第111話:復讐の終わり


遂に最強へ至った騎士は旗印を掲げるが如く、空へと剣を掲げる。

今の輝きを纏った律羽には鏑木が強襲したとしても通じない程の強大なエネルギーが集結している。


「……ははっ、昔と同じじゃねーか」


連也は胸の内に熱いものがこみ上げるのを感じていた。

烈が自由自在に空を飛ぶのを眺めて、獣が鳥に憧れるが如く空へと思いを馳せた。

あの青い空を自在に飛び回り、人々を守る為に力を振るう。


それがどうしようもなく格好良かったから。


そんな人間になりたいと願ったから。


もう律羽は英雄の飛翔を思い出させるだけの域に達していた。

天使型を何度も見て、自身の天使型に酷似した力の使い方を学習し、それだけで人の身で立ち入れない場所に踏み込んだ。


「さあ、見せてくれ。君達の可能性をッ!!」


腕を広げて逃げる様子もない鏑木に律羽は最後まで躊躇った様子を見せたものの、覚悟を決めて剣を打ち下ろす。

静かな風がどこまでも広がっていくような一撃、それが彼女の全てだ。


加速放出アクセルバースト———」


極限まで力を蓄積した末の彼女の紛れもない全力であり、存在そのものをぶつける究極の風だ。



「———旋極連風エアリアル・アリア



エアリアル内部で膨れ上がった力を利用した連風アリア

破壊力はまさに絶大でありながら、その輝きはどこか優しさを持って目の前の空間ごと呑み込んでいく。

騎士がこの場所に至るまでのどれだけかかるだろうと、渦巻く風を見ながら連也は律羽の放つ一撃に対して辟易としていた。


しかし、同時に確信していることがあった連也はまだ晴れることない風に向かってエアリアルを起動して前進する。


ずきりと体の方々が痛むが、これだけは連也が果たすべき役割だ。


「芦原くん……?」


律羽の声を背中で聞いて、風が晴れた頃には連也は足を止めていた。

やはりそうかと確信していた、この一撃を以てしても鏑木の息の根を止めるまでには至らないだろう。

歩み寄ったのは辛うじてといった様子で立つ鏑木に引導を渡す為だ。


「やっぱり生きてたな、鏑木」


「何とか生きているだけさ、損傷はあまりにも激しい」


宙に浮遊するだけの体力はあるらしいが、周囲を覆っていた輝きは光をほとんど失っていた。

連也はエル・ラピスを再び具現化すると鏑木へと突き付ける。


「芦原くん、本当に命まで奪うの?」


「止めたまえよ、私は彼と話しているんだ。下がっていなさい」


近寄ろうとした律羽に向けて、有無を言わさない口調で制止すると掴み所のない笑みを乗せて連也を見る。

殺せるかどうかの覚悟を試す為なら命など惜しくはない、そんな空虚で理解不能な覚悟が伝わってきた。


この男だけは生かしておけば全てが崩れ去るし、反省も後悔もしない人間に今後の更生を期待するだけ無駄だ。


「どうして、お前は簡単に命を投げ出せる。死にたくないと思わないのか?」


「私が今まで生きていたのは役割を果たす為だ。天空都市を生かすのが私の役割だった。その可能性を君達が示すならば私は必要ないさ」


本当にこの男はとことん狂っている。

自分を含めた命でチェスでもしているかのように、一度死ねば戻らないというのに役割がなくなれば容易く死を選べる。

まるで役割のない自分に価値はないと言っているように。

誰かに必要とされるから、何かを成し得たから、人はそれを糧にして生きていることを考えると鏑木ほど極端でなくとも、そんなものかもしれない。


そこまで空虚に生きられはしないが。


「さあ、斬りたまえ。私を殺すことで新たな時が動き出すだろう」


最後まで鏑木のことは理解をし切れないままで終わる。

この復讐はどちらかが死ぬまでは終われない、どちらも生き残る展開など有り得ないと互いに理解している。


ただ、一つだけ今までと違うのは……。


「お前らがどんな人間だろうと人を殺すのは悪だ。子供だってわかる。だから、お前らの命を背負って生きるよ。お前らが安定させた天空都市よりもすげーものを創り出してやる」


復讐を終えた連也は死なずに都合良く生き続ける。

彼らの命を背負うつもりも破滅するつもりも当初はなかったからだ。

しかし、今は天空都市を維持する為に力になりたいと思っており、その為に鏑木達が残した以上のものを作り上げる。


人を殺した罪を背負って、それ以上の人々を救ってみせる。


今はもう、単純な憎悪だけではなかった。


「……じゃあな、鏑木。今更止めるつもりもない」


「……芦原くんッ!!」


それは恐らく制止だっただろうが、連也は躊躇った末にエル・ラピスの柄に力を込めて全てを終わらせる。

鏑木の命を背負う覚悟は既に出来ている、全てはここで終わりを告げる。



復讐の全ては今日、完遂されたのだ。



「精々、頑張りたまえ。未来を見られそうにないのが残念だがね」



宿敵が最後に残したのはあくまでも空虚な激励で、連也が胴を突き刺したはずの敵はもう目の前にはいなくなっていた。

あっけなく、最初に願ったほどの達成感もなく、終わったのだという実感だけが苦く内側に広がるだけだった。


死んでいった人々にはようやく顔向けができるものの、宿願を遂げたというのに残ったのはこんなものだ。


後は過去を踏み越えて、未来に進んでいくしかない。

逃げることは許されない、奪った命を抱えてどこまでも走り抜ける理由が出来てしまったのだから。

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