第105話:天空都市の真実-Ⅱ

「待てよ、それなら烈にそう伝えれば済んだはずだ」


「無論、伝えたさ。門下生にその技術を会得できた者は少なくてね、彼もその危険性を十分に承知していたよ。以後、門下生には技術の習得はさせないと約束してくれた」


「・・・・・・それなら、なぜあの人を殺した?」


排気を使用する技を使用禁止にすると通達するだけで、烈は天空都市にとって害になる存在ではなくなっていたはずだ。

それに、烈と数名が頻繁に排気を使用したとしても天空都市に影響が出る程とは思えなかった。


「説得する為に私は彼に天空都市に関する情報を与え過ぎたようでね。彼はその闇を正そうと動き始めた」


「闇・・・・・・だと?」


「天空都市とは重量に関しては実に繊細なものでね。無論、それですぐに墜落することはないが、長期的な過度の負荷は避けるべきだ」


鏑木の淡々と語る様子を見て、連也には何故か彼が何を伝えたいかをすぐに理解してしまっていた。

その想像が間違っていないだろうという確信があった。

天空都市において、建物等の重量は生活を行う以上は避けられない。

家畜などの産業に必要な生き物、産業における原料なども仕方がないだろう。

建物の多くは木造構築で、実際にこの重量を抱えても余裕を持って天空都市の運営は可能になっている。


では、これから大きく増加する重量とは何か。


「お前・・・・・・まさかッ!!」


「そう、過度な人口の増加が最も天空都市には害となる。人口が増えれば建築物は増え、天空都市の負荷は増加する。人は誰しもエアリアルが十全に使えるわけではない。重量の負担にしかならないこともあるのさ」


つまり、鏑木が計画しているのは定期的に人口を間引くこと。

地上に下ろすわけにもいかず、その人間は恐らくは殺されて処分される。

何名かの人口の増加ならば問題ないが、今の天空都市の人口増加率からすれば数千人の増加もそう遠くはない。


その中で、エアリアルの排気で天空都市の浮遊を助けられるだけの素養を持つ人間が何人いるか。


恐らく、蒼風学園という場所も天空都市に必要な浮力を捻出する為に生み出された場所でもあったのだろう。

それを嗅ぎ付けて止めようとしたが故に烈は殺されたのだ。


英雄は天空都市の為といえど、大勢の人間が殺されるのを見過ごせなかった。


「どうして、烈の家族や親族まで殺す必要があった?」


「彼は親族達に協力を仰いで私を強引に止めようとした。天空都市が持たないのならば、地上に少しずつ人を移住させようと馬鹿げた計画を持ち掛けてね。だから、彼を殺すことに決めたのさ」


鏑木の顔に珍しく苦い感情が滲む。

それが烈達を殺めたものに関してなのか、烈の計画への侮蔑なのかは判断しかねるところだった。


「私達は空でしか生きられなかった者の末裔だ。そんな者達を地上に解き放って何になる。どのように生きて行けばいい。残酷なのは彼の方だとは思わないかい?我々はこの場所しか知らないというのに、だ」


確かに天空都市に暮らす人々を地上に送る計画はあまりにも無謀に思える。

だが、永遠に天空都市が稼働する保証がないと踏んで徐々に段取りを整えてからなら、決して夢物語でないようにも思える。

増してや、数千人もの人間を犠牲にしてまで成り立つ都市が本当に正しい場所なのかと疑問が浮かぶ。


それでも、鏑木の言うことにも理解できる部分はあった。


烈の計画はあくまでも全ての人が地上での生活に耐えられる、順応できる前提で組まれたものなのだ。

人々の可能性を強く信じる烈と人の弱さを見据える鏑木にはどうしようもない程に思想の違いが表れていた。


「石動君の研究していた人造獣災も可能性は感じるものだったが、あれは現状では完成に五十年程度はかかる代物だ。天空都市がそこまで持つ可能性は低い」


連也も律羽も黙り込んで鏑木の言葉を受け入れるしかなかった。

鏑木をここで殺せば人道的に問題しかないとはいえ、天空都市の負担を減らして転落を防ぐ方法は取れなくなる。

かと言って、烈の方法をすぐに取るのも不可能だし、天空都市の人々が確実に地上で生きられる保証はどこにもなかった。


復讐に身を捧げた部分と英雄の志を継ごうとした部分がここへ来て同時に矛盾を突き付けて来る。


少なくとも天空都市が確実に持つ方法と、復讐は両立しないのだ。

加えて知識が豊富な鏑木がいなくなれば天空都市の技術体系が衰えるのは今の話を聞いても明らかだ。



「私は少なくとも、鏑木理事長を放っておくことはできません」



その凛とした声は連也の隣から響き、思わず驚いて連也は律羽を見る。

今までは唐突に真実を連続して知らされるわ、連也の思わぬ過去を知らされるわで順応しきれていなかった所もあっただろう。

しかし、ここへ来ていつもの筆頭騎士たる威厳を取り戻していた。


「・・・・・・そうか、君はそう言うと思っていたよ」


納得したように頷いた鏑木を前に連也は気付かされていた。


少なくとも今ここで鏑木を見逃せば、近い将来に数千人もの人間が死ぬのは間違いなく、それだけは絶対に間違っている。

例え天空都市が危機に瀕するとしても、彼らを地上に逃がすか人造獣災を地上の技術を合わせて完成させるかは後の話だ。


ここで鏑木を見逃す選択肢などありはしないのだ。


復讐者としての連也で居続ければいい、この男は許されざる巨悪だ。




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