第103話:許すか、許さざるか

「地上に逃れた人間は俺だけじゃない。鏑木と敵対していた人間も多くいる。その人達は鏑木よりは少なくとも道理を知り、能力もある。地上にいる人材を呼び戻せば鏑木の穴は埋まるさ」


最初から考えなしで鏑木を殺そうとしていたわけではない。

同じく地上に逃れたのは政治的に敗れた者もおり、鏑木が人の命を弄ぶのを良しとせずに声を上げた者もいる。

鏑木を殺そうとも、天空都市を背負っていく人材は確保できているのだ。


首脳陣が入れ替われば天空都市は有り方そのものを変えることができる。


夢物語じゃない、完璧にとは行かずともこの島は変わる。

この天空都市に変革をもたらし、危機あらば罪なき者を守るのが連也が復讐と共に誓った理想だ。


「・・・・・・そうか、そうだったな」


「言いたいことはそれだけか?それならお前の命も貰う」


今までそうしてきたように、使い慣れたゲオルギウスを具現化して架橋の首を握り潰そうと手甲に包まれた手を前に掲げる。

だが、脳裏に過るのは烈の墓へと祈りを捧げて悔いていた架橋の姿だ。

あの祈りは嘘ではない、それならばこの男を許すべきなのか。


罪を犯した者は何があっても命を奪うのが烈の臨んだ世界か。


「・・・・・・芦原くん!!こ、殺すつもり!?」


「悪い、今は黙っててくれると助かる。俺と架橋の問題だ」


「ああ、俺と彼の問題だ。口出しはしないでくれ」


やはり止めに入ったのは律羽だったが、それを視線で押さえ付ける。

多くの人間が憧れる眩い正義感は美しいものだが、今ここで彼女の介入を許すのは連也も架橋も許す所ではない。

この男をどうするかに関しては、以前に悩んで答えは出したはずだ。

そして、ゲオルギウスを握り締めると架橋は苦悶の表情を見せながらも裁きの時を受け入れようと目を閉じる。


「・・・・・・天空都市を頼むよ。そんな資格はないとはいえ、俺も愛した場所だ」


もっと醜く足掻いて本性を曝け出して欲しかった。

今までの殊勝な態度も復讐者を欺く為の演技であれと心の内で望んでいた。

だが、この男は自分の役割を理解した上で、後顧の憂いがないかと気遣った後に死を選ぼうとしている。

遺言の如く告げる架橋を見て、安堵に近い救われたような笑みを最後に浮かべた男の意志は嘘ではないと確信する。


ああ、本当に癪な男だ。


そのまま命を奪って終わらせるのは何かが違う気がしてしまった。

やっぱりか、と呟いた連也は手から力を抜く。


「ごほッ、どうした・・・・・・?」


「エアリアルのバックルと燃料を渡せ」


素直に渡してきた架橋からそれを受け取ったことで、万が一を考えての彼の無力化は成功する。

殺すかどうかは迷っていたが、この復讐に関しては別の形を取ることに決めた。

ただ命を奪うことは、この男にとってはむしろ救済にしかならない。



―――だから、許さない代わりに命を許す。



「お前の命だけは奪わない。英雄殺しの罪を抱えて、ここの為に生きて貰う」


「・・・・・・俺は、殺されても文句を言う気はないよ」


「そんなことはわかってるよ。お前にはもっと苦しんで罪を悔いて貰うのが一番だと思い直したんだよ」


確かに生き長らえる方が架橋にとって苦痛だという理由も大きい。


しかし、ずっと祈りを烈の墓へと捧げ続けた架橋を殺すことは連也には簡単に出来ることではなかったのだ。

今まで表情変えずに人を殺したのは、相手が人間らしい感情を持ち合わせていなかったからだ。

己の罪を悔い続け、天空都市の為に身を粉にして働き続けた男を前にして命を奪うのはどうしても気が引けた。


「簡単に許されると思うな。生き続けろ」


そう告げると架橋の付近を律羽を伴って走り抜ける。

エアリアルも奪い取って無力化した、万が一にも豹変したとしても何も出来ない。

それでも、許せない相手だとしても、ここまでやつれる程に祈り続けた今までの懺悔は報われるべきだ。


「お前が本当に悔いているのだけは伝わったよ」


「……あ、ああっ」


架橋の嗚咽を今度こそ聞き流して、理事長室へと天を舞う。

その間にも配備されていた何人かの騎士が立ち塞がるが、全てを相手している暇はない。

鏑木が天使型とあればここで力を使うわけにはいかない。

さすがに鏑木の動かせる勢力は大きく、無視して突破するのも無理だ。


そこへ―――



救いの炎が舞い降りた。



「困ってるみたいじゃん、行きなよ」


美しき炎を周りに侍らせて、大きな爪を左右に携えて岬は立っていた。

まるで想定していなかった応援、敵に回ってもおかしくないと考えていた友人の参戦に二人が驚いたのは言うまでもない。


「岬……何でここに?」


「こっちの方が面白そうだから、で納得する?」


「普通はこの状況を面白いで片付けないだろ」


中世的な顔立ちに悪戯っぽい笑みを浮かべて岬は堂々立つ。

この場で参戦するのは岬らしいとも言えようが、どこか彼らしくない。

そして、今までどこか冷めていた岬の瞳に未だかつてない生気が宿っているのに気が付いていた。


数は多少減らしたが、相手の騎士だって一蹴出来る程に弱くはない。


しかし、岬は一対多においては並外れた戦闘力を発揮する。

ここは危険だろうとも岬に任せて行くしかない。

岬が捕まろうと鏑木の裁定なしで殺されることはない、鏑木さえ倒せば容易に救い出せるのだから。


「結構、連也達が来て楽しかったからさ。今までろくに友達が欲しいとも思わなかったし。だから……背負ってやるから、行けよ」


「ありがとう。後で必ず礼はする」


何処へ行くかを察しているかのように爪の先端で理事長室の方角を指す。

迷っている時間はない、と連也は礼の言葉を残して飛んだ。


かくして、二人は理事長室へと辿り着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る