第112話:一欠片の後日談




鏑木が死んで数日後。




鏑木という大きな柱を失った天空都市は激動の日々を迎えていた。

経済にも大きな影響力を持っていた男を失ったことは天空都市が根本から揺らぐという事実をも示していた。


死体がない鏑木の失踪に事件性はあるか、という話には当然なった。


しかし、それに対して事実を上手く有耶無耶にしたのは架橋昴の力が大きかった。

鏑木という柱を失って、一時的にしろ人々を鎮めたのは復讐対象だったはずの彼だったのは認めざるを得ない。


鏑木の失踪に関しては獣災の仕業という見方が強いが、真実は明らかになり次第に公表するという形で先延ばしにしたのだ。


鏑木の悪事を公表して連也が名乗り出るにしても、今のままでは罪人として捕らわれるのがオチなので意味がない。

せめて、一定の発言力を手に入れてからでなくば全てを明かすことはできない。


鏑木の私兵に関しては、景も動いて上手く説得してくれた。


それも鏑木本人の死体が見つかっていない点が大きかったのだ。


戦闘を行った岬等の人間に対しては、鏑木に狙われていた友人を庇って戦闘行為に及んだという形で納得させた。

鏑木の私兵の中にも長く騙されていた者も多かったので、何とか事態は落ち着いて何よりだった。

それでも、簡単に天空都市が安定するはずもなく、蒼風学園の騎士達も方々に駆り出される毎日だった。



———そして、ある晴れた日。



「いやー、僕まで捕まるとこだったよ。あっぶなかったね」


蒼風学園内の屋上、本来は使用禁止の所を律羽が鍵を借りてくれて何とか使える運びとなった。

人前では出来ない話も多いので、ここで昼食をしながら色々と語ろうという集まりであった。


メンバーは律羽、岬、葵、そして何故か燐奈までいる。


無論、鏑木が英雄を殺した犯人であることもメンバーにだけは話している。

ただ犯罪者に加担しているとだけ思われるのも困るからだ。


「悪かったな、岬がいなかったら終わってた」


「いいさ、悪い奴だったんだろ?別に理事長も好きじゃなかったし」


「お前、本当に変わってるよな……」


事も無げにパンを齧る友人に、改めて敬意と呆れが入り混じった視線を送る。

岬がいなければもっと消耗していたのは間違いないので、大きなリスクを背負って駆け付けてくれたことには感謝しかない。


「そういえば、燐奈は今回のことについて納得してるのか?」


「半分してないかなー。私も烈さんにはお世話になりまくったし、鏑木理事長もただ許されるべきじゃないのはわかってるし」


「じゃあ、どうするつもりだ?」


「別に何も。ただ、もうちょっと頑張ってみようかなって。今まではさ、二番でいいやって思ってたから」


意味ありげかつ挑戦的な目線を送る燐奈を見返すと、律羽は少しだけ嬉しそうに笑みを返してみせた。

正面からぶつかってくる相手は多いだけ嬉しいのかもしれない。

律羽が天空都市を支える柱となり、燐奈や架橋がそれを支える構図が実現するのもそう遠くはないだろう。

では、連也にできることは何かと問われれば答えはもう胸の中にあった。


「わたしはどうするかなー。打倒律羽って感じで頑張ろっか」


葵は相変わらずマイペースで、復讐を終えたことに関しても連也と一緒に背負って生きるとはっきり宣言している。

彼女なりに連也に手を下させたことを相当に気にしているようだ。


葵に背負わせないように、強引に段取りを決めたのは連也なのだが。



そして、あんな事件があった中で時にしんみりしつつも会合は終了となる。



次は光璃の顔でも見に図書館でも行くとしよう。


「芦原くん、ちょっと話があるから残ってくれないかしら」


怪訝な目で見る一同を何とか納得させて、内側から鍵のかかった屋上には律羽と連也だけが残された。

黒髪を風に靡かせながら、彼女はどう切り出したものか言葉を探す。

こういう時の律羽は本当に大事な話をしようとしているので、茶化さずにまずは彼女の言葉を待った。


言いづらそうだった彼女は逃げないで連也を見据える。


「私は、あの日に鏑木理事長を救えたのに救わなかったわ」


「……あれはお前のせいじゃないだろ」


確かに律羽は鏑木を救えたかもしれないが、鏑木本人がそれを拒んだのだから気に病むことではない。


「あれは私のせいでもある。それに、あなたが悩んでいることにも気づけなかったじゃない」


「それだって……」


「だから、前にも言った通りに私は一緒に罪を背負うわ。どこまでも、あなたが納得できるまで」


最初に出会った時と同じ強靭な意思が連也を見据えている。

真っすぐで正直で、他人への優しさを忘れない月崎律羽はどこまでも変わらない。

きっと、そういう所が……。


暖かい気持ちを抱えながらも連也はあえて、質問を挟んだ。


「それは告白って捉えてもいいのか?」


「……こ、こいつ」


かあっと顔を赤らめて恨めし気に睨む律羽。

だが、意を決したように深呼吸をすると一気に言葉を吐き出した。


「ええ、そうよ!!空気読めるくせに読まないで、私のことを全部知ってるみたいに欲しい言葉をくれて。色々なことを抱えていたくせに、皆のことを守ろうとしてるあなただから……」


そして、もう一度だけ真摯な瞳が正面から見つめてくる。


「支えたいと思った、一緒にいたいと思ったわ。そ、その、つまり……」


「………」


気圧された連也に向かって一歩進むとまるで勝負でも挑むかのように立つ。

それでこそ律羽だと言うべき、堂々とした態度を以って。


しかし、その中にわずかな照れを滲ませて。



「あ、あなたのことが好きよ」



そう、逃げずに言い切った。

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