第101話:待ち構えた思惑



連也、葵、律羽、ルイン、光璃の奇妙なメンバーはドアを通過して空き教室へと戻ってくる。

ちなみに入口は、必要ないと判断して板と一緒に届けたパスで静かに侵入させた。

ここからは一つのミスが致命的になってくる、待ちかねた最後の復讐だ。



―――少年と少女はあの日、己の力の無さを嘆いた。



失ってしまったものを取り返せないと知ることが一番辛かったから、憎悪の炎を燃やすことで誤魔化したのだ。

正当な手段ではないかもしれないが、ただ許せない存在がいた。

客観的に見れば連也も鏑木も殺人者でしかないのかもしれないと思うと、心の奥に押し込めた苦い気持ちが滲む。

本当は殺したくなどなかったが、自分自身で選んだ道に言い訳は出来ない。


だから、最後までこの道を歩もう。


その身を焦がすことになろうと、憎悪の炎に身を任せよう。


「ねえ、何かおかしくない?」


初めに異変に気付いたのは勘の鋭い葵だった。

昇降機を上がって床を閉めて元通りまではいいが、妙だったのは学園内を満たす異様なまでの静けさだ。


蒼風学園はエアリアルの使用がほぼ絶えることがことがないせいで、どこかで駆動音がしていることが多い。


生徒が行き交う午前中に、こんなに人の気配が感じられないはずがない。


「まさか、鏑木が・・・・・・?」


連也は不意に過去の一幕を思い出す。

鏑木一味が英雄殺しの時に仕掛けた戦術は景からも詳しく聞いた。

予め、鏑木は狙撃達をそこに置いて英雄が来るのを待ち構えたのだ。

天使型を誰より早く察知できたことには疑問は残るが、万全の準備を整えた空間に獲物を追い込むのがあの男のやり方だ。


まさか、地下へと誰も踏み込んでこなかったのは。


「人間はこういうことだけは得意らしいわ」


ルインがため息を吐き、周囲から一斉に駆動音が響く。

鏑木が反逆者を仕留める為に、同じ戦法を取るとしたらこれしかない。


動力炉に影響を与えない場所で、包囲して殲滅する作戦。


窓の外を眺めると学園生ではない騎士が空を舞うのが見えた。

見えるだけでも数は百を超え、いずれも学園の制服を纏ってはない私兵のようだ。

まだ精神的にも未熟な学園生では人間を排除するには至るまいと判断して鏑木が配備した兵士だろう。

学園生は任務や演習やらで外に出して学園包囲網を完成させた。


だが、今の連也達が抱える戦力は強大だ。


戦いを好まない光璃はともかく、連也と葵は英雄の教えを受けた弟子だ。

律羽は天空都市でも最強に近い騎士の一人だし、ルインは規格外の力を持つ天使型で万全な烈ともやり合える。

だが、まずは鏑木の居場所を吐かせる所から始めるべきか。


「・・・・・・行って。お前が探してる人間はあそこにいる」


「どうして、お前が・・・・・・?」


指差した方角には理事長室があった。

しかし、ルインがそこまでして残ってくれる理由が連也には解らない。

地下の天使型についてを問い質したい気持ちは彼女にもあるだろうに、連也の為に戦う理由がない。


「お前は約束を守り、私を動力炉まで連れて来た。だから、私も少しだけお前の為に戦ってあげるわ」


銀色の髪を靡かせてルインは翠色の輝きを残してふわりと宙に浮き上がる。

そして、感情の読めない視線を連也に流すと言い残す。


「ただし、仲間のことはそのままにするつもりはないわ」


「ああ、わかってる。後で必ず話し合うって約束するよ」


そうして、ルインは空高く舞い上がって騎士達と対峙する。

空にいる百の騎士を相手にするは一騎当千の人間を超え、エアリアルの技術の基礎となった空の厄災だ。

そう簡単に超えられる壁ではないと安心して先に進むことにする。


なぜ、ルインは鏑木が理事長室にいるとわかったのか。


ここにきて連也にも事の真相が見え始めていた。

天空都市を創った人間かは定かではないが、天空都市の全てをあの男は確実に知っていると見ていいだろう。

鏑木はほぼ間違いなく、ルインと同じ種族ながら天空都市を陰から操ってきた。

その築き上げた権力の全ては今日、連也の手で命ごと奪い取る。


鏑木が理事長室にいると知って、連也は何故か確信していた。


あの男はその場所で連也を待っているのだろう、と。


騎士達をルインのお陰で振り切って、学園の階段を駆け上る。

鏑木の正体が天使型である可能性が高い以上は戦力は出来るだけ温存しておいた方がいいだろう。

近付くにつれて、今までは有耶無耶にしてきた律羽との問題も表面化して来る。

だが、全ては鏑木が何を語るのかを聞いてからだ。


その時、目の前に人影が立ち塞がった。


無論、理事長室に辿り着くまでに障害が全くないとは考えていなかったが、それは思わぬ形で現れる。


「止まれ、連也。行かせるわけにはいかない」


「景・・・・・・?」


目の前には今まで連也達を救ってくれた景教官が決意を秘めて立っている。

その黒い瞳からは絶対の意志が感じられて、今までに見せたことのない顔に連也は戸惑うしかなかった。

そして、何より連也を動揺させたのは一緒にいた人物だった。


やや、沈痛な面持ちで景の近くに立っていたのは・・・・・・。


世間では律羽に次ぐ騎士だと名高く、石動を拉致した地下の研究施設から戻っていた天木燐奈だった。








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