3話 縁と細工と土だるま

『【週次】大烏討伐 クリア条件:両目 報酬:一五〇〇G 推奨ランク:D~』

『【週次】グレイギーの根採集 クリア条件:グレイギーの根 報酬:一〇〇g単位五〇〇G 推奨ランク:D~』

『護衛求む! 北北西洞窟の調査隊の護衛二名を募集。条件:D以上。面接有。 報酬:五〇〇〇G/日』

『マールの泉の水求む。報酬:一〇〇〇G/liter。先着順三literまで。』


 ここはハンター連盟ザニザニ支部の窓口。ハンター、依頼者、そしてハンターを夢見る少年や商機を見出だそうとする商人まで多種多様な人々が集まる場所だ。

 このハンターと切っても切れない関係にあるのが、奇形種と呼ばれる生物である。奇形種とは一般的な動植物とは異なる歪な姿形をし、いたって凶暴な性質を持つ、生態系を破壊するもの。

 例えば河原にいる微生物、これを食べる魚、更にそれを食べる動物、加えてこれらが住む森や大地がうまくバランスをとり安定している環境があったとする。これが得体の知れない造形をした種に急激に崩され、種の保存や人の生活をも脅かす危険性が見られた場合、この新たな種は奇形種と認識される。


 ある時、その脅威に怯えた民がとある領主に直訴した。息子が先日奇形種に襲われたばかりであった領主は、懇意にしている豪商に相談した。彼は言った。

『いいでしょう。奇形種に対抗しうる組織と仕組みを作ってみせましょう。但し私は商人です。慈善事業はできません。』

 こうして彼は奇形種を素材として、広く一様に誰でも取引できる店舗を設立した。これがハンター連盟の前身となる。


「なんだい細っこい兄ちゃん、ハンターかい? Fランミッションは今外にねぇから、窓口行けよ」

「ンなモヤシっこがハンターな訳ないだろ! 兄ちゃん、依頼なら俺が請けるぜ」

「おいおい! 抜け駆けやめろや! 兄ちゃん、俺はソイツよりキャリアなげぇぞ、どうだ?」

「Eから上がれねえのを威張ってんじゃねーぞテメェ!」


 たむろするハンターの野太い笑いと野卑た声を適当にあしらいながら、レグサスは壁際に掲示されたミッション一覧を見ていった。連盟の窓口は基本的に広く、随所に木製の椅子やテーブルが置かれ、大抵の場合依頼者待ちや手続き待ちのハンターが集まっている。そして大抵の場合人々の熱気が充満し、汗臭く騒がしい。


「街でまた妙な……だったら……おかしい。そうなると……ではないか」

「……をあげるために、大烏だ…………てない!」

「彼女のお母さん……だと……くんだ」

「うおおおおお! 俺はやる! やってやるぞー!!!」

「先日……であればもしかしたら……回復する……情報を……」

「……酒がぁ……ガンガンする……くれぇ」

「……の森に行ったランクDハンターが……だから報酬が……」


 喧騒の中から漏れ聞こえる会話を聞くともなしに聞きながら、周囲を見渡す。仲間と計画を練っている者、深刻な顔をしている者、何やら叫んでいる者、二日酔いらしい者と雑多な光景が広がっている。

 その時ふと目の端に引っかかったものが気になり、窓口に顔を向けた。ザニザニ支部窓口に立つ枯草色の後姿が見える。


「ですからランクは先程提示した通りですが、ログで実績も見られたでしょう。その辺りを加味した上で情報をいただけませんかと言っているんです」


 根気強く言い募るのは、まだ成人に満たないであろう少年だ。腰の長剣とその言動から、ハンターであると推察される。対する窓口の女性は、光沢のある受付台から微動だにせず、先程から伝えているであろう言葉を淡々と述べていた。


