最終話

 欠陥品には、分からない。


 どうして全ての人間が同じペースでいけると思っているのか。息切れしている人間に見向きもしないのか。


 手を引っ張ったり背中を押したりせず、ただ嗤って遅いペースの人間を見下しているのか。


 助けて欲しかった。


 待ってくれるだけで良かった。


 だけど、現実は優しくなかった。


 だから、幻想を求めてしまった。


 ヒュゥウと、冷たい風が僕の髪を揺らした。目の前には見慣れた建物がそびえ立つ。記憶と寸分違わないはずのその建物は、どこか不気味さを放っていた。


 僕は深呼吸を一つして、その建物ーー僕が今通う高校の敷地に足を踏み込んだ。


『ここが高校かぁ。中学校よりも広いんだねー』


「……そうだね」


 後ろからはミライちゃんが付いてきている。僕は校舎の中を歩き、今の自分のクラスに足を運んだ。


 誰もいない廊下に足音が響く。僕の呼吸も、それと同時に荒くなっている気がした。

 中学校を訪れた時とは違う、僕だけに課せられた枷が首を絞めているみたいで。


 ……大丈夫、毎日通っている高校じゃないか。


 そうやって自分を鼓舞するが、肺はどんどん苦しくなる。まるで進めば進むほど鋼鉄の鎖に締め付けられるようだ。


 ……苦しいな。


 それから数分も経たないで、僕は教室の目の前に立った。ゴクリと生唾を飲む。トラウマ、なんて呼べないけれど、僕の中には間違いなく教室への苦手意識はあった。


 半日中、その部屋に監禁されているようなものだ。加えて嘲笑と劣等感。拷問と言わずして何というのか。


「……僕って奴は、本当にどうしようもないらしい」


 分かっている。この扉を開けなければ、僕は次のステージに進めないのだと。世界から抜け出す鍵を取得できないのだと。今の僕には、鍵を手にする権利すらない。


 だけど、扉を開けようとする僕を拒む僕がいた。この扉の先には、地獄が待っているという予感している僕が、先に進みたいと思う僕の邪魔をする。


 否、そんな風に格好良く自分の状況を説明しているが、それは幻想だ。

 単に僕は、僕の意志で、僕を守りたいから、僕が嫌がる、扉を開けるという行為をしないのだ。


 そんな僕に好意を持つほど僕は優れた人間じゃない。


 僕は、僕はこのままじゃ……


『ーー焦らなくていいよ』


 これまで黙っていたミライちゃんはそう言うと、固まった僕を後ろから抱き締めてきた。肌を通して伝わる温もり。ふわりと漂う女の子の匂い。

 そして、暗夜を照らす光のような安心感。段々と、胸の苦しみが和らいでいく。


『大丈夫。君なら、絶対に大丈夫。君には乗り越える力があるよ。だから自信を持って』


「…………」


 乗り越える力がある。ミライちゃんはそう言ったが、実際はどうなのだろうか。僕は一体、何をしたいんだろうか。

 僕は自分に問い掛ける。


 ーーどうして過去から目を背ける?


 見たくないんだ。何も思い出したくない。


 ーー何を見たくない? 僕は、どうして思い出したくないんだ?


 過去と向き合えば僕の醜さを見てしまう。僕は、痛みと恐怖を思い出してしまう。


 ーーそれが僕が、僕のことを嫌いな理由かい?


 これが、僕が僕のことを嫌いな理由の一つだよ。


 ーー自分が特別だとは思わないのか?


 幻想だね。呆れるよ。


 ーー全く才能はないって、認めるなんて。


 それが現実だよ。真実だ。


 ーーまぁ、言いたいことは分かるけど。


 嘘だな。僕は僕ですら理解できない。


 ーー孤独は楽しいかな?


