第104話:天空都市の真実
ドアノブを捻ると、最後の扉は容易く開いた。
もっと仰々しく騎士達で固めていてもおかしくはなかったのに、あっさりと開いたドアを見て連也は確信した。
やはり、鏑木は復讐者が自分の所に訪れるのを望んでいたのだ。
死を受け入れるほど殊勝な男ではない、この期に及んで罠とも思えない。
「待っていたよ、二人とも。エアリアルのパーツが邪魔かもしれないが……かけたまえ。話したいことが山ほどある」
中では木造りの椅子に腰掛けたスーツ姿の鏑木が待っている。
相変わらず白を基調とした室内はカーペットを除けば質素極まりない。
「ああ、俺にも聞きたいことが山ほどあるんでね」
今すぐに攻撃を仕掛けるのは愚策だ。
鏑木は恐らくは天空都市の全てを知る男であり、鏑木を害そうとすれば謎を解明する機会は失われる。
せっかく相手から全てを語ろうとしているのだから、情報を全て引き出してから殺すのが最良だ。
「私が教鞭を取るのは久しぶりだ。まず、君達の興味が向く内容から触れよう。英雄と呼ばれた男、氷上烈を殺害したのは紛れもなく私だ」
「俺が何をしにきたか知って、そう言ってるんだろうな?」
「ああ、私を殺しに来たんだろう?彼は天空都市にあってはならない存在だった。それを理解して貰う為に、天空都市の成り立ちから語るとしよう」
連也が自分を殺しに来たと知りながら、微塵も動揺する素振りはなく鏑木は話を進めていく。
必要な情報を掬い取っていく様子からは話を無駄に長引かせようという様子は全く見えなかった。
だから、今すぐに首をへし折りたい衝動を堪えて膝の上で拳を握る。
耐えろ、今殺すのは愚か者の極みだ。
「天空都市は異能の人間が幽閉された場所、という噂を聞いたことがあるだろう。あれは真実に限りなく近い。ここは翼を持った人間が作り出した楽園だった」
「……天使型、ということですか?」
「そうだ、天使型とは元は空で生きる為の器官を備えた人間に過ぎない。だが、彼らを保護し、その力を人類の発展に役立てようとした者が現れたのさ」
律羽の質問に鏑木は明瞭に答えを返す。
天使型とは空が生んだ異形ではなく、天空都市の成り立ちに関わる異能の力を備えた人間に過ぎなかった。
順序が逆だったのだ、最初から空に彼らはいたのではない。
空を願った人間により進化を強要された被害者だ。
「私の親族に当たるイカれた富豪はね、人と財をかき集めて天空都市の完成へとその命を燃やし尽くした。結果、全てが揃ったのは彼の死後だったがね」
「その技術はどこから持って来たものなんですか?」
黙って話を聞く連也に変わって、律羽が突っ込んだ質問をする。
それに対して鏑木は返答を特に渋る様子もなく、理路整然と語り続けた。
そう、大切なのはここからだった。
石動も言い残した天空都市が浮遊する謎は解かれていない。
氷上烈があってはならない存在だと言ってのけた鏑木の真意も、真実を知らなければ紐解かれることはない。
理解は出来ないだろうが、復讐対象の真意を知る必要があった。
「天使型の協力で彼らは技術を得たが、天空都市計画を進めた人間達は頭を悩ませた。動力炉に天使型を利用する裏切りの計画は進んだが、それだけでは足りなかったのだよ」
「………確かに、あれだけで巨大な島が飛べるとは思えませんでしたけど」
「天使型達の異能を彼らは『エアリアル』と呼んでいた。天空都市の飛行を安定させる為に、彼らは力を模倣した上で名を奪って贋作に与えた」
「天空都市の安定にエアリアルが関係してるのか?」
ようやく口を開いた連也に返された鏑木の笑みを見て、連也の中に一種の予感のようなものが生まれ始める。
石動は言っていた、“天空都市が飛行し続けるには、多くの騎士が必要だ”と。
もしも、その言葉通りの意味だとしたら。
エアリアルが急速に普及し、整備されたことに人類の技術革新以上の意味があるとしたらどうだろうか。
まさか、天空都市を飛ばせているものとは……。
「察しがいいね。ここで構造学に立ち返ろう。エアリアルは燃料の燃焼エネルギーを利用して飛ぶシステムだ。では、燃焼された後には何が残る?」
燃焼された燃料は大気へと戻っていくが、今までは“燃焼することでエネルギーが生まれる”程度しか意識していない。
だから、燃えた後のエネルギーが何処に行くのかまでは着目出来なかった。
そこに誰もが知らない天空都市最大の秘密はあったのだ。
「燃料の原材料、セルは“浮遊”の性質を持つ。つまり、燃料が燃焼された後の排気もより高い空を目指す。だが、それを塞き止めるものが天空都市にはあるはずだ」
「あ、緩衝膜っ……!?」
天空都市が大気の影響を極端に受けないように張られたドーム状の鑑賞膜。
それが方々から起こる排気を選別して浮遊の性質のみを内側に留める。
厳密には少し違うが、まるで巨大な風船のように。
大量に普及したエアリアルから放出される排気を利用して浮遊を安定させた、欠陥だらけの島だった。
供給された排気を入れ替え、バランスを保つのは天候を利用する天空都市のシステムを使えばお手の物だ。
「ご名答。さて、ここで氷上烈の話に戻そう。彼の開発した技術は非常によろしくないものが多くてね。彼を真似ようとする者が出てきては困るんだよ」
「……何だと?」
「例えば、
ああ、その言葉でようやく鏑木が烈を殺めた理由が見えてきた。
烈の技はあまり意識したことがなかったが、
それを可能にしていたのは、脚部での排気の再利用だったのだ。
英雄に憧れた者達が排気を利用した技を真似し続ければどうなるか。
天空都市の飛行はすぐに安定しなくなるか、最悪の場合は墜落も有り得た。
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