第102話:造反?
「景、何でお前が・・・・・・?」
天空都市での貴重な同志であり、連也をずっと見守ってくれた兄のような存在だった男の行動に戸惑いを隠せない。
景が裏切るはずはないが、天木燐奈を連れてここで道を塞いでいるのが造反の証拠と言えはしないか。
それでも、信じたい気持ちが疑問となって口から零れ出た。
「俺はずっと考えていた。鏑木をお前に殺させるかどうかをな」
「・・・・・・今更になって何を言ってんだよ」
「そーだよ、わたし達にずっと協力してくれてたじゃん」
事情が把握し切れていない表情の律羽を一瞥しながら、もう景との関係が割れるのは仕方がないと諦める。
それよりも今ここで何が起こっているかを究明するのが先決だ。
ずっと景と葵だけは味方であり続けてくれたはずなのに。
「復讐は終わりだ、お前はここで引き返せ。鏑木とは俺が話をする」
「教官がどうして天木さんと一緒にいるのかしら?」
「月崎、お前が一緒なのは予想外だが・・・・・・まあ、いい。彼女にも俺が全てを話した。烈が殺されたのは許せないが、鏑木の命を烈の弟子が奪うのも見過ごせないとさ」
それで全ての事情が明らかになった。
天木の手前は“鏑木と話をする”とは言っているものの、景はほぼ間違いなく鏑木を殺すつもりで会いに行くだろう。
要するに景は連也の信頼を裏切ったわけではなく、最後の最後で自身が全てを罪を被って終わらせようと思い立ったのだ。
烈の親友だった景らしいことだと思いつつも、彼の自己犠牲を絶対に受け入れるわけにもいかなかった。
きっと他人を出来るだけ巻き込みたくないと思うのは誰もが同じだ。
連也は自分の罪を他人に代行させることを良しとせず。景は若い連也が罪を全て被ることを良しと出来ない。
互いを思うが故に決定的なすれ違いがそこにある。
「どうやら譲る気はなさそうだな。どいて貰うぜ、景」
「まだお前に負けるほど年は取ってねえよ」
まだ、この先には架橋も残っているので景と戦っている暇はない。
あまり時間を掛ければ、いかに鏑木が酔狂の類で待っていると言っても危機を察知して逃げることは十分に有り得る。
「連也、先に行ってて。ここはわたしが何とかしちゃうからさ」
「・・・・・・行ってください、連也さん。私も戦います」
前に歩み出たのは葵と・・・・・・光璃だった。
葵はともかく光璃はずっと戦うことを嫌って、自分の力を隠し続けてきたはずなのに今は決意を表情に滲ませる。
「光璃、お前・・・・・・いいのか?」
「私には何が正しいのかわかりません。ですが・・・・・・連也さんは私の大事なお友達なんです。ですから、連也さんが戦うことでしか何かを掴めないのなら、来ることは他にありません」
「お前ら、連也を殺人者にしたいのか?俺が行けば全部終わるんだぞ」
「それはそれで納得いかないんだよね。だから、全部終わってからもみ消すなら、地上が後ろにいる連也を行かせた方が確実でしょ。それに、暴走しそうになったら手綱取ってくれるパートナーもいるしね」
葵はパチンと律羽に小さく目くばせをするとハルピュイアを具現化する。
絶対に邪魔はさせない、意志が揺るぎないのは小さな背中から伝わってくる。
ならば、この得難い仲間達の力と強い意志を信じて進もう。
「・・・・・・二人とも、恩に着る。任せたぞ」
頭を下げて二人に礼と敬意を示すと、連也は目線で律羽を促して先へ進む。
恐らく、この先に待ち受ける試練は鏑木本人の他にもう一つ。
エアリアルで飛行して、天空都市の空中庭園に着陸した連也達へと近付いて来る足音がする。
まるで景達とのやり取りをどこかで見ていたように、現れた影は予想通りだ。
「君達に聞きたいことがある、止まって貰おう」
それは英雄を継ぐ者と一部で囁かれる男、架橋昴だった。
表情には何か違和感を覚える決意が浮かんでいるが、その決意は葵や光璃のものとは別物に見えた。
すぐに戦おうと言う意思は彼には見えない。
「聞きたいことがあるのは俺も同じだ、そっちが先に話せよ」
もう復讐鬼としての顔を隠す必要もないので、露骨に嫌悪を表して連也は架橋にまずは話をさせようとした。
どんな言い訳が飛び出してくるのか、本性を見せるなら早くしろと思った。
深く息を吸うと架橋は言葉を探しながら訊ねる。
「君は、氷上烈とどんな関わりがあるんだ?」
北尾と石動が殺された時点で、この男も自身に迫る危機を察知したはずだ。
この敵は怨恨で動いていると察しながらも、真っ向から立ち塞がったのには果たしてどんな意味があるのか。
「あの人は俺の師匠で、家族で、大切な人だった。あの日、お前に救援要請は送ったはずだよな?」
「・・・・・・なぜ、救援を出さなかったんですか?」
律羽も烈の真実を知りたいと思うのは同様で、保っていた沈黙を破って聞いた。
あの日、葵は街中を走り回って烈を助ける為に救援を要請したが、烈の代わりに全体の指揮を司っていた架橋に騎士の出動要請は握り潰されたのだ。
せめて新しい燃料が届くだけで烈は救われていたに違いなかったのに。
「・・・・・・救援要請が届いたのは少し経ってからだった。鏑木にも情報は握り潰されていたんだろう。それでも、俺が救援を出せと言えば烈は救えたかもしれない」
「・・・・・・本当にお前が指示したんだな?」
「ああ、俺が間に合ったはずの部隊を止めた。くだらない感情ばかりだったんだ。俺より先を行く騎士がいなくなれば・・・・・・鏑木達に逆らえばどうなるか。全部くだらない理由さ」
取り繕うことなく罪を認め、唇を噛み締める男の一挙一動を見逃さずに連也はその言葉が本物かを見定め続けた。
「教えてくれ、君は鏑木達を殺した後どうするつもりなんだ?もしも、この場所が保たれる考えがあるなら、俺は今ここで命を差し出そう」
架橋はくたびれた笑顔でそう告げると連也の返事を待つ。
鏑木を殺すことで天空都市は揺れ動くことになり、巨悪と言えど天空都市を成り立たせているのはあの男だ。
だが、その為に犠牲を厭わないやり方の容認は断じてできない。
天空都市はその後どうなる、と架橋は聞いているのだ。
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