7話 病と目的と土だるま
○月▲日 晴れ時々曇
引続き樹林地帯。
奇形種三種八体に遭遇。
土だるまの力:土下一〇センチまで自力掘出し可能
可動部:頚部一八〇度回転確認
思考力:一般幼児と同等レベル以上
今日は折角なので、ショウブ少年と親交を深めることにした。
「君はどこの出身なんだ?」
昼間比較的距離を稼げたお陰で、事前情報にあった横穴に予定より早く到着できた。だから少しくらいいいだろうと野営準備をする傍ら少年に尋ねると、固い蔓で結ばれた小枝をばらしながら答えてくれた。
「何もなくて、あまり人には知られていないような、西方の田舎町です」
「いつから旅してるんだ?」
「まだ一年か……そんなにたってないですね」
「よく親が一人旅なんて許したな。旅の目的は土だるまの解呪だけか?」
少年の肩で蠢く土だるまをつついてちょっかいをかけると、二つの土塊の内上に乗る方だけがぐるりと回った。お。そんな動きもできるのか。
「人探しも兼ねてますから。他に探しに出れる人もいなかったんで、親も了承したんでしょう。──俺からも聞いていいですか?」
「なんだ?」
質問攻めに辟易しての言だろうとは思いながら促してやると、少年は土だるまを肩から掴み、放り寄越した。あっぶね! 取り落とす所だったわ。ってか今顔面狙わなかったか!?
「レグサスさんの旅の目的は何なんですか? マールの泉はメインの目的じゃないんですよね?」
「あー。。」
手の中で暴れる土だるまの頭部をもう片方の手で掴んでやると、土だるまの暴れっぷりが激化した。何だよ。接合部の強度と可動範囲を調べたいんだよ。大人しくしないと力加減がわからないだろ。あー
「黒の病を知ってるか?」
「……肌が黒くなるという、伝染病ですか?」
「ああ。初期はホルモンバランスの激変による情緒不安定から自覚するものが多く、局所腐蝕による肌の黒ずみが表れるのが特徴の病だ。放っておくと黒斑の数と面積が徐々に増え、やがて死に至ると言われている。外見上の変化があからさまなせいか、気狂いと化してしまう患者も多々いると言う」
「それが?」
結局土だるまの暴れっぷりに負けて手を離すと、見事な放物線を描いて土だるまが地面に降り立った。あー体に地面の土が付着したりしないのかも気になってるんだよな。
「俺の故郷も黒の病が流行した時期があったんだ。結局俺は罹患しなかったが、一部では大変な騒動になった。それ以来黒の病に興味を持つようになり、治療法の一環としてマールの泉のような自然の薬効も調査している」
現在、黒の病には明確な治療法がない。黒斑という目に見えてわかりやすい症状から導かれがちなのは、排斥、暴動。
故郷での始まりは下町に住む子供達だった。黒斑を持った子供達は、それを隠すことなく普段通りの生活を続けていた。気付いた大人達が慌てて隔離するも時既に遅く、下町の罹患率は徐々に上昇し、気付き排斥しようとする上町の住人と対立が始まった。
そして始まる混乱。役人を巻き込み、病への対処すら置き去りにした騒動は、結果的に上町の住人にも罹患者を増やす事態となり、国が派遣した部隊が到着する頃には、街の約三分の一が罹患していた。そして……。
「黒の病に興味あるなら、国の研究所に行けばいいんではないですか? それだけ規模が大きくなっているのなら、伝染病に認定されるでしょうし、国も調査しているんでしょう?」
「ん? ああ、そうだな。ただ国の研究施設なんぞおいそれと入れる所でもないし、何より施設に引籠ってちまちま研究するというのは性に合わないんだ」
「ふうん。利用できるものは利用した方がいい気がしますけど。じゃあ、あの……何でしたっけ? 黒の病の患者を救う会とか言う、えっと」
ぱちくりと瞬く。それをここで聞くとは思わなかった。
「黒援会のことか?」
「そう。確かそれです。興味あるなら、そっちに接触しようとは思わなかったんですか?」