 嫌いじゃないね。


 ーーでも好きではない。僕は肯定も否定もしない。


 ふん。分かってるくせに。


 ーー分からないさ。僕だからな。


 そうらしいね。僕だから。


 ーー結局のところ、僕は。


 結局のところ、僕は。


「僕の全てが、嫌いなんだ……」


 勉強ができない僕。


 意思疎通ができない僕。


 主張ができない僕。


 感情表現ができない僕。


 環境に適応できない僕。


 全てに理解できない僕。


 僕が理解できない僕。


 僕は、僕ですら好きになれない。


 僕には、嫌うことしかできない。


 そんな僕のことが、僕は一番嫌いなのだ。


「うん。そうだよな。僕は嫌いだ。過去が嫌いなんだ。見たくないんだよ。……だけど、見なくちゃ先は見えない。過去を見ないと、僕は未来も見えないんだ」


 パンッパンッ! と頰を両手で強めに叩く。僕は俯いていた顔を上げて前を見た。決心した。過去と決別する決心を。


 別にミライちゃんに抱き締められてから心境の変化が起きたとか、そんなことは全くない。

 ただ、僕は落ち着いた。冷静になった。少なくとも、今から向き合う過去の出来事を痛ましい黒歴史だと評するくらいには。


「そこまで、苦しくないな」


『……大丈夫?』


「うん。鎖が緩くなった感じ。楽になったよ」


『無理しなくても、いいんだよ』


「無理? してないよ、それなら」


 これから僕は、僕の過去を振り返るだけ。人生のハイライト。

 いや、ローライトかな?

 最も濁って暗い部分。

 なんてことない、僕の過去。


 ミライちゃんに離してもらった僕はもう一度教室のドアの前に立つ。相変わらず息苦しさはあったけど、自分でも呆気ないくらいにドアに手を掛けることができた。


 僕は深呼吸を一つして、教室のドアを勢いよく横に引いた。


「変わらないな」


 そこには、惨状が広がっていた。荒らされた教室と多量の血液が床に壁にとぶちまけられていた。机の大半は転がったり脚が曲がっていたりしている。


 無事な窓ガラスは一つもない。カーテンはズタズタに切り裂かれているし、黒板には何かを打ち付けたような凹みと罅が無数にあった。


 僕は特に意味もなく頭を掻きながら教室へと足を踏み入れる。床に溜まった血溜まりは経年劣化、もとい乾燥というやつを知らないそうで踏むたびにピチャリと生々しく水音を出した。


 気分が悪くなることはなかった。むしろ、頭が冴えてきた。冷めてきた。過去の僕と今の僕で大きな断裂が生じたように。僕は、この教室を冷静に見渡すことができた。


「これが僕の過去だよ。この惨状こそが、僕の過去だ」


『…………』


 ミライちゃんは何も言わずに僕の方をジッと見ていた。だから僕はソッと目を逸らした。穢れた僕を覗き込まれているようで、軽蔑されている気がしたから。


 どうしてこんなにも荒々しい教室があるのかを簡単に説明しようとすれば、とても簡単に説明できる。たった一言で僕は説明できる。


 僕は、まるで自分の成したことを好きな女の子に自慢するように、自己陶酔しながらミライちゃんに言った。


「僕がやった」


 それだけだ。それだけのことだ。なんてことない結末。有り触れた物語。僕が僕の意志で為したのは、教室の破壊と自殺の試みだったという話なのだ。


 破壊衝動に身を任せ、持ちうる暴力を全てに振るい、自身が傷付こうと気にも止めず、暴れに暴れた、狂戦士バーサーカー


 幻想を求めた少年に残ったのは、消えない傷と自己嫌悪だった。僕は、僕が振るった僕自身への暴力をトラウマにしていたのだ。


 だから、僕は僕が嫌いだ。こんなにも醜く凶暴な僕のことが。こんなにも脆く繊細な僕のことが。

 自分の醜さと向き合いたくない。だから、僕は思い出したくもないこの記憶をトラウマとして封印した。


 この事件ともいえないような事柄がたった今、ミライちゃんに露見した。それだけである。


「二リットル。これ何の数字だと思う?」


『……この時に失った血液の量』


「その通り。そして僕の血液量の半分に当たる数字。僕は間違いなく、この教室でむざむざ無残に死ぬはずだった」


 そう。

 僕はここで、死ぬべきだった。

 死んだ方が、良かったはずなのに。


「だけど、生き残った。生きてしまった。僕は、死ねなかった。簡単に死ねるなんて、幻想だった」


 生きるのは苦しかった。辛かった。だから死のうとした。生きるのは苦しい。だから、死は楽だと思った。


 それは幻想だった。死を求めるのも、苦しかった。辛かった。僕はひたすら苦しみに耐えて、死の瞬間を待ち望んだ。


 結果。


 僕は、苦しんだだけだった。


 僕は嗤う。僕に対して嘲笑う。愚かしい。愚かしいにもほどがあるだろうと。

 愚直とはよく言うが、結局のところ愚直に幻想を追い求めた僕は愚の骨頂だったというわけだ。


 とはいえ、僕が退院してから周囲の目は変わった。不良グループは僕に絡んでくることはなかったし、教師も僕に厳しく言うことはなかった。クラスメイトだって僕が通れば道を開けるし、誰からも話し掛けられることはない。


