4話 細工と旅立ちと土だるま

「マールの泉は、回復の泉とも呼ばれる。そんなに胡散臭そうな顔するなよ。別に骨折が一瞬で治るとかそこまで高い効果がある訳じゃない。飲むと体力が回復する、病も快方に向かうという世評があるくらいだ。でもそれは、言い換えると自然な形に近づける、という意味にも捉えられる。

 先程も述べた通り、力を継続的に加えるような仕組みは自然とは言えないだろう。どちらかと言えばかなり力技で不自然だと想定する。であれば自然に戻すと言われる泉の水も何らかの効果があるんじゃないか」


 いつまでも窓口付近に居座る訳にはいかないので、二人は入口付近のテーブル席についていた。と言っても座ったのはレグサス一人だけで、少年は佇んだまま聞いた話を吟味している様子だ。

 レグサスは改めて少年を見た。やはり最初の印象通り十代半ばか、下手すると前半だろう。若いのに落ち着いている。そしてマントの隙間から先程ちらっと見えたシャツが、相変わらず目に痛い素晴らしい色彩をしていた。以前は見間違いかとも思ったのだが、あのシャツは少年の趣味なのだろうか。


「ちなみに先程の依頼も恐らくその辺の効能を求めてのことだと思う。他に考えられる理由が、少なくとも俺には見当たらない」


 補足してやると、少年は視線を上げて頷いた。


「わかりました。ありがとうございます。戻り検討してみますので失礼します」


 予想以上の素早さで身を翻し、止める間もなく扉から出ていく。驚きはしたものの、あからさまな態度から予想できていた反応だったので、今更レグサスも追わない。入口付近の位置取りも、最初から即逃亡するためだろう。


「……わかりやすい所はやっぱ子供だな。今日は土だるま君はお留守番なのかね。会いたかったなー」


 土色の丸いフォルムを脳裡に浮かべ、自らの上着のポケットを指で叩き返ってきた硬質な反応に、レグサスはうっすらと笑った。






 翌朝。レグサスは再びハンター連盟ザニザニ支部前に訪れていた。連盟窓口はまだ開いていないため、入口に近い壁に背をつけ、通りを眺め待つことにする。

 まだ薄暗い早朝ということで、人通りは疎らだ。砂避けのストールに口許を埋め急ぎ足で隣街に向かう者、灰色の石畳に目を落とし、淡々と仕事への道程を進む者、がたがたと揺れる手押し台車の上に何十個も荷物を重ね、均衡と不安定を見事に調和させながら荷を運ぶ者と、独特な静寂と騒がしさの同居した空気がそこにある。


 レグサスもまた旅支度を整えていた。常に身に付けている二の腕まで覆うグローブ、口当て、加えて上から生成り色のマントを羽織り、吹きすさぶ砂塵から身を守る様相だ。今日は少し風が強いため、道行く人々にも似たような格好の者が多い。

 こちらへ向かってくる枯草色を認め、レグサスは口の端を上げた。相手も気付いていたのだろう。驚く様子は見せず、ただ鋭い眼光で見返してくる。色々と物怖じしない子だと軽く感心する。


「よ。昨日ぶり。連盟に用事ならまだ開いてないみたいだぞ。それとも別の用事か?」

「……」


 今までのやり取りで警戒心が強いタイプだろうと踏んでいたので、無言も想定通りだ。レグサスは早々に手札を切ることに決め、懐から硬質な薄型の板を取り出して見せた。


「年長者から一つ助言しよう。ハンター証は例え窓口に提示する時でも首から外さない方が無難だ。仕舞うにしても、上着や服のポケットに入れるのは避けた方がいい。落としたり、不埒な輩に奪われるリスクが上がるからな」


 少年が手を出さないので「いらないのかい」と聞いてみると、レグサスを睨み付ける目付きがますます鋭くなり、凶悪と言っても良い容貌となった。強めの風が二人の間を吹き抜け、少年の左肩に背負う荷袋ががさりと音をたてる。レグサスはハンター証を振り子のように揺らして溜め息をついた。


「悪かったよ。話がしたいのに毎度脱兎の如く逃亡されるから、意地悪をしたくなったんだ。拾得者の権利なんか主張せず、拾得物は遺失者に返すさ」

「……話がそれだけなら、さっさと返して頂けますか」


 やっと口を開いた少年に薄く笑い、ハンター証を持ち直した。白の盤面に記載された数字と文字の羅列を見遣る。


「マールの泉に向かうなら、手前の樹林地帯を通り抜けることが必要だ。昨日はああ言ってみたものの、流石に気になってさ。まあ問題外のランクという訳じゃなくて良かったけど」

「ランク超過の情報を流したのかと、今更怖じ気付いたんですか」

「んや。互恵関係約定の提案」

「はっ?」


 胡乱気な視線に肩を竦め、レグサスは続けた。


「俺もマールの泉に用がある。同行させてほしい。期日は泉の水を入手して連盟にコンプリート報告するまで。個人事情だからミッション報酬はいらない。ただ一人だと何かと不安だから同行者が欲しいんだ」

「……」

「ちなみにそれなりに旅慣れてるから野営準備もあるし、Dランク奇形種までならぎり無傷で逃げ切れると思う」


 二人の間をしばし沈黙が流れる。陽が昇り、温かい光が辺りを照らし街が目覚め始める。それをああ綺麗だなと呑気に眺めていると、少年がやっと口を開いた。


「……何故俺に同行を求めるんですか?」


 まあそうくるよな、と思いながらレグサスは答える。


「保険と老婆心、かな。俺一人でも行って帰ってこれると思うけど、そこまでして行かなきゃならない強い目的がある訳じゃない。だったら敢えてリスクを冒して行くまでもないんだけど、Dランクハンターの同行に若者のサポートという目的が加味されるならありかなと。それと──」


 少年の目を正面から見詰めたまま、レグサスは笑って指差した。指し示したのは少年の背後、背負う荷袋の中にあるはずのモノ。


「君のお友達とも仲良くなりたいなと思ってる。いるんだろ? 勿論あちこちに吹聴したりしない。ただ紹介してもらえたら嬉しいかな。あ。俺はレグサス。もし了承してもらえるなら、短い間とは言え旅の連れとなる相手の名前くらい知っておきたいと思うんだけど、どうだい?」

「……」


 レグサスの左手に握られたハンター証と、その先にある笑顔を見た少年は、しばらくして軽い溜息をついた。


「──菖蒲。ショウブですレグサスさん」


 レグサスの手からハンター証が奪われた瞬間、手と手が当たりぱしりと音を立てた。それが了承の合図となった。

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