第108話:可能性

認めよう、人を殺すのはどういった形にしろ悪なのだ。

それでも復讐を完遂するのならば、揺るぎない絶対的な覚悟を貫き通せ。

彼らの命を背負って、天空都市の未来を背負う覚悟を決める。


「悪でもなんだっていいさ、俺はお前を潰す。そんで……烈が望んだってだけじゃない。俺の故郷で暮らす人を守りたいんだ」


烈の理想を叶えたい気持ちはあるが、連也自身の抱える気持ちから目を逸らさずに戦い抜こう。

復讐の完遂で頭が一杯だったせいで、自分の気持ちがどうと考える余裕が知らずに失われていたようだった。

それを仇敵に教えられるとは何とも癪なことだ。


今度こそ迷いを踏み越えて飛翔する。


「さっきのはプロポーズって意味でいいのか?」


律羽の隣に並ぶといつも通りに軽口を叩く。

そう、律羽とは天空都市にきてからこういう関係だったはずだ。

互いに言いたいことを言い合いながらもお互いを尊重する、そんな距離感がとても心地よかったのだ。


「……そうだったらどうなのよ?」


照れながらも律羽は否定しなかった。

それだけの覚悟を秘めた言葉を吐いた自分を自覚していたから、どんな形でも逃げないのは彼女らしい。


「律羽がいない未来も考えられないしな。一緒にやってくか」


「……ず、随分あっさりと結論を出したわね」


「律羽と一緒なら色々抱えながらでも人生楽しめそうだって思ったんだよ」


それ以上の雑談は後ですることにして、二人はエアリアルを起動する。

今は未来のことを話し合うよりもするべきことがあった。

最後の敵を打倒しなければ、今後のことも何も進まないのだから。


「アイオロス……ッ!!」


律羽がその最大出力で鏑木へと襲い掛かる。

予備動作を極限まで消し、身体能力とエアリアルの出力の高さで騎士最高の効率的かつ読まれない移動が可能だ。

手にした剣型のエアリアル・アームの威力の強烈さも連也はよく知っている。

連也に対する無意識の加減があった時と違い、今は天使型の鏑木に加減はない。


だが、律羽の突貫はあっさりと見えない壁に弾かれて潰える。


「っ……何、今のは!?」


「天空都市の緩衝膜に改良を加えたのは私だからね。防御に関しては君達の比ではないよ」


わずかに空間が歪む、見えなくとも障壁が存在している証だ。

それを見て取って連也は右腕に纏う装甲、ゲオルギウスを起動して空間の圧縮を試みていた。

律羽が歪ませた防壁の一部に圧力をかけることで更に負荷を与える。

度重なる負荷にはいかに天使型の力といえど及ぶまい。


その歪みを逃す律羽ではなく、翼型のエアリアルを起動してみるみる内に鏑木に迫っていく。


「舐められたものだね、その程度では何度試みようが……」


律羽は迷いなく突き進むが、このままでは突破が難しいのは二人は百も承知。

それでも彼女が突き進むのは、鏑木の目をそちらに引き付ける為だ。


本命は、前面に防御を集中させた真上。


緩衝膜の性質を鏑木の防御が持っているのなら、一方向に集中させた後の別方向からの衝撃には弱くなるはず。


「―――行くぞ、エル・ラピス!!」


元は英雄が使っていた至高のエアリアル・アームの封印を解く。

その強大な出力はゲオルギウスの出力と合わさって、更に連也のエアリアル・アームを昇華させてくれる。


律羽かが引き付けた真上から刃を叩き下ろす。


それはガラス細工のように障壁を割り、鏑木の右肩を斬り下げた。

傷こそ付いたものの血液はほとんど出ない、それは鏑木が人とは遠い存在にあることを如実に示している。


「エル・ラピスか……。まさか、彼以外に扱える人間はいようとはね」


少しずつ修復を開始した肩から手を離すと鏑木は懐かし気に目を細める。


「実はね、それを君が扱えると知った時に北尾を殺したのが君かもしれないと推測は出来ていた。エル・ラピスを扱えるのは彼と限りなく近い飛び方の者だけだ」


「それなら、なぜ俺を野放しにした?」


「絶対的な確信はなかった。それに、君が天空都市に対してどう向き合うかを知りたかったんだよ。私の出した答えを上回る何かを君には期待した」


鏑木が単に天空都市を想って、巨悪と化したのならば連也はこの男を手にかけることへの迷いが更に深まっただろう。

だが、決め手はこの男がどこか全ての人間を試している節があるからだ。

鏑木からすれば排除すべきだった英雄を排除した後に天空都市がどうなるのか、連也によって天空都市がどう変わるのか。


自ら人を殺めて天空都市を掌握する者でありながら、鏑木は達観しているというか常に余裕のようなものがあった。


「君達が私を上回る可能性があるのなら、それもまた期待しているよ」


鏑木には自分の命に対する執着も特にはない。

自分を殺せる者が存在するのなら、可能性を示せるのなら死ぬのもまた仕方がないと本気で考えているのだ。

どうやら、この男には死に際の本心の吐露は期待できそうにない。


それはさておき、今ので仕留め損なったということは更なる威力が必要だろう。


必要な威力を生み出せるのはこの場では律羽だけだ。

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