 あれだけをしでかした僕がお咎めなしだったのも、学校が世間体を気にしたからだろう。あるいは僕を虐めていた不良グループの誰かが権力者の子供だったか。


 たとえそれらが真実であろうとなかろうと、僕は結局「幻想だな」と切り捨てる。僕はそういう人間だから。


「だから僕は諦めた。生きることも、死ぬことも。過去を克服することも、未来を望むことも」


 フッと僕は笑う。


「僕は今、生きている。明日には死ぬかもしれない。今日かもしれない。それでも、僕はいい。僕は幸せを望まない」


 フフッと僕は嗤う。


「僕は僕を傷付けた罪を、僕の死をもって償えるなら、僕の命は今日限りでいい」


『なら、どうして……どうして、泣いているの?』


「えっ?」


 僕は耳を疑った。そんなことない、とミライちゃんに反論しようとして、気付く。視界が朧げで目頭は熱く、どうしようもなく抑えきれないナニカが目から溢れ出しているのを。


「違う」


 僕は思わずそう口に出した。だけど涙は止まらない。抑えようとすればするほど、大粒の涙が溢れてくる。


 違うんだ。この涙も、嗚咽も、悲しみも、苦しみも、そんなものは僕は持っていない。


 捨てたんだ。この教室で、この時に、僕はそれを捨てたんだ。


「ぼ、僕は許されるべきじゃないんだ。僕はもう、何もできない。僕を救うことも、僕を許すこともできない」


『違うよ。それは違う。君は許されてもいいし、許してもいい。君が君を許さないのは、君の命を軽々しく扱ってないからだよ。君は……うん。誇っていい』


「…………」


『今、君は君のことが嫌いかもしれないけど、君はきっといつか君のことが好きになれる。そして君のことを好きになってくれる人も現れる。君は、君を肯定していいんだよ』


 ミライちゃんは、そう言った。そう言って僕の目を見つめていた。


「ーーごめんなさい」


 無意識の内に、僕は謝っていた。言葉が溢れていた。誰かに謝っていた。誰に謝ったのか、僕自身にも分からない。僕なのか、ミライちゃんなのか。


 はたまたここに居ない誰かなのか。もしかしたら僕は、世界に対して謝っていたのかもしれない。


 そんな幻想を言い訳にする僕に、謝ったのかもしれないけれど。


「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなざい、ごめんなざい……」


 子供のように、泣きながら何度も繰り返し謝っていた。血塗れの床に膝をついて、僕は啼泣しながら謝っていた。


 そんな僕を、ミライちゃんは優しく抱擁してゆっくりと頭を撫でてくれる。それはまるで子供の罪を許す母親のようで。僕はひたすらにミライちゃんに縋り付いて泣きじゃくっていた。


 ▽


 色々とあったが、こうして僕は無事に過去を振り返った。僕の、僕という欠陥品であるけれど、やはり一人の人間を殺そうとした罪は、僕自身許したかどうかは分からない。


 結局のところ、許されると思うことも幻想に過ぎないのかもしれないけれど。


『少しは、落ち着いたかな?』


「……ごめん」


 そして、僕は今。


 ミライちゃんに膝枕をしてもらっていた。


『まったくだよ、本当に〜。ご褒美ってこと、忘れないでよー。特別だよ、君が最期に頑張ったから』


「ミライさん。最後の漢字が間違ってます。そっちだと怖いです。僕、死んでます」


 ミライちゃんの中で僕は名誉ある死でも遂げたのだろうか。


『ふふん、突っ込みの気力が戻ったねー。そろそろ帰れそう〜?』


「……うん。ありがとう」


 本当は名残惜しかったけれど、これ以上は我が儘言えなかった。散々醜態を晒した挙句、(見た目から判断して)年下の女の子に泣きつきながらヨシヨシしてもらう高校生。


 たまったもんじゃない。


「さてと……しかし、まあ、帰ろうか」


『そうだねー。君はもう、クリアしちゃったからさー』


 良かったね。


 ミライちゃんはそう付け加えて教室を出た。今更ながら、こんな教室の中で泣き喚いて膝枕してもらってたんだなぁと思うと自分の神経の図太さというか鈍感さに少し呆れてしまった。


