掌編習作シリーズ

衣谷一

カツ丼が食いたい。

ああ、カツ丼が食べたい。


 どこからともなく集まってくる老若男女を眺めながら彼は口にする。


 そこら中に備え付けたある監視カメラから送られてくる映像に写っているのは、待合所に押し込まれた人々。何も知らない人なのか、あるいは自分の命さえいとわないジャンキーな連中か、それとも立ち向かわざるをえない悲しい境遇にあるのか。


 いずれにしても、愚か者たちだ。彼は当事者の事情なんて知らない、想像するだけ、それでも自身の判断は正しいと揺るがない。


 何十回、何百回も見た姿だから。


 ふいに監視カメラの映像が暗転した。さあ、仕事の時間だ。




 彼の仕事部屋が再び明るくなると、モニタに映し出される映像は一変する。人工的な待合室から一転、様々な景色が一面に広がる。


 あるモニタには港。


 あるモニタには森の中。


 あるモニタにはぼろぼろなソファが置かれた部屋。


 橋。


 道路。


 ガラスの割れたSUV……


 とまあ、街の監視カメラのような。具体的にカメラの先がどこなのか、近い場所なのか遠い場所なのか、彼は知らなかった。待合所から一転、どこぞの街を眺める彼、始めたばかりの頃の違和感は等の昔に捨ててきた。


 どこなのかわからないものの、映し出された先が島であることだけ、彼は知っている。そう、そろそろ、だ。


 映像が再開されて少ししてから、壁一面を使ったモニタに電源が入った。少しの間の後に表示されるのは島。点在する点の数は五十。地図と左上に点の数が表示されている。


 これが、彼がそれが島だと知っている理由だった。


 点はそれぞれがバラバラにうごめく。ある点が重なり合えばいくつかの点が消えてゆく。監視カメラからは銃声が届けられる。一つ残った点が、別の方へ向かって進み始める。


 どこかの金持ちが始めた道楽、サバイバルの殺し合い。彼は金持ちたちを『喜ばせる』ための仕事をしているのだ。




 アラーム音が鳴る。彼は島を眺めつつゲームのコントローラを手にした。アナログスティックを動かせば島の中に十字のカーソルが現れる。十字のそばには『5』の数字。


 スティックを動かした方向に十字が動く。


 コントローラの動きを確かめた彼は島全体を眺める。狙うのはほどよい密度のエリアだ。なんの密度だって? もちろん、点の密度である。


 右下のエリアに十字を動かしてボタンを押した。監視カメラの方から轟音が響くのと同時に、島にはバツ印とカウントダウンが表示される。残り時間は五分。


 点は、五分以内に、ミサイルの爆破範囲から逃げなければならない。だからこそ程よい密度である必要があるのだ。密度が高すぎれば点同士の戦いのせいで着弾する前にミサイルの餌食がいなくなってしまう。密度が低すぎればミサイルの面白みがない。


 このミサイル発射が金持ち連中のお気に召さないと、彼が爆破されてしまう。


 ミサイルは残り四発。


 バトルロイヤルを繰り広げる愚か者を混乱させるため、どこかから感染しているであろう金持ちを楽しませるため、彼には四発の駒しかない。




 そういえば、この戦闘で最後まで残った一人に与えられるのが冷凍食品のカツ丼らしい。しにものぐるいで戦った先にあるものが冷凍食品というのは、あまりにも残酷なような気がするが、どうもそれが極上のものらしい。


 仕事の都合、最後の一人がその場でカツ丼を食っている光景を眺めることはあるが、その姿のなんと幸せそうなことか。血にまみれ、体中に怪我を刻んだ狂人が食べるカツ丼。冷凍食品だと知っていても、とてもうまそうに見えてしまう。


 五発のミサイルで参加者全員を倒したら、カツ丼を食べる栄誉をもらえるだろうか。


 いいや、金持ち連中が楽しくないと言って爆破されてしまうに違いない。


 ああでも、あのカツ丼は食べてみたいものである。


 やってはならないことを考えつつも、もしものことを考えている彼のニヤニヤは止まらなかった。


 そうして、次のミサイルの照準を合わせ始めるのである。


 全滅……はしない程度の、程々のところに。


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