に戻る。
大烏を見失った彼らは、一旦前日の野営場所まで戻り休息をとることにした。陽が落ち、闇が木々の間を忍び寄る。パチパチと燃える薪の赤が、少年の白い頬を染める。
「……怪我はないか?」
尋ねると、黒い瞳がこちらを向いた。
「ありません。レグサスさんこそ、大丈夫でしたか?」
「んーまぁ。利き手じゃないし大したことない」
レグサスはワームの固い外皮に腕をざっくりやられてしまっていた。だが縫うほどでもなく、既に処置済みのため問題ないだろうと自身で判断した。明日辺り少し腫れるかもしれないが。少年が笑う。
「でもレグサスさんが医療関係者だとは思いませんでした」
「いや医者でもなければ、正式な称号持ってる訳でもないから、医療関係者と言うのは違う」
「それだけ救護用品持ち歩いているのにですか?」
「時には治療もするから広義ではそういう捉え方するヤツもいるかもしれないけど、正確には違うな。大したことはできないよ。──それよりもショウブ、いくつか確認しておきたい」
レグサスの声音が変わったのに気付いたのか、少年が口を噤む。
「お互いの目的、戦力、装備を明確にしておきたい。君の今の第一目的は土だるま君の奪還、次が当初の目的であるマールの泉への到着、これで合っているか?」
少年が目を眇めた。こちらの意図を探っているのだろう。これまでの態度から進んで情報を開示するタイプではないと踏んでいたので、構わず続ける。
「ちなみに俺の第一目的はマールの泉を調査することではあるものの、それだけならそもそも君と同行する必要はなかったのは最初に言った通りだ。だからこうなった以上、君達と無事に目的を達成して戻ることを優先とする。んで、何が言いたいかって言うと、そろそろ信用してもらえないかなーと」
少年が胡乱げに片眉をあげる。この少年は感情がもろに表情にあらわれるからわかりやすい。レグサスは頭を掻くと、徐に懐から三〇センチ程の黒い塊を取り出した。
「先に俺の武器を見せておくのが筋だよな。俺の武器はこの小銃と短剣。短剣は人や小型奇形種相手ならともかく、大型相手には威力不足だろう。銃は当てるだけなら問題ないが、動いているものへの急所狙いとなると、正直微妙だ。腕の怪我もあるしな。とは言えども飛行種相手ならこちらがメインとなるだろう。
連続で撃てるのは五発。再装填には時間がかかるし、それ以上は当てにしないでくれ。あと発砲音もかなり大きいから、場合によっては大物を引き付ける懸念がある。最初の数発で仕留められようがそうでなかろうが、撃った後はあまり時間をおかず退却した方が無難だ。つまり──当初の通り、君が戦闘の主軸であることに変わりない。だけどサポートのためにも君の戦法を把握しておきたい」
「……」
レグサスは黒曜石のような瞳を見詰める。手札は場に出した。後は少年がどう判断するかだ。
しばらくすると少年はふっと肩の力を抜き、息を吐いた。
「レグサスさん、間怠っこしいです」
「ここでその返しかよ!? だって君秘匿主義だから俺が順を追ってこう、怪しくないぞーって」
「何ですかそれ。別に秘匿主義じゃないですよ。面倒なだけで」
「いやいや。命に関わる大事な局面で面倒がるのは良くないわ。ダメそれゼッタイ」
「別に何とかなるかなと思ってたんですよ──────風術」
「は?」
唐突に落とされた言葉に、レグサスは戸惑う。
「戦力になりそうなのは遠隔で風の刃をぶつける【
「ちょ、ちょい待て待て待て。え? フージュツ? 魔法の類? 不思議で魅力的な土だるま君を見ておきながら今更だけど、ショウブ君魔法使いなの??」
少年が鼻に皺を寄せ、自らの両膝に顎を乗せた。
「前にも聞きましたけど、その魔法って言うのは何ですか。俺はそんなもの知りません」
「いや確かに科学的解明がされていない、限られた生物に許されたトンデモ事象がそう呼ばれているだけだけど」
「科学的解明は知りませんけど、俺の生まれ故郷では風術を使えるのは普通のことです」
