第106話:双雷

「話すことはこれで終わりだ。さあ、始めようか」


鏑木は立ち上がると連也達の反応を待った。

なぜ、鏑木が全てを話す気になったのかはわからないが、ここに至ってはもう戦うしかないのだと律羽も連也も悟っている。

鏑木を殺すと割り切れてはいないだろう律羽も戦闘自体は避けられないと知ってエアリアルを起動する準備は出来ていた。


これが天空都市を巡る最後の戦い。


芦原連也が成す最後の復讐。



「―――ゲオルギウス」


「―――アイオロス」



今ここに最終戦、開始。




―――その頃、もう一つの戦いは佳境を迎えていた。



弾丸のように少女は駆ける。

放出バーストで一撃を加え、離脱しては再度の攻撃。

自分とハルピュイアの速度という絶対的なアドバンテージを活かした最大出力での高速戦闘を葵は展開していた。


対するは槍型のエアリアル・アームを携える教官の景だった。


あえて葵の疾駆に対して、一歩踏み込んで槍を振るう。

それを見てから躱せる葵からすれば普通は愚策に過ぎないが、景の場合はそれが最善手になり得る。

槍を振り終われば、そこから一撃が変化することはない。

それは武術・体術における常識であり、エアリアルの力を利用したとしても限界はある。


だが、振るい終えたはずの景の槍はそこから唐突に方向を変え、葵へ向けて加速してきたのだ。


謂わば二重に加速する槍撃、その変則的な反撃に苦しめられて葵は先程から決定打を放てないでいた。

そのカラクリは景の持つエアリアル・アームにある。

景の持つ、それは槍そのものがエアリアルとしての能力の一部を持つ。


つまり、槍そのものが放出バーストを行って自ら再度の攻撃を行う。


「随分とやるようになったな、葵。こりゃ、十年もしたら抜かれるかもな」


「……十年早いって聞こえるけど」


「そうでもない。ここまでエアリアルを使いこなすとは烈も喜んでるだろうよ」


まるで娘の成長を喜ぶ父親のように表情を和らげる景。

この二人には親子というほどの年齢差はないのだが、景が後見人として連也と葵をずっと見守っていたのも事実だ。

二人の成長が自分のことのように嬉しいのも当然というものだ。


実際に葵は景とさえも十分に渡り合う程の実力を見せていた。


しかし、この戦場が葵側に圧倒的に有利なのは、もう一人の思わぬ力量のおかげでもあったのだ。


「はあっ……!!」


気合一閃、光璃の腕が振るわれる。

襲い掛かっていた天木燐奈の前で雷と見紛う放電が発生し、空間が弾け飛んだと錯覚しかねない光で満ちる。

それはエアリアルの放出バーストさえも打ち消す程の破壊力で、人間では天使型には勝てないと思わせるには十分だった。


腕を振るえば雷を呼び、飛行するだけで雷を纏う。


まるで雷の化身であるように光璃の周りには常に放電現象が発生し、彼女を外敵から守っていた。

まさしく人の身では成せない現象を纏う、空に愛された天使。


「もう止めませんか、人を傷付けるのは好きではないんです」


「……いやー、ムリなのはわかったんだけどね」


さすがの燐奈も閉口気味で、雷を味方に付けた彼女を前にどう足掻いても勝利はないことを悟ってしまっていた。

葵と景は実力は後者が上であれど決着は遠く、光璃と燐奈に関しては言うまでもなく前者が上だ。

例え光璃と景の組み合わせになっても、光璃が優位を保てる程に彼女が持つ天使型としての力は強力無比だ。


鏑木が最強と評した天使型の力はまさに絶大だった。


振るわれる燐奈の槍を弾くことなく光璃は前に突き進む。

それを手で弾く手間さえ必要なく、彼女の周りで弾ける雷は前方に横たわる得物程度の障害は意に介さない。


「ちょっと……そ、それずるいってば!!」


更に落ちる落雷で得物を弾かれ、エアリアルの制御さえも一時的に乱された燐奈は辛うじて体勢を立て直す。


「……何の為の戦いなんですか?」


光璃には理解できなかった。

言動を見る限りでは景が連也や葵を想っているのは明らかで、燐奈も既に連也に完全に敵対する存在ではなくなった。

では、なぜここで戦い続けているのかがわからない。

鏑木との戦いに連也達が挑んでいるとすれば、恐らくは光璃の力が必要となる局面もあるだろう。


連也が光璃を天使型と知っても友達と呼んでくれたのが嬉しかったから。


図書館で彼と過ごした時間は本当に楽しかったから。


何を抱えていようが今度は光璃が連也の助けになる番だ。

人を傷付けるのは心が痛むが、今だけは目の前の敵を動けなくして戦いに馳せ参じるしかない。


「……あなたのことは絶対に傷付けませんから、安心してください」


掲げた手にどこからともなくバチリと翠色の雷が集結していく。

相手を傷付けないように細心の注意を払いながら、燐奈のエアリアルの中核だけを破壊しようと力を行使する。


その光璃の姿を横目で一瞥し、葵は口を開いた。


「ねー、景。一緒に連也の所に行こうよ」


「行ってどうする?俺はあいつを止めて、鏑木をこの手で殺す。お前は本当に連也が殺人者になることを望んでいるのか?」


「望んでないよ。でも、連也がたくさん悩んで出した答えだって知ってるし……私だって鏑木を許せるほど大人じゃないから」


葵の瞳にわずかに宿る暗い影を見て取って、景は息を吐く。

実行犯となることを望んだのは連也であり、それを受け入れた葵ではあるが彼女とて復讐に手を染めた一人だ。

連也が人殺しとなろうとも、悩んで苦しんで出した答えを彼女は完遂させる。

今の葵に対して、生半可な説得は意味を成さない。


「あっちも決めるみたいだし、ちょっと大人しくしてて貰うから」


奇しくも光璃と似た放電を起こしながら、葵は自らの最速までエアリアルの出力を引き上げる。

最愛の人間が選んだ答えを決して邪魔させはしない。

それで連也が罪を背負うなら、どこまでも一緒に背負う覚悟は出来ている。


かくして、二つの雷は決着をつけるべく空を蹴った。

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