第107話:悪の正当性
今の葵の速度は天空都市でも指折りと言ってもいい。
だが、それを捌く景もまた英雄の戦友を務めただけはある身体能力とエアリアルの操作制度だ。
技術で言えば教官を務める景が上でも、簡単に触らせない速度を相手にすれば手を焼くのも仕方のないことだった。
「葵、お前……それでいいと思ってるのか?」
一度、停止をかけて体勢を立て直した景は葵へと語りかける。
葵もまたブレーキをかけて強引に空中へと停止して乱れた息を整えた。
「……何の話?」
続く景の言葉は葵の中にあった迷いを正確に突く。
「本当に連也が鏑木を殺すことを烈が望んでいたと思ってるのか?」
英雄と呼ばれた男は他人がどんな形であれ命を落とすことを是と出来なかった男だった。
それ故に彼は鏑木という巨悪によって命を落としたが、本当に復讐を連也が行うことを望んでいたのかと言っている。
だが、葵からすればそんな気持ちが最初からあったのならば北尾の事件からして連也の殺人を許すべきではなかった。
今更になって、英雄の気持ちを持ち出すのはあまりにも都合が良すぎる。
「何で今更、そんなことを言い出すの?今までたくさん協力してくれたじゃん!!」
「鏑木だけは別なんだ!!あいつを俺が殺し、一連の犯人として公表すれば連也が今の生活を失うことはない」
「……景、やっぱり罪を被ろうとしてたんだね」
「確かに地上に逃れた人間を呼び戻せば、天空都市は何とか回るだろう。だが、火鏑木を殺したのは誰かという問題は有耶無耶には出来ない」
誰もが氷上烈が望まなかっただろうことを悲壮な覚悟と共に実行している。
復讐という正統ではない手段で戦い続けてきた者にとっては、己の在り方をもう一度だけ突き付けられる機会だ。
果たして自分は正しかったのか、復讐は行われるべきだったのか。
そして、奇しくもそれを強く突き付けられたのは。
復讐の実行者、芦原連也に他ならなかった。
「何を……言ってんだ、お前」
理事長室から少し離れた上空、そこで三人は戦力の展開を終えていた。
鏑木の背中からは結晶を思わせる鋭利な羽が浮遊しており、この男が天使型であることは最早疑いようがない。
「もう一度言おう。氷上烈は、君の復讐を本当に望んでいたのかな」
鏑木は悠々と空中に浮遊しながらも、あっさりと告げる。
だが、その言葉がこの男の口から飛び出したという事実が連也の全身の血液が沸騰したと錯覚させる程の怒りをもたらした。
だが、渾身の努力で辛うじて殴りかかるのは堪える。
この男からは可能な限りの情報を引き出してから殺す。
「私に言われたくはないだろう。しかし、客観的に考えてみたまえ。彼が本当に君が殺人者になってまで自身の無念を晴らしたいと願っただろうか」
その通り、鏑木にだけはその言葉を口にする資格はない。
今までにも烈が本当に復讐を望むかと考えたことはあったが、天空都市の平和を望んだ烈の想いに応えるべく戦ってきた。
「無論、私は悪だよ。天空都市の運営の為に多くの人々を犠牲にする覚悟がある。しかし、君は英雄の志を言い訳に凶刃を振るう殺人者だ」
「黙れ、お前の時間稼ぎに付き合っている暇はない」
「他人を言い訳に非正統な手段を押し通す人間ほど厄介なものはない。私は悪、そして君も十分に悪だ。氷上くんの死を利用する君は最もつまらない人間だよ。認めたまえ、私と君は同じ存在だ」
今までに悩み抜いて復讐を貫いてきて、二人も殺したのだ。
列の願った天空都市を実現する為、烈の無念を晴らす為に、連也自身が前に進む為に、そんな理由で手を汚した。
鏑木の奥底を見透かす視線と発言で、一瞬でも自分の深奥に目を向けてしまう。
だが、本当は自分の奥底ではわかっていたのではないか。
確かに殺した二人は人間とは認めたくない程に醜悪な存在で、烈や連也の家族の殺害に加担した許されざる悪だ。
しかし、客観的に見れば連也とてただの殺人者だ。
相手の心が人であろうとなかろうと、本来ならば殺人とは許されざる悪のはずで。
「うる、さい……」
拳を握り締めて内側から噴き出してくる声に罵声を叩き付けた。
人を殺すことが悪なんて知っている、知っていた。
烈がまだ若い連也が人生を潰しかねない復讐を望まないだろうことも遥か昔に知っていたのだ。
誰よりも優しかった気高き英雄は、誰かの死を望んだりしなかった。
「さあ、どうする?それでも私と戦うというのなら容赦はしない」
「……芦原くん」
律羽も言葉を掛けようとして、まだ躊躇っている。
仕方があるまい、連也がどんな気持ちで戦い続けたのかを彼女は全て知っているわけではない。
今まで烈を言い訳に使ったと言われても反論はできない。
それでも、律羽はようやく言葉を口にした。
「……あなたがどんな答えを選ぼうと、私はずっと傍にいるわ」
「……律羽?」
「あなたが罪を抱えようと、何を抱えようと、私はあなたを見捨てない」
強い意志と気高き強さを持って彼女は己の覚悟を噛み締めるように告げる。
律羽とは再び天空都市にやってきてからは友人として、戦友として、信頼関係を築いてきたつもりだ。
一番近くにいた友人が、ここに来て連也にここまでの覚悟を示してくれている。
何を今更になって迷っている。
認めるしかない、最初からわかっていたことだ。
天空都市での芦原連也はどこまで行っても復讐者だ。
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