 けれど、まあ、まだ僕は自分に飽きていないから、それもいいだろう。


 僕達は颯爽というにはそこまで爽やかではなかったけれど、高校を後にした。僕は、過去を後にした。


 向かう先は僕もミライちゃんも言わなかった。けれど、二人の爪先が向く方向は一緒だった。僕もミライちゃんも一言も交わすことなく、目的の場所に辿り着いた。


 こんな結末でいいのかと、若干、少々、僅かながら自分の物語に不満を持ちながら僕はその建物ーー自宅を見上げる。玄関のドアに鍵はかかっていなかった。


 僕とミライちゃんは家に入ると、階段を登ってある部屋の前に立つ。当然、その部屋は僕の部屋だ。


『ここが最終ゴールだよー。といっても、君はもう気付いているんじゃないかなー』


「……そうかな。こんなにもあっさり終わってしまうのは、僕の人生がそれほど波瀾万丈じゃない証明にもなりそうな気がして少しつまらないところなんだけど」


 つまらない、とはまあ、少し言い過ぎたかなとは思う。詰まるところ、僕は帰る権利を手にしたらしかった。


 僕は、このゲームのようでゲームでない、とはいえ現実でも、まして幻想でもないこの世界から脱出することができるようになったらしい。


『君が呼ばれた理由は分かった?』


「分からない。分かったのは、この世界の真の目的。それは、“プレイヤーに過去と向き合わせる”こと。現実にあってこの世界にはないものなんて、どうでも良かったんだ」


 そう。それはただの方便。プレイヤーをそこから動かすための、動機付け。つまりこの世界は、プレイヤーに過去を克服してもらうために作られたものだと、僕は予想した。


『そうだよー。それが正解。でも、現実世界にあってこの世界にないものはある。たくさんある。その内の一つを、君は既に理解しているでしょ〜?』


 ミライちゃんは可愛らしく首を傾げながら僕に問い掛けた。

 僕は小さく頷くと、その解答例を告げる。陳腐で使い古された解答を、僕はうそぶく。


「この世界にないもの。それはーー僕の未来だ」


 ありふれた解答を告げた後、パチパチと乾いた拍手が鳴った。当然音源はミライちゃん。彼女は僕の解答に満足したらしい。その顔は、本当に嬉しそうな表情だった。


『うん。うんうん。君なら、クリアしてくれると思ったよー。君はこんなつまらない結末だと言ったけど、それはそれでありなんじゃないかな〜?』


 そうだろうか? 僕はミライちゃんに背を向ける。そして自室のドアの正面に立ち、ドアの取っ手に手を掛けた。


「僕は、それを正解だとは思わない。ミライちゃんと過ごした時間にだって、きっと未来はあるだろうから。ーーだけど、僕は行くよ。いや、だからかな。だから僕は探しに行く。幻想世界にしかないものを探しに行ってくる。もし僕がそれを見つけたら……また、君に会いに行くよ」


『うん。待ってる。君の幸せを願いながら、待ってるよ』


 僕は笑った。ミライちゃんもまた、笑っていたのだろう。彼女の笑い声を背中で聴きながら、僕は自室のドアを開けた。


 ドアを開けるとそこから光が溢れ出し、僕は白い世界に抱擁された。そうして、僕の意識は溶暗フェードアウトしたのだった。


 ▽


 こうして、僕の不思議な体験は終わった。物語は終わった。


 ドアを開けた僕は、単純に目を覚ましただけだった。E・VRゴーグルを外した僕が時間を確認すると、そこには午前六時を指す時計の針が目に入った。


 不思議な世界に入っていたのか、それともただの幻想だったのか。残念ながら僕にはそれを確認する方法がなかった。


 ただ、『オブソリート・クロックワークス』でログアウト不可の時間帯があったのは事実らしい。運営会社は早急に調査を開始し、一時的なサーバーの不具合が原因だと発表して謝罪した。


