第110話:究極の翼

最早、小賢しい策を弄する必要もなくなっていた。

最初に講じた『律羽が極限まで出力を上げる時間を稼ぎ、防御を打ち破る作戦』はそのまま継続するしかない。

無論、鏑木がそれを簡単にやらせてくれるはずもないだろう。


ここまで来たら、後は意地を通すのみ。


「また同じ作戦かな、私がそれを見逃すはずがないだろう」


「意地でも止めるさ。それしか俺達には勝ち目がないからな」


作戦は案の定というか、鏑木には簡単に見透かされている。

律羽しか一撃で鉄壁の城壁を破り得る破壊力を有していないのは、今までの戦闘でもとっくに露見しただろう。

律羽を潰そうとする鏑木と、守ろうとする連也の間で視線が交差する。


「彼女は優秀だが、エアリアル自体は可能性と危険を同時に秘めていてね」


「……どういうことだ?」


「アイオロスは、セルを自分の中で回転させる仕組みだ。研究すればセルを燃料に変換する技術は大幅に改良が見込める可能性がわずかにあるだろう。故に、石動くんもしばし様子を見たようだが……アイオロスは周囲の排気どころか大気の浮遊力さえも自分の中で還元してしまう。最終的に彼女が月崎くんを排除しようとしたのも無理はない」


どうやら鏑木の指示ではなかったようだが、律羽のアイオロスにもまた天空都市を危険に陥れる要素があるということだ。

人々がエアリアルから放出する排気を浮遊力に変える天空都市では、アイオロスの翼のように周囲の空気からエネルギーを搾取する行為は危険極まりない。


それでも石動が律羽に注意喚起しなかったのは、同時にアイオロスには研究の対象になっていたからだ。


律羽のエアリアルが整備に出される期間が長かったのも、その間に研究を進めていたからだろう。

そして、石動はこの技術を扱える律羽に危険を見出した。

アイオロスを使用禁止したとしても、律羽ほどの才能ならば必ず何か新しい可能性に辿り着いてしまう。


そんな理由で危険視された律羽は何度も狙われたのだ。


「君達はどちらも英雄になってはならない異端だ。それ故に君達がどんな未来を示すかに興味があったんだよ」


鏑木を殺す点で相違はあれど、連也達の意思は一つ。

多くの人が死ぬのを見逃すべきではない、天空都市にはそれらを乗り越える可能性がまだまだ残っている。

曖昧で夢想的で、空を仰ぎ見る子供にも似た非現実的な答えだ。


だが、なぜだろうか。


鏑木は天空都市が抱えている全てを知ってもなお、その答えを手放さない人間をずっと望んでいた気がした。


「さて、お喋りはこの位にしておこうか」


刹那、鏑木の全身がごくわずかに跳ねようとした時。

連也の振るったエル・ラピスは鏑木を再び元の場所へと叩き落していた。


「……ほう、随分と読みが早くなったね」


「元から読みに頼って戦わないと成立しない戦い方なんでな」


ゲオルギウスの空間圧縮を成功させるには、相手の動きを予測するだけの経験と読みが必須となってくる。

動く物体を点で制する圧縮で捉えるには、相手の動きに対して予測を常に働かせなければならない。

いかに早かろうとわずかな初動が鏑木にもあり、それを見逃さなければ速度の差を読みで埋めることができる。


「約束したからな。意地でもお前を逃がさない」


律羽が出力を蓄積して進化を遂げるのに必要な時間は五分、あるいは三百秒。

後でどうなろうと構わない、全身全霊を以てこの男をここで足止めする。


しかし、速度の差を止め続けるのは容易ではない。


「ちっ……」


わずかな隙を突かれて真上へと先行する鏑木を見て、手にしたエル・ラピスを強く握り締める。

ゲオルギウスの圧縮をエル・ラピスで飛ばす複合技。

これが今の連也の使える最大威力の技だが、それでも鉄壁に近い鏑木の防御を完全に破るまでには至るまい。


「行かせねえって……言ってんだろ!!」


真横から凄まじい衝撃を受けて、さすがの鏑木もよろめいた隙に真上を取って追撃で再び強引に叩き落す。

二つのエアリアルを同時に発動するのは更に体に負荷がかかり、今度は強い頭痛を覚えても全神経を張り巡らせた。


情けない話だ、最初から復讐は律羽の力がなければ完遂できなかった。


それでも、今は新たな英雄の器も持った彼女を信じるしか突破口はない。

鏑木の足を掴んででも引きずり落とし、頭痛が強くなろうが剣を振るい続けた。

今まで復讐に全てを捧げてきたのだから、ここで苦しかろうが痛かろうが全てを賭けることに微塵の躊躇いもない。


痛く、辛く、肋骨程度は逝っているかもしれない程に傷付いた。


戦う意志だけは保ってただ鏑木の攻め手を全て潰す。



そうして、やっと耐えるべき時は過ぎ去った。



「芦原くん、ありがとう。準備は整ったわ」



最後まで連也は鏑木の接近を許さず、接近されても自分の装甲を盾にしてまでも彼女から距離を取らせ続けた。

全ての準備が完了した律羽からは翠色の輝きが零れ出し、翼にて吸収し続けたエネルギーが全身の出力を極限まで向上させている。


人間の身でありながら天使型をも瞬間的に凌駕した存在がここにあった。


「……全く、大した可能性だ」


鏑木が眩し気に鋼の天使を仰ぎ見る。


エアリアルがここまで強大な出力を内包できると誰が想像しただろう。

天使型が放つ強大なエネルギーを象徴する輝きを、人間が再現できるとは誰が考えただろうか。

騎士同士の戦いでは不必要なせいで彼女が使わなかった強大な破壊力は、規格外の防御力を前に存分に発揮される。


今この場では紛れもなく、律羽が最強の騎士だった。

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