黒援会。黒の病の患者の人権・尊厳を守り、自らの生き方を選択する権利を尊重することを信条に、独自の活動を行う団体。
国が黒の病の患者を療養施設に隔離・保護し、厳重監視する方針を取っているのに対し、伝染性の不確かさを理由に、患者の解放と自由を提唱している。
国が患者を保護するために救護隊を派遣すると、隔離保護を嫌がった患者が黒援会と雲隠れしていたというパターンは数知れず。必然的に国、騎士団、そして騎士団で構成される救護隊と黒援会は仲が悪く、対立関係にある。
国が独自団体による勝手な行動を責めれば、黒援会は伝染の形式や感染経路、治癒方法の明確化と公言を国に求める。両者が相容れることはなく、国民の意見も真っ二つに別れているのが現状だ。
「東部サナルガダルか。確かに行けば自由にさせてもらえそうではあるが……何となく気が進まないんだ。創設者のやり方とか、どうも合う気がしない」
「……どういう所が?」
「うーん。。黒援会は伝染性の不確かさを提唱している。確かにサナルガダルは、罹患者と非罹患者が共存しているにも関わらず、進行も拡大もほぼしてないと聞く。だけどそれは伝染の形式を明確にしている訳でも、伝染性がないことを示している訳でもない」
「そうなんですか?」
土だるまが地面に穴を掘るべく奮闘しているのを横目に眺める。あの上で焚き火をし、夜は火を消し熱を保持した地面の上で暖を取り眠るのだ。働く土だるま、マジエライ。自主的にここまで働いてくれる人形を手放しちまうなんて、勿体ないんじゃないかね?
「黒の病で今最も有力な伝染形式は飛沫感染と接触感染だ。風が強く、乾燥しがちな西部に発生率が高い傾向にあることも、その辺を後押ししている。対して温暖なサナルガダルで罹患率が高騰しないという事象だけでは、伝染性の否定として弱い。というか何の否定事象にもなっていない」
「単に環境のせいで罹患率が低いのではないかってことですか?」
「そうじゃなくて、伝染性を否定するなら罹患者が一切増えない状況を提示すべきだ。そもそも自然発症因子が不明なままでは、伝染とそれ以外の発症を分離できないから、意味がない」
「はあ。じゃあレグサスさんは、発症因子? 伝染経路? が何だと思ってるんですか?」
「さあ? 俺にはわからん」
土だるまの下に、かなり立派な穴がっできあがった。ショウブ少年の元に赴いた土だるまが足に頭突き、いや蹴りか?を喰らわしている。穴ができたから薪を組めと言いたいのだろう。そりゃいくら働き者でも、手足のない土だるまにはできんわな。……できないよな? できるならゼヒ見せて下さい。
「俺にはわからないが、黒援会の当主は何か情報を持っているんだろうと思う。でなければ共存生活であの罹患率はデータ的に確かにおかしい。同じような風土は各地にあるのに、その統計から明らかに乖離している。理屈にあわない。実際に病に関する重要情報を秘して好き勝手に行動し、端では国を責めてるんだったら、そりゃまあ腹に一物ありと思うだろ」
少年が手際よく薪を組み、ややおざなりな口調で応える。
「はあ。それの何が嫌なんですか?」
「俺は病の解析がしたいんであって、病を政治利用する輩に付き合いたい訳じゃない。そもそもナニ考えてるのかわからない野郎は信用できないし、何よりやり口が気に食わない」
「……」
「ショウブ、君はそう思わないか?」
少年の目の前で小さな火柱が上がる。どういう仕組みかわからないが、彼の興した炎は見た目こそ小さいが長時間燃え続け、身体を暖めてくれる。
焚き火がパチパチと音をたて、ひとときの間沈黙が降りる。作業を一つ終えて少年がついた息は、その中でやけに大きく響いた。
「お話はわかりました。──ところでレグサスさん、そろそろ口ばかりでなく働いてもらえますか?」
事件が起こったのは、その翌日だった。
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