 そしてプレイヤー全員に『ゲーム内通貨五万円分』を配布した。加えて、ショップで限定格安商品も。


 その日、『古時計』ショップはオイル・ショック並みにプレイヤーが殺到したらしい。


 そうして、この騒動というか、事件ともいえない事柄は幕を閉じた。僕の日常も、相変わらずのまま回っている。


 その騒動から三日後、僕の元に小さな小箱が届けられた。それはティッシュ箱程度の大きさ。


 もしかしたらただ綺麗な紙に包装されたティッシュ箱かもしれない。そんなことを考えながら僕はその包装を解いて箱を開けた。


「ん? 眼鏡と、リストバンド?」


 中に入っていたのはメタリックブルーの眼鏡と、幅二センチ程度のペラペラなリストバンドだった。


 送り主は見覚えがあるけれど思い出せない会社で、僕は不審に思いながらも好奇心に負けてそれらを装着したのだった。


 眼鏡を掛けた瞬間、ピピッと何やら電子音が響き、次にはパシャッ! とフラッシュが焚かれた。当然、眼鏡のレンズからである。僕の目はあっさりとやられてしまった。


「んぎゃぁああああっ!?」


 目を抑えてのたうち回る僕。幸運にも視力は直ぐに治ったのだが、数分間は真っ暗闇でゾンビのごとく部屋の中を彷徨っていた。


 騙されたのか、と僕はムスッとした表情でリストバンドを着ける。リストバンドはカチッ! と音が鳴った後、僕の腕を締め付けるでもなくフィットした。それはもう、元々僕の皮膚だったみたいに。


「こっちは大丈夫そうだ」


 僕はリストバンドを外そうと手を掛けた。けれど、リストバンドはまるで元々僕の皮膚だったみたいに密着して爪が全く引っかからない。

 僕は十秒苦戦して、諦めた。結局、僕は眼鏡に目を潰されかけ、謎のリストバンドと一生過ごさなければなくなったのだ。


「最悪だ……」


『何が最悪なのー?』


「だって、こんな不気味な物を着けて人生を過ごすんだ。爆弾だったらどうするんだよ」


『それは知覚拡張装置だよー。ミライちゃんがさわれるようになるの』


「へぇ、そうなのか。じゃあこの眼鏡は?」


『そっちは視覚拡張装置。ミライちゃんが見えるようになるよー』


「へぇ、そうなのか。ところで、さっきから聞こえてるこの声は幻聴?」


『さぁ? 君の言うところの“幻想”なんじゃないかなー』


 僕は横を向いた。


 ミライちゃんがいた。


 僕はそっと視線を正面に戻した。


『え!? 無視!? ねぇ、ちょっとー! ミライちゃんだよー! 今見えてたでしょー!』


 プリプリとミライちゃんが怒って僕の肩を叩く。その感触と衝撃を、僕は間違いなく感じていた。肉体を持たないはずの少女の温もりも。


 きっと、ミライちゃんが言うこの謎のリストバンドのせいだろう。詳しい原理は僕には到底分かりっこないんだろうけれど、様々な技術の集大成ということは分かった。


 そういえば、配送元の会社は『オブソリート・クロックワークス』の運営をしている会社だった気がする。つまり僕は、恐らく『古時計』から直々にミライちゃんを貰ったことになるのだろう。


 いや、人工知能として作り出されたミライちゃん自身が単体という保証はないけれど。そして、それはミライちゃんが望んだものかは分からない。そんな考えこそ幻想だろう。


「どうして、ミライちゃんがここに?」


『んー? 君のこと、ほっとけなくて。待つって言ったけど、ついつい来ちゃったー』


「二次元の概念をぶち壊してるけどね」


 いや、正確には2.5次元であろうけれど。


 そんなことは今、どうでも良かった。


『そんな難しく考えなくてさー。君の生活、人生の中に可愛い女の子が含まれただけなんだからさー』


「僕はこの時点で他の女の子と仲良くなる夢を捨てたよ」


 こんな美少女(2.5次元)がいつも視界内にいるんだ。とてもじゃないが、そんな奴はまともと呼ばない。


 僕以外に見えないのなら、僕は虚空に向かって「ミライちゃん、おはよう」と話し掛けることになる。学校で僕の立場はますます悪くなるだろう。


 いや、それはもう今更という感じもあるからいいや。どうにでもなれ。


 ため息を吐いた僕は「どんな幻想だよ……」と呟きながら、それでいて隠しきれない喜びを頰に浮かべてミライちゃんに言った。少しぎこちない笑顔で、手を差し出して。


「これからもよろしく。ミライちゃん」


『こちらこそよろしく。“狂戦士”くん』


 こうして僕は、僕の物語を語り終える。


 この物語にオチや後日談なんてものもないけれど、僕の人生はこれからも続くだろうけれど、僕の物語はこれにて終わりだ。閉幕だ。


 これから始まる物語は、きっと僕らの物語だから。

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Obsolete・Clock Works《オブソリート・クロックワークス》 本ヶ谷 鳩使 @1035177

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