「はぁぁぁ!?」
レグサスが顔を天に向ける。魔法と呼ばれるものの存在は文献で知ってはいたものの、生まれてこの方実際にそれを使う者には(騙りと思われるものは除く)会ったことがない。ましてや風を飛ばしたり手も振れずに切り裂いたりする者や風術という言葉を口にする者には、一切お目にかかったことがない。いわんや土だるま君においてをやだ。あの稀有な至高の存在に過去出逢っていたら、今頃こんな所にいない。
「マジかぁ。これでもあちこち旅したつもりなんだが……やっぱ世の中は広いんだなー。俺も君の故郷行ってみたいよ」
少年はシニカルに笑う。
「レグサスさんなら調査に行きたいと思うんですかね。故郷も一年くらい前から黒の病の影響を受け始めましたよ」
「──一年前」
「一気に罹患者が増えたと言われる時期ですね。ちょうどその頃奇形種の襲撃を受け、かなりの被害が出た時でもあったんで、誰も俺の旅立ちを止めなかったんです」
ご両親は、と聞くのは憚られた。無事だとしてもそうでなかったとしても、子供一人を旅立たせるだけの事情があったのだろう。
「君の探し人ってのは?」
「ああ……」
少年が嘆息する。炎に彩られた緩い風がゆらりと周囲を踊る。
「家族って言うか、幼馴染です。一年前の襲撃から行方不明になってて。ああ、勘違いしないで下さい。襲撃後の無事は確認済です」
「理由と居場所に心当たりはあるのか?」
手掛かりもない状態で無闇矢鱈に探し回るタイプではないと思いながら聞く。
「襲撃に関わりのある奇形種関連か、あるいは──レグサスさんのように黒の病の調査をしている内に、迷子にでもなったのかも」
「迷子って君……何を根拠に?」
少年は肩を竦めた。
「実はよくわからないんで、適当です。襲撃を境に変わった点を追及するとそのくらいかなと。ところでこのことは一旦置いておいて、いくつか奇形種について伺ってもいいですか」
「ああ。話が逸れたなすまない」
「いえ。ザニザニの町の連盟窓口で俺は、推奨ランク未達を理由にここの情報開示を許否されたと理解しました。ただ今の所、強弱あれどもランクDを超える奇形種は現れていない。連盟窓口が拒否したのは別の理由だったのか、それともたまたま上位ランクに遭遇してないだけなのか、レグサスさんはわかりますか?」
レグサスは少年と二度目に会った街の光景を思い出す。そしてちらりと少年のマントから覗く黄色のシャツを見遣る。相も変わらず眩い。既に違和感を感じなくなっている自分の色彩感覚は、まだ大丈夫だろうか。
「恐らく前者だな。この辺りは以前はハンターでない人々も普通に行き来していたし、奇形種が増えた最近でもそこまで危険視されていないと聞く。ただ連盟の判断には現在のランクだけでなく、在級年数や討伐実績を加味される場合もある。
ショウブの若さでDってかなり異例だよな。実力を疑う訳ではないが、Dまではチームがうまいこと機能すれば実力が伴わなくても到達してしまうヤツもいるから、それを見越して連盟も細かく制限つけてると聞く。君の若さも相まってその辺の制限に引っ掛かったんじゃないか?」
ランクは下はFから上はA、果ては殿堂入りのSまであると言うが、実際の依頼で最も多いのはDを対象としたものだ。
よってハンターになれた者がまず目指すのはこのランクだが、ハンターになれたことで燃え尽きる者がFランクに、実力不足で壁にぶち当たった者がEランクに非常に多く滞留していると聞く。
少年のように十代でDランクは正直異常だ。だが全くいない訳ではないし、先程聞いた『風術』という遠隔攻撃があるのなら、近接武器の横行するハンターの中でも重宝されてチームも組みやすいし、ランクミッションを達成する確率も上がるだろう。
少年はしばし考える素振りを見せた後、頷いた。
「わかりました。では上位ランク推奨奇形種への遭遇はない前提で作戦を詰めます」
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