「申し訳ありませんが、現状の貴方様の実績等を考慮に入れたとしても、ご所望の情報はございません。ランクに関わらず受託可能な共通ミッションは壁に掲示されておりますので、そちらもあわせてご確認ください」

「しかし先程から伺っている限り、貴女はこちらの知りたい情報をお持ちだと見受けられます。ランク超過のミッションは受けませんので、可能な範囲でその情報の一部、もしくはそれを得るための条件だけでも伺いたいんです……!」 

「申し訳ありませんが、ご提示できる情報はございません」

「────っ」


 少年の様子に苛立ちが混じる。女性の応対は変わらず冷静だが、少年の声は少しずつ大きくなってきている。今の所喧騒に紛れ衆目を集める程ではないが、このまま噛み付き続ければ周囲の荒くれ者、もとい好戦的なハンター達を刺激することは必至だろう。レグサスは助け舟を出すことにした。


「窓口のお姉さんを困らせちゃいけないな。規定外のミッション情報を流して、何かあったりしたら責任問題だろ?」


 振り向いた少年は、驚いた様子で目を見開いた。見覚えのある黒髪の少年にレグサスは笑む。


「例え君が素晴らしい力や実績を持っていたとしても、連盟は推奨ランクや要件を無視して情報を流すことをしない。その結果がどのような事態を引き起こすかよくわかっているからね」

「……」


 少年は僅かに顔を顰め、脇に抱えている布の荷袋を掴み直した。


「ちなみにどんな情報を知りたがっているんだ? 俺もそれなりに出歩いているし、知っている範囲内であれば教えてやるよ」

「……」

「それとも人には言えないような内容か?」

「──解呪、無効化。これらに連なるような効果のあるアイテム、もしくは場所に関する情報を知りたいんです」

「解呪? 呪いの類か?」


 不本意そうではあるものの、素直に返ってきた言葉にレグサスは片眉をあげる。その手の類が存在することは知っているものの、お目にかかったことはない。


「はい。呪いに限定する必要はありませんが、固定された力を解除するような何かがあれば──と思ったのですが、ここにいてもその情報は得られないようですね。であれば仕方ありませんご助言ありがとうございます失礼します」

「早っ! 待て待て待てっ!」

「待ちません。さようなら」

「ちょ、ちょっとちょっと待ち。ちょい待ち! 逃げるなって」

「イヤです来ないで下さい」

「あっ! またそれ! ヤメテ傷つくっ!」


 素早く立ち去ろうとする少年の荷物を咄嗟に掴む。少年の眼光が鋭くなる。ついでに先程から窓口の女性の視線が痛い。


「落ち着け。心当たりがないとは言ってない。そんなに急くな」


 無言で立ち止まった少年に、レグサスは溜息をつく。どうも避けられている気がしてならない。最初の印象がそれほど悪かったのか。いや悪かったんだろうな、とレグサスは居住まいを正し、少年を怖がらせないよう真正面から目を見て話し始めた。


「とりあえず話を聞け。大丈夫、何もしない──ってこの言い方もアレだな。いやホント俺なんでこんなこと言ってんだろ。。。」


 溜息をついて傷心に疼く気持ちを切り替える。


「先に言っておくが、俺は呪いや魔法の類に詳しくない。だがとりあえずそれは、場や物に何らかの力が加わって発生するものであって、自然発生するものではないと認識している。また継続的に力が加えられない限り、自然とその効果は消耗し、やがて消失するものだ。ここまではいいか?」


 少年は片眉を上げたが、否定も立ち去る気配もないので構わず続ける。


「これらの効果や影響が継続するとは、未だ定期的に力が加えらているということであり、それを止めたいのであれば、力の大元をどうにかするか、もしくは力の流れる道程や仕組みを壊してしまうしかない。君の求める物は後者だろう。であれば──」


 レグサスは壁に掲示された一つを拳で軽く叩いた。

『マールの泉の水求む。報酬:一〇〇〇G/liter。先着順三literまで。』


「これを試してみるのがいい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る